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スタジオ入りの前に、衣装の黒スーツのネクタイを、キュッと締め直す北斗。
いつもの癖だ。
さらに、ジャケットの襟を整える。そばの鏡で、入念にチェックした。
と、その鏡に、にゅうっと誰かの顔が映る。
北斗「おおっ、ジェス」
ジェシー「へへ」
樹「いや何だよ、気持ちわりい笑い方だな」
慎太郎「女子高生にナンパするおじさんみたい」
北斗「だれが女子高生だよ」
ジェシー「だれがおじさんなんだよ!」
高地「なんで揃うんだよ」
樹「時間だ。じゃ、出勤するぞ」
5人「……?」
樹「行くよ」
そのままスタスタと楽屋を出ていく樹。
慌てて追いかける5人。
慎太郎「なに、どうした」
見ると、樹は何やらニヤニヤと笑みを浮かべていた。
大我「出勤って、何?」
ジェシー「出勤知らないの? 毎日してるでしょ」
高地「今日もしてきたでしょ」
大我「そんくらい知ってるって」
慎太郎「おいおい樹、何だよ、答えてくれよ」
樹「だから、出勤。スーツだから」
自分のスーツを指さし、明るい笑顔をつけて、そう言った。
北斗「え?」
高地「あーもう、ボケると一番めんどいやつ!」
慎太郎「高度なボケをサラッとぶっこむやつ!」
樹「何だよ、ダメなの?」
大我「日頃ツッコんでるから鬱憤が溜まってるのかな」
ジェシー「たまに爆弾落としてくるよね」
そうこうしているうちに、スタジオにつく。毎週のように収録している、NHKの番組だった。
北斗は、樹に近づく。神妙な面持ちで、話しかけた。
「ねえ、イヤモニ、どうすればいいかな」
樹は北斗の言わんとすることを理解した。
樹「うん…、片耳だけ着ける? そうしてるアーティストの人もいるじゃん」
北斗「えー、それは無理かも。やったことないし、多分向いてないってういか、やりにくい」
樹「そっか。俺なら出来るけど…、じゃあヘッドホンにするか。奇しくも今日はダンスがないから」
北斗「そうか、立ったままじゃん。じゃ、ヘッドホンに変えてもらおっ」
身を翻すと、音声さんのもとに走っていった。
樹「ちょっと考えたら、自分でもわかるだろ…。頭いいのに、何で俺に頼るんだか」
ため息交じりに言った。
音声さんとの話が終わったらしき北斗は、また樹のもとに駆けていく。
北斗「ねえねえ、あのさ」
樹「何だよ」
少し面倒くさげな樹の声。
北斗「この補聴器見て、音声さんがさ、『あれ、イヤモニもう着けてるんですか』って。騙してやったぜ!」
明るく告げた。
樹「…いや、騙すのが目的なのか、それ?」
北斗「いや、違うけど。それだけ、精巧にイヤモニっぽくなってるってこと!」
樹「ふうん、良かったね」
北斗「何だよぉ、無関心だな」
頬を膨らませ、ふくれっ面だ。
ジェシー「いつもは北斗がちょっぴり冷たいのに、今日は逆転してるね」
慎太郎「でも、結構そういうときあるよね。樹がクールになること」
いつの間にか、みんながそばに来ていた。
樹「ほらっ、早く準備するよ」
その後、みんなが位置についたステージ上で、北斗はヘッドホンをこねくり回していた。
北斗「べスポジが見つかんねー」
ジェシー「ほら、下北の大学生みたいに、首に掛けるみたいにして着けたら?」
慎太郎「偏見がすげーな」
北斗「こう?〈ヘッドバンドの部分を首まで下げる〉」
樹「いいじゃん、かっこいい」
高地「おしゃれな大学生みたい。どことは言わないけど」
北斗「うん。これでいい。決まり」
満更でもない表情で、頷く。
痛い。
頭にガンガン響く。ガンガン、というよりぐわんぐわん、という表現のほうが正しいかもしれない。
歌う前のテストでは何ともなかったのに、歌っている途中から、北斗は音がやけに響いて聞こえた。みんなの声すら聞こえない。そのことが、不安を増大させた。
だんだん、吐き気が伴ってきた。胸のあたりがぐるぐるする。
ちらっと隣の慎太郎をうかがうが、歌に集中しているようで、北斗のほうを見向きもしない。それもそうだ。本番中だから。
が、ラストのサビに入る前に、北斗の頭は限界を迎えた。
手を挙げ、ヘッドホンを取る。そのまましゃがんでしまった。
それに気づいたスタッフやメンバーは、血相を変えた。
スタッフ「ちょ、カメラと音楽止めて!」
高地「えっ、北斗」
樹「北斗? 大丈夫か⁉」
慎太郎「うそ、おい」
大我「ほく、と…」
ジェシー「〈ヘッドホンを取り上げる〉やっぱダメだった?」
北斗「うん…」
スタッフが水のペットボトルを渡すと、それを飲む。胸の吐き気のようなわだかまりが、流れ戻る感覚があった。
樹「頭痛い?」
北斗「うん…。ラスサビ前くらいから、めっちゃガンガンして…。音がキツかった。今はちょっとマシ」
慎太郎「ヘッドホンでも無理なのかな…?」
スタッフも心配してやってくる。「もしかして、耳栓とかしてたほうが良かったですかね?」
北斗「……やってみないと、わからないと思います」
スタッフ「収録なので、やり直しも出来ます。できる限りでいいので、いい方法、探しましょう」
スタッフは優しく言った。
音声さんに耳栓を付けてもらい、再チャレンジする。
慎太郎「大丈夫? 辛かったら、無理すんなよ」
慎太郎は北斗の耳元でそっと言う。北斗は、大きく首肯した。
樹「躊躇する必要ないからな、すぐ言えよ」
高地「そうだよ、隠されてても困るから」
北斗「ありがとう」
みんなの優しさを胸に、歌に気持ちを込めた。
スタッフ「終わりです!」
気付いたら、曲が終わっていた。
北斗は安堵のため息を漏らす。北斗(出来た…。無事だった…)
大我「良かったじゃん、出来たね」
ジェシー「頑張ったよ」
樹「お疲れさん」
慎太郎「よく頑張ったね!」
それぞれの慰めに、心が明るくなる。
樹「そろそろ下北の大学生から、松村北斗に戻ったら?」
北斗「なんで学生前提なんだよ」
樹「だって、ぽいから」
北斗「俺は松村北斗です」
高地「かっけー笑」
北斗「俺は、歌ってても踊ってても、ヘッドホン着けてても何してもかっこいい俺」
樹「何だそれ」
ジェシー「そりゃそうだ。俺らだってそう」
慎太郎「SixTONESが、だよね」
大我「何しても俺ら色に染まっちゃうんだよね~」
大我はニコニコして言った。
やっぱり、音楽だけは続けたい。
身を削る思いでもいいから、この6人と走り続ける。
そう静かに決意した、北斗だった。
続く