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琥珀
296
70
#ネタバレ注意
闇川 若菜
11
「……おい、康一。頼むから嘘だと言ってくれ」
放課後の杜王町。東方仗助は、青ざめた顔で立ち尽くす広瀬康一の肩を、すがるような力で揺さぶっていた。
「ご、ごめん仗助くん! 僕がほんの一瞬、自販機でジュースを買うために目を離した隙に……徐倫ちゃん、トコトコ歩いてあっちの敷地に入っていっちゃって……」
康一が震える指で指差した先。 そこは、モダンでどこか威圧的なデザインの豪邸――杜王町が誇る天才漫画家、岸辺露伴の自宅兼仕事場だった。
「よりによって露伴の家かよォーッ!!」
仗助の絶叫が響く。
五歳になった空条承太郎の娘・徐倫は、好奇心の塊のようなお年頃だ。よりにもよって、この町で最も「子供の相手」に向いていない、偏屈でプライドの塊のような男のテリトリーに迷い込んでしまった。
「早く連れ戻さねえと、あいつ『ヘブンズ・ドアー』で徐倫ちゃんを本にして、人生のネタに使いかねんぞ!」
「そ、それだけは絶対にダメだ! 承太郎さんに知られたら、この街ごと消し飛んじゃうよ〜ッ!!」
二人がパニックになりながら門をくぐろうとした、まさにその時。
「――おい。僕の敷地で何を騒いでいるんだ、仗助」
冷徹な声と共に、玄関のドアが開いた。
現れたのは、ヘアバンドに風変わりなシャツを身にまとった岸辺露伴。その表情はいつものように不機嫌……。
かと思いきや、彼の腕の中には、なんとチョコミントのアイスを美味そうに舐めている徐倫が、すっぽりと収まっていた。
「あ、お兄ちゃんたち! 露伴せんせぇのセリフ、すっごく面白いよ!」
「徐倫ちゃん!?」
康一が悲鳴をあげる。
「フン、不法侵入かと思えば、この僕の『ピンクダークの少年』の原稿を見て『カッコいい!』と直感で理解した天才児だったよ」
露伴はフッと傲慢に鼻で笑った。
実は数分前、仕事場に迷い込んできた徐倫に対し、露伴は最初「おい、ガキ。僕のインクに触るな」と追い出そうとした。しかし、徐倫が机の上の原稿を見て「この黒いお洋服の人、強そう! パパみたい!」と目を輝かせた瞬間、露伴のスイッチが入ったのだ。
「『パパみたい』だと? 冗談じゃない、この造形は僕の美学の結晶だ。だが……五歳にしてこの僕の画力を一目で理解するとは、実に素晴らしい審美眼(センス)だ。気に入ったぞ、お嬢ちゃん。僕が特製のイラスト付きサインを描いてあげよう。カラーでね!」
「わーい! 露伴せんせぇ、お絵描き上手!」
完全に意気投合していた。五歳児の純粋な称賛に、天才漫画家の自尊心はこれ以上ないほど満たされていたらしい。
「いやいや、ちょっと待て露伴!」
仗助が慌てて割って入る。
「お前、まさかその子に幽波紋能力使ってねえだろうな!? その子の親父が誰だか知って――」
「おい」
背後から、すべての音を消し去るような、絶対的な『重圧(プレッシャー)』が降ってきた。
あまりの恐怖に、仗助と康一の髪の毛が逆立つ。
ゆっくりと振り返ると、そこには白の帽子に白のコートを身にまとった男――空条承太郎が立っていた。
その眼光は、完全に獲物を屠る時のそれだ。彼から放たれる殺気によって、露伴の庭の草木が一瞬で凍りついたかのように錯覚する。
「……徐倫。そこから離れろ」
承太郎の声は、低く、静かで、だからこそ恐ろしかった。彼の背後には、すでに漆黒の幽波紋『星の白金(スタープラチナ)』の拳が、うっすらと出現しかけている。
「パパ!」
徐倫は露伴の腕からぴょんと飛び降りると、承太郎の足元へ駆け寄り、その太ももにしがみついた。
