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#オリジナル
めんだこ
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夜は、やけに長かった。焚き火はとっくに消えているのに、アルトは動けずにいた。膝を抱えたまま、ただ暗闇を見つめている。
ーーーー「君は、何も背負わなくていい」
あの声が、何度も蘇る。
「……ふざけるな……」
吐き捨てたはずの言葉が、胸の中で空回りする。
本当は。
ほんの少しだけ、救われたと思ってしまった。
その事実が、何より許せなかった。
指先が震える。無意識に、腕輪をなぞる。
「……全部、お前のせいじゃないって……」
そんな言葉を、簡単にあいつは言った
それでも。
ーーーー“昔みたいに”
その一言が、心の奥を抉る。
「……っ」
呼吸が浅くなる。
逃げるように立ち上がるが、足元はおぼつかない。
「アルト」
静かな声が、背中に落ちた。
振り向かなくてもわかる。
フィリアだ。
「……来るな」
拒むように言う。
けれど、足音は止まらない。
「大丈夫?」
すぐ近くで、優しい声。
アルトは振り返らない。
「……大丈夫じゃない」
ぽつりと、落とす。
その言葉は、自分でも驚くほど素直だった。
フィリアは少しだけ黙って、それから隣に座る。
触れない距離で。
「ねえ」
「……なんだ」
「重いの?」
アルトは答えない。
代わりに、強く目を閉じた。
「……あいつは……全部、自分で背負うつもりなんだ」
絞り出すように言う。
「俺の分まで」
声が、震える。
「それでいいって……一瞬でも思った俺が……」
そこで、言葉が途切れる。
フィリアは何も言わない。
ただ、静かに聞いている。
「……最低だ」
沈むような声。
そのときだった。
フィリアが、そっとアルトの手に触れた。
「ねえ」
やわらかな声。
「分ければいいよ」
アルトの呼吸が止まる。
「重いなら、分ければいい」
あまりにも単純で。
あまりにも真っ直ぐな答え。
「……そんな簡単に……」
「簡単じゃないよ」
フィリアは少しだけ首を振る。
「でも、一人で持つよりは、きっと軽い」
沈黙。
風が、静かに揺れる。
アルトはゆっくりと目を開けた。
隣には、変わらずフィリアがいる。
逃げない存在。
拒まない温度。
「……なんで、そこまで……」
問いかける。
「俺に」
フィリアは少しだけ考えて、それから微笑んだ。
「わかんない」
あっさりと、言う。
「でも」
ほんの少し、声が柔らかくなる。
「アルトが一人なの、嫌だなって思った」
その言葉が、胸に落ちる。
痛みじゃない。でも、何かがほどける音がした。
それからの日々は、静かに積み重なっていった。
アルトは相変わらず不器用で、フィリアは相変わらずまっすぐだった。
それでも、少しずつ変わっていく。
「アルト、それ違うよ」
「……どこがだ」
「そこ、毒の葉っぱ」
「……は?」
慌てて手を引く。
フィリアが笑う。
「触ったら痺れるやつ」
「先に言え」
「今言ったよ」
小さなやり取り。
それだけで、空気が少し軽くなる。
共存地域には、他の花人たちもいた。
昼の光を纏う、明るい花人――リュシア。彼女は太陽の光を集め、銃のように放つ力を持っていた。
「見てて、アルト!」
ぱん、と乾いた音。
光の弾が、遠くの硬質化した蔓を正確に撃ち抜く。
「……エネルギー変換か」
思わず、研究者の目で見てしまう。
リュシアは得意げに笑う。
「難しいことはわかんないけど、こうすると出るの!」
一方で。
影に溶けるような静かな花人――ノクス。彼は植物から生成した剣を操る。
「……近づくな」
低い声。
振るわれた刃は、音もなく風を裂く。
「守るためのものだ」
それだけを、淡々と告げる。
彼らもまた、この世界で生きている。
それぞれの方法で。
そんな日々の中で。
アルトは、気づいてしまう。
それは、とても小さな違和感から始まった。
フィリアが笑うと、少し安心すること。触れられると、拒まなくなったこと。隣にいないと、ほんの少しだけ落ち着かないこと。
「……なんだ、これ」
ある日の夕暮れ。
二人で並んで座りながら、アルトは呟く。
「どうしたの?」
フィリアが覗き込む。
その距離が、やけに近い。
アルトは一瞬だけ目を逸らして、それからまた戻す。
「……お前は」
言葉を探す。
けれど、うまく見つからない。
「俺にとって、なんだ」
その問いは、不器用すぎた。
フィリアは少しだけ驚いて、それから考える。
「うーん」
首を傾げる。
「アルトは、アルトだよ」
答えになっていない。
でも。
それでいい気がした。
アルトは、小さく息を吐く。
「……そうか」
そのとき、フィリアがふっと笑った。
「でもね」
少しだけ、真剣な声。
「私は、アルトといるの、好き」
心臓が、強く打つ。
一瞬で、わかる。
これは、ただの安心じゃない。
「……っ」
言葉が出ない。
フィリアは気づいていない。
ただ、いつものように隣にいるだけ。
それなのに。
世界の見え方が、少しだけ変わる。
沈んでいたはずの心が、どこかへ引き上げられていく。
アルトは、ゆっくりと手を伸ばす。
そして
フィリアの手に、触れる。
今度は、自分から。
彼女が少しだけ目を見開く。
「アルト?」
「……離すな」
かすれた声。
けれど、確かに意志があった。
フィリアは、やわらかく頷く。
「うん」
その手は、変わらずひんやりしていて。
でも確かに、生きていた。
アルトは目を閉じる。
――これは、きっと。
もう、戻れないということだ。
それでもいいと、初めて思った。