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(えっ)
静かなのによく通る男の人の声だった。
もうろうとする意識を引き戻されて視線を戻せば、新たな男の人が現れている……ではありませんか!
その男の人がお姉さんの肩を引き、二人の間を割るようにして立っている。
(えぇぇっ!! )
だ、だれっ!
あなたはいったい誰ですかっ!
っていうか現れた人、超がつくイケメン……っ!!
ここからでもわかるサラサラの黒髪。
細身な体躯と、スーツの隙間から見える長い手。
そしてそして……まるで『恋色白書』の主人公、蓮のイメージにドンピシャな顔!!!
(わぁぁぁ、ヤバイヤバイヤバイ、拝みたくなるっ、どうしようっ!!)
思わず目がハートになって、はぁはぁと息が荒くなる。
でも釘付けになったのは数秒で、私の視線はすぐ山梨さんへ戻った。
(―――えっ)
『恋色白書』の蓮にドンピシャの人がいるんだよ?
それなのに目がいくのは―――王子様だと目で追うのは、山梨さん。
ってことは―――。
(や、やっぱり、そうなんだ!)
こんなカッコいい人を見ても、あの時のビリビリッとした電気は走らないんだもん!
やっぱり、やっぱり、私の運命の人は山梨さんなんだ……!
「朔ー」
私が感動していると、山梨さんの呆れた声がする。
山梨さんは脱力した顔で、割り込んできたお兄さんを見ていた。
えっ、今お兄さんの名前を呼んだ?
ってことは、知り合い?
―――って!
わっ、ちょっとお姉さん!
お兄さんを見る目っ!
目玉が転がり落ちるかもってくらい、目を見開いてますよっ!
超イケメンのお兄さんは、山梨さんをじっと見つめ、それからお姉さんに視線をずらした。
目が合い、お姉さんは動揺をこらえるようにぐっと唇を噛む。
その表情は、なにか言いたげで、わずかな拒否も混じっているように見えた。
さっきまで山梨さんに見せていた、どの表情とも違う。
ただ、違和感もあった。
お姉さんはいわゆる水商売の人だ。
もし現れたのが『お客さん』なら、お姉さんは『仕事』として対応したような気がする。
そうしないってことは……この人とお姉さんも知り合い……ってこと?
現れたイケメンさんは、お姉さんの肩を引いたまま手を離さない。
……なんですか、この構図。
もしかして恋のバトル的なものが勃発してるっ?
「で? 朔のその発言はどういう意味なん?」
発言? ……そうだった!
現れたイケメンさんは、『いくら?』って言って割り込んできたんだった。
超イケメンさんは、おもむろにポケットから財布を出した。
そこからたくさんのお札を抜いて、戸惑うお姉さんの手に握らせる。
って、そのお札の量……!!
私の月給を軽く超えてるっぽいんですけど!?!?
衝撃を受ける私とお姉さんをよそに、超イケメンさんはなんでもない顔をしている。
山梨さんは呆れたような息をつき、面白いものを見るように口元を引き上げた。
ど、どうしたの皆さん。
三人の間で、いったい何があったんですかっ。
ドラマさながらの展開すぎるのに、これがリアルだから、見逃し配信も巻き戻しも出来ないよ――っ!
「なぁ 朔。俺アヤちゃん気に入ってるんやけど?」
「知ってる」
「横入りやばない?」
言いながら笑みを浮かべる山梨さんに、涼しい顔だった超イケメンさんもかすかに笑った。
……わ、わからない。
取り合い、奪い合いって感じなのに、どうして二人は笑い始めちゃったんですかっ。
しかも二人はただの知り合いっていうより、お友達っぽい雰囲気がある。
お姉さんはといえば、男性ふたりに挟まれ、事の成り行きについていけていないみたいだ。
お姉さん……。
一言言いたい。
なにかわかんないけど、罪な女すぎますよっ!!!
「まぁ、朔にそこまでされたらしゃーないな。今日は下がったるわ」
山梨さんは胸ポケットから取り出した紙切れを、お姉さんの握る札束の上に置いた。
「それ、俺の連絡先やから。絶対に連絡してきてやー」
(えっ! 連絡先っ!?)
はいはいっ、私も欲しいですっ!!
ピンと手をあげかけた時、山梨さんがイタズラっぽくお姉さんを下から覗きこんだ。
(えっ)
近い、と思うほんのわずかな間に、山梨さんはお姉さんに短いキスをしていて―――。
(えっ、えぇぇぇ―――っ!!)
「今日はこれで我慢するわ。次はいい返事、期待してるで」
山梨さんは固まるお姉さんを見て満足そうだ。
それからから超イケメンさんに目を移し、「じゃーな」と手を振って去っていく。
ガーン。
ガ―――ン。
ガ―――――ン。
ガ―――――――ン。
そ、そんな、山梨さん……。
浮気現場を目撃した人って、もしかしてこんな気分なんでしょうか……。
大ダメージ、大打撃。
フルボッコK.O寸前で今にもくずおれそう……。
お姉さんのほうは、じっと山梨さんの去っていった方向を見つめている。
キスを嫌がってはないものの、かといって嬉しいとも思っていなさそうだ。
複雑な表情をしているのは、今度山梨さんに会ったらどうすべきか考えているみたいに見える。
しかし、王子様……。
運命の相手以外の人にキスって、どうしてですか……。
心の中はどしゃぶりで、大雨洪水警報だって発令しそう。
だけど、山梨さんが完全にいなくなってはっとする。
今この場に残っているのが、超イケメンのお兄さんとお姉さんのみ。
ってことは……。
(そっか、追いかけるなら今だっ!!)
