港湾エリア放火事件の翌日深夜、シェルドハーフェンの古びた酒場の地下室では、『三者連合』による密会が行われていた。
「先ずは作戦成功おめでとうございます」
『荒波の歌声』の代表であるヤンが穏やかに勝利を称えた。
「うむ、些か手違いがあり二人ほど失ってしまったことは悔やまれるが、戦果としては申し分あるまい」
リンドバーグもまた作戦成功に安堵していた。『暁』による警戒網は予想以上であり、如何にリンドバーグ・ファミリーと言えど四人の工作員を送り込むのが精一杯だったのだ。
「ふん、たかが倉庫を一つ燃やしただけではないか。どうせなら兵舎にでも火を付ければ良かったのだ」
唯一、シダ・ファミリーを率いるシダのみが面白くなさそうに吐き捨てる。
それを何処か哀れむように見つめたリンドバーグは、静かに口を開く。
「貴公にはこの戦果の意味が理解できないようだ」
「なんだと!?」
「まあまあ」
涼やかに皮肉るリンドバーグへ激昂するシダをヤンが宥める。
「『暁』の武力はこれまでの戦いで嫌と言うほど周知されている。そして彼等の力の根源はその莫大な資金力によるものだ。交易品が山積みされている倉庫を一つ焼き払えば、その損失は兵舎一つを焼き払うより遥かに痛手を与えることが出きる」
「ちっ」
「仰有る通り、資金力の要は交易にあります。しかし、あの倉庫だけが木造だと良く知っていましたね?」
「それだけではない。中身は帝都行きの物品であることも承知していたよ」
「なんと!?」
「どんな手品だ?」
「なに、諜報活動が『暁』の専売特許と言うわけではないのだよ。手の者を忍ばせる余地があったのだから、それを利用したまでだ」
「それはそれは」
「だが、どうやって?奴等は警戒を強めてた。ネズミを忍び込ませるのは無理だろ」
「今は、だよ。一年前ならば簡単に忍び込ませることが出来た。『黄昏』の街を作り上げるために『暁』は大々的に人を招いていたからな。その頃から将来『暁』が敵となると見越して、仕込んでおいたのだ。未来を見据えた策が実っただけだよ」
リンドバーグは得意気に語り、ワインを美味そうに飲み干した。
それをヤンは尊敬の眼差しで見つめ、シダは忌々しそうに睨み付けるのだった。
一方襲撃を受けた『暁』は、虎の子の戦車であるマークIVを港湾エリアに対置して防備を固めた上で、襲撃についての調査を行っていた。
シャーリィは調査に当たるラメルを呼び出して進捗を聞いていた。
「なにか進展はありましたか?」
「ああ、ボスか。流石にこの時間じゃ良い情報は手に入らねぇ。けど、予想はしてるだろう?」
「ええ、ラメルさんが教えてくれた三者連合でしょう。あとは証拠があれば良いのですが」
「捕まえた捕虜はまだ療養中。死体も調べてみたが、流石に痕跡は残されてなかったな。だが、思い当たる節はある。俺の勘だがな」
「聞かせてください」
「第七倉庫が老朽化してるのは三者連合も知ってた筈だ。港湾に出入りする奴なら誰でもな。『暁』が新しい倉庫をどんどん作ってるのも知ってる。なのに、まだうちがあの古い倉庫を使ってると見抜いて、火を放ちやがった。ほかはレンガ造りだ。最初から狙ってたと見て良い」
「物の出入りを見ていたとか?」
「だとしてもだ。第七倉庫は倉庫群の真ん中にある。わざわざ狙わなくても、他にも倉庫を狙う方が遥かに簡単だ。レンガ造りだろうと、火を放つことは出来るからな」
「……中身を知っていた?」
「俺はそう見てる。他の倉庫は燃やされても被害は少ない。わざわざ帝都向けの荷物が山積みされてる第七倉庫を狙ったんだとな。で、倉庫の中身が何処へ発送されるか知ってる奴は限られてくる」
ラメルの言葉を聞いて、シャーリィは嫌そうに眉を潜める。
「……身内にスパイが居ると?」
「嫌な話をして悪いな。けど、それならしっくり来る。あくまで俺の勘だけどな」
「今の『暁』にスパイが潜り込める余地はあるのですか?」
「『黄昏』を作ろうって時に一気に人を増やしただろ?それにネズミが紛れ込んでても不思議じゃない」
「……嫌な話ですね、本当に。身内を疑いたくはないのに」
「スパイってのは相手の組織を疑心暗鬼にさせるものだからな。とは言え、ネズミを放置は出来ねぇ。だから、『鼠取り』を用意したいんだが」
「具体的には?」
「偽の情報を掴ませるのが一番有効だ。限られた奴しか知らない情報が漏れたら、それだけネズミを絞り込める。それを繰り返していけば、特定できるって寸法だ」
「なるほど」
「まあ、相手は一年も潜んでるくらいやり手だ。簡単には捕まらねぇだろうが、やってみる価値はある」
「海賊衆は外してください。新しい人員を加えたのは数年前の話ですし、ここ二ヶ月は不在ですから」
「それなら海賊衆以外で交易品、特に倉庫を管理してる奴等に的を絞るか」
「やり方はお任せします。ただし、確実に特定してください。無実の仲間を裁きたくはない」
「任せてくれ。それで、特定できたらどうする?」
ラメルの言葉にシャーリィは首をかしげる。
「始末する以外に道があるのですか?」
「最終的には始末した方が良い。だが、三者連合を叩き潰すまでは泳がせた方がなにかと便利だぞ。偽の情報を掴ませれば相手の動きをある程度制御できるようになるからな」
「なるほど。ラメルさんは情報屋ではなく諜報活動が得意なんですね」
シャーリィの言葉にラメルは苦笑いで返す。
「この街で情報屋をやるなら、多少は諜報に詳しくないとな。それなに、妹さんからも色々教えて貰ったんだ」
「レイミから?」
「なぜか色々詳しくてな。まあ、ボスの妹さんだ。詮索はしねぇよ」
「正しい判断です。では任せます」
翌日、シャーリィはカテリナから呼び出されて教会の礼拝堂へ来ていた。相変わらずカテリナは祭壇に腰掛けてシャーリィを迎えた。
「シスター、お話があるとか?」
「……人払いをさせた理由は後程。シャーリィ、少しだけ面倒なことになりました。『聖光教会』が動きます。正確には『聖女』がシェルドハーフェンへやってきて活動を行うらしいです」
「『聖女』と言えば弱者救済を掲げている彼女ですか?善人が来るような街ではないと思うのですが」
「……それだけではありません。『聖女』は『勇者』についても熱心に調べているとの噂もあります」
この情報は誤りである。マリア本人は『勇者』について一切関心がない。むしろ『彼』を討ち果たした『勇者』に対して良い感情を持ち合わせていない節がある。
「……私ですか」
「……そうです。『勇者』を埋葬したこと、そして貴女の力を知られれば面倒なことになります。今まで以上に身の振り方に気を付けなさい」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ、シスター。そんなに善人なら会ってみたいものですから。もしかしたら、友達になれるかもしれません」
この冗談が悪い形で実現し、長きに渡る因縁の相手になろうとはシャーリィも、そしてマリアも知るよしもなかった。
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