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「沙織―、昨日は何時に帰ってきたの?」
翌朝7時。
寝不足でぼうっとしながらキッチンに入るなり、お母さんに聞かれた。
「……えーっと。たぶん3時くらい?」
「沙織ももう社会人だし、とやかく言うつもりはないけど、朝帰りばっかりになっちゃダメよー」
「はーい、ごめんなさい」
コーラをごくごくと一気飲みすれば、寝不足の身体がシャキッとしてくる。
はぁぁ、やっぱり寝起きにはコーラだよね。
もう一杯、と注ぎかけてはっとした。
そ、そうだ。コーラってデブの方御用達の飲み物ってイメージがある……!
私はぽっちゃりだからセーフだと思ってたけど、細くて華奢な女になるって決めたなら、これからはナシだよね?
テーブルを見ると、私が買っておいたメロンパンとシュガーパンが置かれている。
「……お母さん。私コーラはこの一杯で最後にして、朝ごはんは……メロンパンだけにする」
「えっ、お腹すくんじゃない」
「ううん、細くて華奢で、綺麗な大人の女の人になることにしたから、痩せないと!」
「えっ? な、なに急に。どうしたの」
お母さんは洗い物の手を止め、びっくりしてこちらを見る。
相当驚いてるっぽくて、まん丸な目で固まっていた。
「私、昨日運命の人見つけちゃったのっ! だから―――」
「あぁー、なるほどね」
私の言葉を遮り、お母さんは「またか」みたいな顔をする。
「沙織、それはいつもの思い込みでしょー。こないだのドラマの蓮だって、「運命の人だーっ!」とか言ってたじゃない」
「うっ、それはっ……!」
お母さん、蓮を引き合いに出すなんてずるい!
確かに蓮は私の心のオアシスだけど、でも蓮のイメージドンピシャさんを見たって、私の心は変わらなかったんだから!
「違うもん! 絶対に運命の人だもん! 『この人だ!』って電気が走ったんだからっ。絶対にあの人好みの女になってみせるの」
「まぁそんな動機なら、ダイエットは3日続いたらいい方よねー」
「そんなことないもん」
むうっと頬を膨らませながら、メロンパンの袋をビリッとあけた。
「あ、痩せるつもりなら、メロンパンだってカロリー高いから、ほんとはやめたほうがいいだろうけど」
「えぇっ」
そんなぁ! これでも涙をのんでパン一つにしておこうとしてたのに!
メロンパンはチョコチップ入りもおいしいし、クリーム入りもおいしい最強パン。
その最強パンをやめたほうがいいなんて……なんて無情なのーっ。
半べそになったところで、学生時代の友人が言っていたことが頭をよぎった。
『メロンパンはダイエットの敵! 菓子パンは悪魔なのよ―――!!』
それを思い出して、さっと血の気が引く。
そ、そうだ、あの時ダイエット中だった友達がそう叫んでた!
メロンパン5つくらい食べるならダメだろうけど、1つじゃぜんぜん平気じゃないの?
それが敵だなんて!
しかも、たしか菓子パンは悪魔呼ばわりされてたよね!?
(えぇぇ、本当に?)
メロンパンは上の甘い部分がものすごく食欲をそそるんだよなぁ。
食べちゃダメだって思えば、余計おいしそうに見えるマジックにかかっちゃうー。
「……お母さんっ、メロンパン、食べてっ」
「あ、食べるのやめとくんだ」
「うん、食パンにする……」
神様。
せめて菓子パンを悪魔じゃなくて、小悪魔くらいにしてくれればよかったのに……!
泣く泣くメロンパンを諦め、肩を落としてトースターに食パンを入れる。
焼けるのを待ちながらコーラを飲もうとして―――ダメダメ!
お水をがぶ飲みして、焼けたパンをトースターから出した。
バターをたっぷり塗って、はちみつもかければ、ハニートーストの完成!
ほんとはバニラアイスも乗せたいところだけど、ガマンしてかじりつけば……これ、おいしい!?
この濃厚な味、まさに私好みの味だっ。
(よしよし、イイ感じ!)
食パンは菓子パンじゃないから、敵でも悪魔でもないはず!
ん、待てよ?
コーラはダメでもダイエットコーラはいけるんじゃない!?
(私ってば天才―! これで明日から完璧だー!)
名案だと鼻歌まじりで食パンにかじりついていたら、お母さんが無情な一言を言ったの。
「沙織、それ、メロンパンと同じくらいのカロリーかもよ」
「……えぇっ!!」
「バターにはちみつたっぷりって、そりゃそうなるわよ」
そ、そんなぁぁ。
ひどい、もう一枚食べようかと思ってたのにっ。
もしやパン自体が悪魔系とか!?
「沙織。ダイエットしようってのはいいと思うけど、熱をあげてる相手の人に迷惑かけないように気をつけなさいよー。あなた思い込み激しいから」
「ひ、ひどい!」
お母さん、思い込み激しいのは本当だけど、ひどいよっ!!
