戦場に残るのは、二人だけ。
タクトとミカエル。彼らの間には、激しい戦闘の気配が漂う。しかし、どこか不思議な静けさもあった。周囲の空気は、まるで二人が繰り広げる戦いに呑まれることなく、静寂を保っているようだった。
「……お前は、天使だよな。」
タクトがぽつりと呟く。その言葉には、戦いの余韻とともに、深い意味が込められていた。彼の目は、ミカエルを見据え、冷徹なまなざしを保っているが、声にはどこか感情が見え隠れしていた。
ミカエルは、しばらくその問いに答えることなく、無言でタクトを見返していた。彼の表情は硬く、戦いの中で鍛え上げられたものだ。しかし、その目には、たった一言で全てを打ち砕くような葛藤が渦巻いている。
「……そうだ、天使だ。」
ついに、ミカエルが言葉を返した。その声は、力強くも、どこか疲れたように響いた。
「俺はもう、天使でも神でもない。そんなものに縛られたくはない。」
タクトはその言葉をしばらく黙って聞いた。ミカエルの心の中に、何かが深く沈んでいることを感じ取ったからだ。
「天使でも人間でもない? それが、お前の答えか。」
タクトの目が鋭く光る。彼は、ミカエルの心の中に潜む苦悩を察していた。そして、それを突き詰めようとする。
「お前の中で、何が大切なんだ? 何のために戦っているんだ?」
ミカエルはタクトの言葉に答えることなく、ただ深く息を吐いた。彼の目は、虚ろで、何もかもを失ったような、深い闇を抱えているようにも見える。
「俺は、ただ……ただ、自由でいたかっただけだ。」
ミカエルの口から、信じられない言葉がこぼれた。それは、戦いの中で初めて見せた、彼の本当の思いだった。
「自由?」
タクトの言葉が、無意識のうちに遅れて出てきた。それは、少し驚いたように聞こえるが、同時に彼もまた、ミカエルの心情に理解を示すような表情を浮かべていた。
「そうだ。天使として、神の意志に従うだけの人生じゃない。俺は、そんなものに縛られたくはなかった。」
ミカエルの声には、かすかな怒りと共に、深い悲しみが滲んでいた。彼が天使であったこと、その使命を果たしてきたこと。だが、それが彼にとって、どれほどの重荷であったかを、タクトは少しずつ理解し始めていた。
「それが、戦う理由か。」
タクトが冷静に尋ねると、ミカエルはゆっくりと頷く。
「そうだ。自由でいたいんだ。自分の意志で生きたい。誰かのために、命を捨てるようなことはもうしたくない。」
その言葉に、タクトはしばらく黙っていた。そして、彼の心に浮かんだのは、かつての自分だった。欲望に支配され、他人のために戦うことが当たり前だと思い込んでいたあの頃の自分。だが、今は違う。彼もまた、自分の意思で戦っている。
「自由を手に入れるために、戦うのか。」
タクトが再び言葉を吐き出すと、ミカエルはその視線を真っ直ぐに返してきた。
「それが、俺の選んだ道だ。」
その一言が、静けさを更に深くした。タクトの目は、依然として冷徹だったが、その内面では何かが変わり始めていた。
戦いは、勝つことがすべてではない。時には、相手の心の中にあるものを理解し、共鳴することが必要だと感じていた。ミカエルが求める自由、その重さと意味を、タクトは理解し始めていた。
その時、ふと空を見上げたタクトの目に、何かが映った。微かな光の粒が空に浮かび、そして一つ一つが輝きながら消えていく。まるで、天使が飛び立つような、そんな瞬間だった。
「自由……か。」
タクトの呟きが空に消える。その後ろで、ミカエルが何かを感じ取るように静かに振り返る。だが、言葉は交わさなかった。二人はただ、何かを見つめ合い、静かに戦いの終息を迎えた。
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