テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
こちらの茨さん👈🥀3️⃣
11,876
ライ麦茶
46
ほわ🌇
285
#異世界
『…嗚呼、神様』
ポタポタ。赤黒い液体が何かから一定のリズムで垂れ落ち、それは途切れることがない。
『どうか、次こそは』
部屋の床にはカッター、ハサミが鉄の匂いにまみれて、薬の錠剤が散りばめられている。噛み砕いたようなもの、開けたままで放置されていたもの。
『好きなものを続けられますように』
部屋の中央には人影がぶら下がっている。首から太い縄が伸び天井の電気に固く結び付けられている。
遠のいていくわずかな意識に思いを馳せながら、わたしはそう願っていた。
『…ただ、もう一度_』
・・・
空が夜に染まる前の時間帯。街は今日も賑やかだ。
屋台が並び、人が集う。物を売り買いする大人。広場を走り回る子供。買い食いを楽しむ放課後の学生。
世界は平和だ。今から数百年も前に魔王が勇者の手により討伐されたからだ。当時の生活にはもう戻れないほどには穏やかに人は暮らしていた。
それはあくまで表の話。彼女は、彼女達はまだ、裏にいるのだ。
2本の短剣を繋ぐ一本の長い鎖がジャラジャラと鳴く。赤黒いドロっとしたものがそこから垂れている。
金色の髪は黄昏の光を浴びて美しく輝き、紅い瞳がその奥を見ているようだ。それとは反対に真っ暗な手には他人の血が覗いていた。
その正体は、リトナ・クルイバナ。狂気的なその赤い目ですら美しい。
彼女は視線を落とす。その目線の先には自身の血に塗れ絶命している一人の男が居た。子供の臓器を売り捌き、裁判では警官側が買われ無罪となった男だ。
それに手を伸ばし、彼女は口を開いた。
『魔力操作』
血液が、肉片が、内臓が、最終的には跡形も残らず骨ごとハラハラと光となって天に昇って行く。天寿を全うした生き物は気が遠くなるほどの時間をかけて魔力となり、いつか世界の一部となる。
手にこびりついていた物が光になったのを確認したのち、パンと一度だけ手を合わせて彼女はその場を後にした。
その瞳は、黄昏を映すエメラルドのように美しかった。
彼女はこの狭い世界の秩序を守る人間だ。
・・・
空が完全に月に溶けた夜の世界。少し湿気のある風が初夏を運んでいる。浮かぶ星になんて目を取られず彼女は金色の髪を靡かせながら暗い暗い路地裏を駆け抜けて行く。
段々と軽くなる足取りは彼女の心情を表しているようだ。
街灯の光が届かぬ月明かりだけが灯る街の西側。廃墟の奥を潜り抜け彼女はとある行き止まりにたどり着いた。
普通の人が来たら引き返すであろう目の前の大きな灰色の壁にそっと触れる。夜の風に当てられて冷たくなったそれは彼女を招くように静かに内側に開いた。
それに怯えることもなくその中にある闇に躊躇なく飛び込む彼女を入れた後それは跡形もなくパタンと閉じられてしまった。
・・・
階段を駆け下りる。道中の蝋燭は怪しげに揺れている。灯りのあるあそこに目線を向けながら、降りた先の扉をそっと押して開ける。
金色の瞳を一冊の本に向けている青年は彼女に気づくと手元のそれを閉じてにっこりと微笑んで見せる。
「おかえりなさい。リトナ」
「うん、ただいまリュートル」
リュートル・フェイスナル。流れるような青色の髪は左目を覆い隠し、後ろ髪は左耳の下で一括りにしている。優しげな金色の右目は彼のゆったりとした性格を表しているようだ。
再び文字に目を向けようとする彼が座るソファーの横に並び腰を下ろす。と同時に二人がよく知ってる声が耳に入ってきた。
「おい!また俺のおやつ食っただろ!」
ファイアール・ヌーヴェルト。燃えるような赤い髪と、それを目立たせる白いアホ毛が可愛らしい。右目を縦にざっくりと切ったような傷跡は痛々しく、袖や裾の先から見える皮膚から火傷痕が覗いている。左目の水色の瞳は今リュートルに怒りの目線を向けている。
彼の手には空になったガラス瓶が握られている。彼が大好きなクッキーが入ってあった物であるとリトナは察し、隣の男に目線を落とす。
リュートルはギギギとぎこちない人形のようにファイアールとリトナから目を逸らした。
「な、なんの事でしょう…?」