こうしちゃいられない!
山梨さんを追いかけようと電子看板の陰から出かけたけど、いなくなった方向の路地の前にふたりがいるから、出るにも気まずい!
やきもきしていると、お姉さんは気持ちを入れ替えたのか、上品な仕草でお札を鞄にしまった。
微笑みを浮かべ、超イケメンさんの腕に手を伸ばす。
「では、これからどうしましょうか?」
お、お姉さん。
それはちょっと変わり身早すぎませんか?
さっきまで山梨さんと、どこか行こうとしてたじゃないですかっ。
微笑むお姉さんを見て、超イケメンさんはお姉さんの唇を指で拭う。
その動きは、強引のようで繊細で―――お姉さんを見る目はこっちがドキッとするくらい艶っぽかった。
(わぁぁぁぁ)
山梨さんにされたキスを消そう、みたいな雰囲気が伝わってくる。
マンガかドラマである、あの叫びたくなる、むずがゆいやつが目の前で起こってるっ。
超イケメン×きれいなお姉さんの組み合わせは、本物のドラマを見ている気持ちになっちゃう。
しかもこの展開。
お姉さんにあんな大金払ったんだから、超イケメンさんはお姉さんに気がある……ってこと、ですか?
あぁぁ、なにそれなにそれ、羨ましすぎるっ。
大人気の秘密、いったいなんですかっ。
と、いうことで。
緊急検証!!
『お姉さんの大人気の秘密はどこに!?』スペシャル!!
えっと、お姉さんの見た目は細くて、華奢で、色白で、あか抜けた綺麗な人って感じですねっ。
じゃあこの見た目と雰囲気が、男の人を虜にする秘訣ってことかな。
穴があくほどお姉さんを見ていたら、超イケメンさんが歩き出した。
なんとも言えない顔で固まっていたお姉さんも、ためらいながらその後を追っていく。
そして超イケメンさんの腕をとった。
美男美女のふたりは、それはそれはお似合いだ。
お姉さんが夜のお店の人だってことはわかってる。
それなら、お姉さんにとって、お金の額で恋って決まるのかな。
なんかそれは寂しい……。
って!違う!
今はそんなこと考えてる場合じゃないっ!
山梨さん追いかけなきゃいけないんだった~!
慌てて山梨さんが去っていった路地へ走ると、通りのだいぶ向こうで、ありんこくらい小さな姿を見つけた。
ていうか私ってば、アフリカのハッザ族もびっくりの視力ぶりじゃない!?
「や、山梨さんっ!!」
電子タバコを握りしめ駆け出すけど、山梨さんとの距離は500メートル近くあるから、さすがに声は届かない。
しかも運の悪いことに、山梨さんの前に黒塗りの車が止まって、視界が遮られちゃった。
それでも力を振り絞って走っていると、黒塗りの車が発車し、車がいなくなった後には山梨さんの姿もなくなっていた。
(あの車に乗っちゃった!?)
そんなぁぁぁ~~!!
嘘でしょ、嘘でしょ。
逆シンデレラ基準なら、カボチャの馬車=黒塗りの車は頷ける。
そして追いかけてくるお姫様を振り切って、一度は家に帰るのもわかるけど!
(でもでも! ここはセオリー通りじゃなくて、待っててほしかったよ―――!!)
だって王子様が別の人とキスしたのは、ぜんぜんセオリーじゃないもん!
おかげで大ダメージK.O寸前だし、今日だけで一年分は走ったせいで、体力はもう限界。
今すぐ会えなきゃ、倒れちゃう―――。
力が抜け、がくっと膝が地面についた。
同時にボタボタッと汗が地面に落ちてしみをつくる。
どうして。
どうしてなの。
どうしてなの神様。
汗だくMAXですよ。
心の中は大雨洪水警報が発令中ですよ。
それなのに、王子様がいっちゃった……。
頭の中で山梨さんのことがぐるぐる回る。
彼とぶつかった時に感じた衝撃。
目で追ってしまう自分と、お姉さんばかり見ている山梨さん。
「うぅぅ」
ぎゅっと心臓が握りしめられたみたいに苦しくなる。
でも―――。
私は手の中の電子タバコを見つめた。
折れそうな心を奮い立たせ、ぐしゃぐしゃの汗と涙を拭う。
ちがう、沙織!
マンガだってドラマだって、アクシデントは恋が盛り上がるために必須って、知ってるでしょう!
恋に障害はつきもの!
それに「運命」って、そんな簡単に結ばれるものじゃないもん。
これはきっと、神様が私に与えた恋の試練なんだっ。
あのお姉さんは見るからに大人だったし、男の人を惹きつけるプロだし。
そんなお姉さんに、なにかで傷心な王子様がふらっと気持ちがいっちゃっただけ……だと思う!
お姉さんの特徴は、細くて、華奢で、綺麗な人。
きっと山梨さんはああいった人がタイプだったんだ。
正直、ぽっちゃりまっしぐらな私とは正反対だけど。
王子様があんな雰囲気の人がいいのなら、私がそんな女になってみせます……!
きっと大丈夫。成せばなる!
出来ない事はないっ!
滝沢沙織、決めました。
私、あの人好みの女になってみせますっ!!