承太郎は娘を自分の背後に隠すと、帽子を目深にかぶり直し、露伴を文字通り「射殺」せんばかりの目でにらみつけた。
「岸辺露伴……。我が娘に『ヘブンズ・ドアー』で何か書き込んだ(読んだ)んじゃあないだろうな。もし、一文字でも徐倫の記憶をいじったなら……お前の骨を、一本残らず叩き折る」
「な、何だと……?」
さすがの露伴も、目の前の男が放つ「本物の修羅」のオーラに冷や汗を流した。だが、そこは岸辺露伴、持ち前のプライドが邪魔をして、素直に引き下がらない。
「誤解しないでほしいね。僕はこの娘の優れた感性を評価して、おもてなしをしていただけだ。それに、漫画家として言わせてもらえば、子供のプライバシーを勝手に見るような下品な真似はしないさ。……まぁ、少しだけ『どんな家庭環境ならこんなセンスが育つのか』は興味があったがね!」
露伴の挑発的な一言に、承太郎の堪忍袋の緒が「ブチィィィン!」と音を立てて千切れた。
「スタープラチナ!!」
「うわあああ! 承太郎さんストップ! ストップっス!!」
拳が振り下ろされる直前、仗助が文字通り決死の覚悟で承太郎の腰にタックルし、背後から羽交い締めにした。
「離せ、仗助。この男は危険だ。徐倫の教育に悪い」
「危険なのはあなたの方っスよ! 露伴は本当にただアイス食わせてサイン描いてただけっスから! ここでスタープラチナ出したら、露伴の家ごと杜王町が更地になっちまうッ!!」
「承太郎さん、落ち着いてください! 徐倫ちゃんも怯えちゃいます!」
康一も涙目で承太郎の腕にしがみつく。
「パパ、お顔怖い……。露伴せんせぇ、じょりーんに優しくしてくれたよ?」
背後から徐倫が洋服の裾を引っ張ると、承太郎の拳がピタッと止まった。
「……やれやれだぜ」
承太郎は深くため息をつくと、幽波紋を消し、仗助たちを軽々と振りほどいた。そして徐倫をひょいと抱き上げると、露伴を一瞥(いちべつ)する。
「……徐倫にアイスをくれたことだけは、感謝する。行くぞ、仗助、康一」
「へいへい……。あー、寿命が縮まったぜ、全く」
仗助は冷や汗を拭いながら、ようやく胸をなでおろした。
帰り道、承太郎の肩に担がれた徐倫は、露伴にもらったカラーのサイン色紙を嬉しそうに眺めていた。
「パパ、この露伴せんせぇの絵、すっごく上手なんだよ! じょりーん、お洋服に描いてある『手のマーク』がパパと一緒だから、お友達になれると思ったの!」
徐倫の無邪気な言葉に、承太郎はハッと目を見開いた。
よく見れば、彼の描いてくれたキャラクターには、承太郎の帽子にあるような「手のひら」のモチーフが使われている。
五歳の徐倫は、ただ「パパと同じマークの優しいお兄ちゃん」だと思って、露伴を信頼したのだ。
娘のあまりの健気さと可愛らしさに、承太郎の顔が目に見えて緩んでいく。
「……そうか。徐倫、お前はよく人を見ているな。偉いぞ」
「えへへ、パパ大好き!」
完全にデレデレの父親に戻った承太郎を見て、後ろを歩く仗助は、康一と顔を見合わせてやれやれと首を振った。
(あのプライドの塊の露伴を『お絵描き上手なお兄ちゃん』扱いして、あの無敵の承太郎さんを一瞬で骨抜きにするとはな……。親バカを転がす天才っスね、徐倫ちゃんは。将来が恐ろしいぜ……)
杜王町の夕日が、不器用な最強の父親と、その首にしっかりと抱きつく小さな少女の影を、温かく、そして長く引き延ばしていた。
コメント
1件
うわ、これめっちゃ良かった……! 5歳の徐倫ちゃんがまさか露伴先生の原稿見て「カッコいい!」ってストレートに褒めるから、あの偏屈漫画家が一瞬でデレるの、草。しかも承太郎が「娘に何かしたか」って殺気全開で襲来するところ、完全にジョジョ本編の緊張感そのままで鳥肌立ったわ。最後のデレデレパパ承太郎とのギャップがたまらん。次話も待ってます🔥