「お前相変わらず嘘付くの下手だな!」
彼ははぁとため息を吐き、腕を組む。
「もういいや…おかえり、リトナ」
「大変そうだねいつも、ただいま」
腰に刺していた双剣を布で軽く拭く。真っ白な刃と真っ黒な刃が対になっているお気に入りの武器だ。
ふと、暗い香りの風が吹いた。彼らはそれに応えるように振り返るがリトナはそうはしない。
誰かわかっているからする必要がないのだ。
「どうしたの。マリトーナちゃん」
暗い髪を腰まで伸ばし、服は真っ黒なワンピース。顔まで布で覆った黒子のようだ。その胸には桃色のネックレスがかかっている。彼女はマリトーナ・ラーファ。リトナに従う専属部下である。
「明日の午前10時。A級幹部ヴィーナス様より「会議室に来い」との伝達を承りましたので。空いていないようなら日時を変えるとの」
磨いていた刃の先に彼女がいる。黒い布の先にある瞳と目が合う。
リトナはそっと微笑み、振り返った。
「わかった。伝達ありがとうね、マリトーナちゃん」
「勿体なきお言葉です。失礼します」
影のような彼女はそう言うと風と共に消えてしまった。空間転移の魔法らしいがリトナは使えない。
さて、明日は会議だ。万全の準備で迎えよう。
金色の髪を揺らし彼女は立ち上がった。
◇ ◇ ◇
_とある部屋だ。可愛らしいぬいぐるみが並べられており、壁には何かがぶら下がっている。金を丸く平面に伸ばした物だ。
またか。彼女はそう思った。これはいつも見る夢の典型的な始まりの一部である。
外は夜に染まっている。空に浮かぶ月が近い。
ふと、カチという音が響いた。瞬間部屋がパッと明るくなる。
「あー疲れたー!」
淡い髪色の少女が大きな荷物を持ちながら部屋に入ってくる。どうやら私のことは見えていないらしい。
ドスンと音を立て重たそうなカバンを置き、ベットに座り寝転んだ。
薄い板を弄っていると曇った音が聞こえてくる。彼女は「はーい」と声を出しながら部屋を出て行ってしまう。
それについて行くと彼女がいるのは玄関であった。扉を開けると同時に血の匂いが部屋を漂った。
それまで白黒だった世界は今彼女の赤い瞳と体液だけを映し出している。
玄関を見る。フードを深く被った誰かが赤く染まったナイフを持って立っていた。
◇ ◇ ◇
それに手を伸ばした瞬間、リトナは目覚めた。
時計を見ると針は午前5時16分を刺している。
汗だくになった額に髪が張り付く。まただ。やはり人を殺した日に決まって見る夢。
リトナが黄昏時に入った当初、彼女は人を殺した時に限って夢を見るようになった。
赤い瞳の少女が何かに殺される夢を。時には刺殺。事故死、溺死、焼死。
決まって、殺される。何者かによって。
たまたまではない。彼女はその謎を解き明かす為、ここまで登り詰めてきたのだ。上に行けば何かわかるかもしれない。と。
登った先の景色は、地獄を見た者たちの瞳であった。その晩、初めて夢の中の彼女に触れることが出来た。死んだ目で一言。
『罪は消えない』
そう言われた。リトナは自分の罪をずっと考え続けてきた。
自分の罪とは、命を無惨に扱うことなのではないのだろうか。でも、今更辞めることは出来ない。ならば、せめて。
私がまだ救える人を救おう。
・・・
リトナはスッキリする為洗面台に向かう。
顔に冷たい水をかけてタオルで拭き取る。鏡に映る自身の姿を見ようと顔を上げる。
そこには、真っ赤な瞳の少女が立っていた。
鏡の中の彼女は口を開いているが何も聞こえない。
そこにはいつもの鏡に映る青い顔のリトナがいた。軽く息を吐き、真剣な眼差しでそれを見つめる。
これが私の罪ならば、これが私の使命ならば。
『とことんやってやるよ。私が死ぬまで。』
鏡に映る自分と手を合わせ、そう呟いた。
『終わる時は美しく華やかに』
心にそう誓い、彼女は鏡の中から姿を消す。
自分の望む最高の死を。
コメント
3件
うわ…重くて綺麗な世界観だね。冒頭の♡♡♡シーンから始まって、リトナが悪人を“処理”する描写がすごく生々しいのに、魔力操作で跡形もなく消すところが切なくて。黄昏の金色の髪と赤い瞳の対比が美しい。罪の意識と戦いながらも「死ぬまでやる」って決意するラスト痺れたよ。次が気になる…!