「もー、迷惑なんてかけないもん! 行ってきます!」
本当はまだまだ食べ足りないけど、ガマンガマン!
しかし、ダイエットは修行だ。
それを開始初日で身に染みて知ることになった。
食パン1枚じゃ10時前にはお腹が鳴りまくりだし、それに気づいた部長や営業さんたちがお菓子をくれちゃうし。
誘惑と空腹の戦いがエンドレスすぎるよ。
お昼ごはんだって、いつも特盛でお願いするごはんを普通盛りにしてくださいって言った時には、ちょっと涙が出ちゃった。
いろんな意味で退勤する頃にはヘロヘロで、外に出れば飲食店が0.1秒で目に入ってくる。
(あぁぁぁ……)
帰り道には、私の大好きなハンバーガーチェーン店があるんだよなぁ。
神様は早くも私を試してる。
ハンバーガーか山梨さんか、どっちかを選べって事ですか……?
ポテトにナゲット。ハンバーガーにコーラ……。
どれも私がすっごく愛してる食べ物。
そして週2であのハンバーガーショップお邪魔してるのにーっ!
あぁ、看板を見てるだけで味まで思い出してきちゃうよ。
(ダ、ダメダメっ)
沙織は負けません!
誘惑を振り切り全速力で走るも、空腹すぎて10秒で息切れでダウン。
(し、しんどい……)
その場でぜいぜい息をしていると、ちょうどそこは本屋さんの前だった。
このままじゃお腹がすきすぎて絶対ハンバーガー屋さんに入っちゃう!避難しなきゃ!
気を紛らわそうと本屋さんに飛び込み、一度も行ったことのなかったダイエットのコーナーへ。
(わぁ……!)
これまで縁がなかったから見なかったけど、痩せるための本ってこんなにいっぱいあるの?
表紙のお姉さんたちはみんな細いし、眺めてるだけでテンションあがってくる。
早速私の目に留まった本は、『履くだけ☆スリッパダイエット』
(わっ、これよさそう! こっちは『快眠まくらで楽ヤセ』だって!)
寝てるだけで痩せられるなんて、考えた人すっごい天才~!
―――って、いやいや待って。
よく考えて!
簡単なものほどアヤシイっていうのが世の常なの。
だって漫画だってドラマだって、『好きだよ』って簡単に告白してくるイケメンには、裏がある時があるもん!
『お前みたいなブス興味ねーよ。体だよ、カ・ラ・ダ 』
『は? なに勘違いしてんの、告白なんて本気じゃないに決まってんじゃん。罰ゲームだよ』
これこれ!
こういったのもあるんだから!
ダイエットだって、楽して痩せるとかってのには、裏があるかもしれない。
滝沢沙織、ダテに恋愛のプロじゃないんです。
甘い言葉に引っかかったりなんてしません!
片っ端から雑誌や本に目を通し、基礎知識をインプットして気に入った本を購入。
この勢いで痩せるんだ!と思った矢先に、最大の難所が……!
帰り道にあるハンバーガーショップが、最強にいい匂いをさせて私を誘ってる。
くぅぅぅっ、なんて暴力的な誘惑……!
視界に入ると、私の本能が今すぐGO!!と訴えて、そっちに引っ張られそうになる。
(だめだめっ、通り過ぎるのよ)
その時、ぐー、と勢いよく鳴るお腹。
お、おなかすいたぁぁー!!
今にもあの店に吸い込まれそうで、足が勝手に動いちゃう。
(こんな時は、山梨さんを思い出すんだっ)
ハスキーな声。
私に差し出してくれた手。
そして、夜の仕事のお姉さんばっかり見ていた山梨さん。
(山梨さん……。さ、沙織は負けません)
絶対山梨さん好みの女の人になって、好きになってもらうんだ。
ここで負けちゃダメっ。
必死にハンバーガーショップを通り過ぎ、家に帰るまでの間にずっと山梨さんが落とした電子タバコを握りしめる。
これ、ずっとお守りがわりにカバンに入れてるの。
持ち歩いていれば、いつ山梨さんに会ってもすぐに渡せるし、山梨さんのことを感じられて一石二鳥。
でも早くあの人好みの女の人になって、惚れ直してほしいよ。
いつもより少ない夕食にはめげそうになるけど、私の意志は固いんだから。
絶対絶対、山梨さん好みの女になるんだっ!
山梨さん、沙織は頑張ってますっ。
ハンバーガー、食べなかったですよっ。
脳内に何度も山梨さんを浮かべるうち、すごく会いたくなっちゃった。
……そうだ!
『綺麗で華奢な女の人』になったあかつきには、山梨さんに会ったあの街で働けば、山梨さんに会えるんじゃない??
(そうだ、それだ!)
運命の人とはいえ、やみくもに探しても、東京は広いから探せないかもしれない。
でも、あのきれいで華奢な女の人がいるお店で働いたら、きっと会える!
(わぁっ、私ってば名案!!)
よしっ、決めた!
私もあのお店で働こうーっと!!