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黒猫のムゥは、夜の静寂を裂くようにひとり歩いていた。
漆黒の毛並みは月光に溶け
瞳は星のようにきらめく。
何千年も転生を繰り返し、人々の願いをひとつだけ叶える不思議な力を持つ彼だが、その代償は孤独と痛みだった。
どれだけ願いを叶えても
胸の奥にぽっかりと空いた穴は埋まらない。
それでも今日も、旅を続ける。
ある街角で、少年の泣き声が夜風に混じった。
父親が事故で入院し、治療費を工面できずに
途方に暮れていたのだ。
ムゥは静かに近づき、肩に触れる。
「ひとつだけ、君の願いを叶えてあげよう」
少年の瞳に希望の光が宿る。
その夜、奇跡のように病院の支払いは済み
父と再会できた。
少年は泣きながらムゥに手を振った。
ムゥはその背中を見つめ
胸の痛みとともに小さな温かさを覚えた。
「これが……本当に、僕の力なのか」
――孤独に沈む心に、かすかな光が差す。
砂漠の街では、老画家が筆を置き
夢を諦めかけていた。
「誰にも理解されない、もう描く意味もない……」
そのつぶやきに、ムゥはそっと
魔法の一筆を添えた。
翌日、画家の描いた絵は生き生きと躍動し
人々の心を打った。
画家は涙を浮かべながらつぶやく。
「ありがとう……もう一度、描ける気がする」
ムゥは夜空を見上げ、静かに息をついた。
「叶える度に、胸が痛む……でも、これが僕の生きる意味かもしれない」
雪深い山村では、孤独な少女が
凍える手を合わせていた。
「お父さんとお母さんに会いたい……」
ムゥは静かに力を使い、遠くの親戚の家へ導く。
少女は涙を流しながら抱きしめられ
やっと笑顔を取り戻した。
その微笑みに、ムゥの心は少し軽くなる。
だが胸の奥には、長い孤独の影が残る。
「僕も……こんなふうに抱きしめてもらいたい」
森の奥では、迷子になった老犬を探す
老人が必死だった。
ムゥはそっと導き、二人を再会させる。
老犬は尻尾を振り、老人は涙をこぼした。
「ありがとう……ありがとう、猫よ」
ムゥはその場を離れ、夜空に溶けるように歩く。
「叶えるたびに、僕は強くなる……けど
いつも孤独だ」
港町では、青年が海で失くした
思い出の指輪を求めて泣いていた。
「これがなきゃ、前に進めないんだ……」
ムゥは波間に飛び込み、指輪を拾い渡す。
青年は目を輝かせ、握りしめた。
「ありがとう、君のおかげで
大切なものを守れた」
ムゥは海風に耳をすませながら、静かに呟く。
「僕は……守るべきものを
まだ見つけられていないのか」
都会の片隅で、恋人を事故で失った女性が言った。
「もう、笑えない……でも
少しでも心を温めたい」
ムゥは力を使い、新しい友人と出会える
縁を結ぶ。女性はやがて笑顔を取り戻し
涙を浮かべる。
「こんな奇跡があるなんて……」
ムゥは影の中で小さく頭を下げる。
「僕の心はまだ空っぽだけど、人の笑顔で満たされる……少しだけ」
古い寺では、病に倒れた僧が願った。
「せめて一度だけ、故郷の花を見たい」
ムゥは部屋に季節の花を咲かせ
僧は穏やかに微笑み、眠りにつく。
その静寂に、ムゥはそっと寄り添う。
「叶えるたびに心が痛む……でも、この痛みは喜びの代わりなのかもしれない」
小さな村の子どもたちは
長雨で流された学び舎の再建を願った。
ムゥは夜のうちに屋根を修復し
教室を整える。子どもたちの歓声が空に響く。
「ありがとう、猫さん!」
ムゥは月光に姿を溶かし、心の奥でつぶやく。
「僕も……誰かに必要とされたい……」
深い森の湖で、失われた愛の手紙を
探す青年がいた。
「もう一度、伝えたいんだ」
ムゥは水面に映る月を操り
手紙を浮かび上がらせる。
青年は涙を流し、過去の思いを抱きしめる。
「ありがとう……やっと届いた」
ムゥは夜風に耳をすませ
胸の奥で痛みを噛み締める。
「僕の孤独も、やがて意味になるのか」
丘の上では、夢を失った
音楽家の少年がつぶやいた。
「せめて一度でいい、美しい音を奏でたい」
ムゥは楽器に触れ、奇跡の旋律を響かせる。
少年は涙を流しながら演奏し
未来を信じる力を得た。
「ありがとう、猫さん……」ムゥは静かに夜空を見上げ、胸の奥に温かさを感じる。
「これが……僕の宝物に近いのかもしれない」
そして星降る丘で、運命の青年カイに出会う。
カイもまた、孤独と挫折を抱えて旅していた。
ムゥは初めて、誰かと心を通わせる喜びを知る。
二人は互いの願いと痛みを分かち合い、契約を交わすことで孤独を終わらせた。
ムゥの瞳は初めて満たされ、胸にぽっかり空いていた穴は愛と絆で満たされた。
人々の願いを叶え、涙と笑顔を見届けた旅の果てに、ムゥは自分の宝物を見つけた。
それは奇跡や力ではなく、信頼と愛
そして人と交わす契約の温もりだった。
黒猫ムゥの物語は、夜空に輝く星のように、誰かの心にそっと灯り続ける――奇跡よりも優しく、深く、心に染みる光として。