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「――あんの馬鹿!」
膠着状態でチャリオットより目を離せなかった時雨も、この状況の深刻さに気付いた。
「何速攻でやられてやがるっ――!?」
事態を察した時雨は、この場より駆け出そうとしたが――後頭部へ衝撃が走る。
「がっ……」
そしてそのまま前のめりに、引き摺られるよう地へと突っ込んでいた。
後頭部を強打されていたのだ。一瞬、目を離した隙に、チャリオットの飛び膝によって。
「何いきなり駆け出そうとしてるんだか……。アンタにそんな余裕が有ると思って?」
「ぐぅ……ぶっ!」
平伏すように倒れた時雨へ、チャリオットは腕組みしたまま、その頭を踏みつけるよう足蹴りした。
「――時雨さんっ!?」
この状況に琉月は戸惑った。此方では雫が捉えられ、向こうでは時雨が倒れる。
兄、薊のみが未だ戦闘の最中。
どうするべきか。どちらに加勢すべきか。その一瞬の判断に揺れ動いた次の瞬間、自身の両腕が塞がれた。
「えっ!?」
『行っちゃ駄目だお嬢!』
預けられたのだ。その両腕にはジュウベエの身体が。鳴き声を上げて。
「ゆっ、悠莉!?」
――しまったと思ったが、もう遅かった。出遅れた。
「幸人お兄ちゃぁぁん!」
悠莉はジュウベエを琉月へと預け、幸人の下へと駆け出していたのだ。
勿論、幸人を助ける為。そして――エンペラーを倒す為に。
「くっ、来るな悠莉ぃ!」
磔られた雫は、駆け付けて来る悠莉の姿に叫ぶ。
「…………」
エンペラーも当然、その姿を捉えている。迎撃するつもりだ。エンペラーは矛先を悠莉へと向けた。
「幸人お兄ちゃんを離せぇ!」
両者の距離が狭まっていく。
まともに闘って、勝てる筈が無い。そんな事は悠莉自身にも重々承知。
“だけどボクの力なら……。あの人の心に――魂に侵食する!”
戦闘力でエンペラーに勝てる者は、存在しない。だが戦闘力とは全く別次元の力なら、或いは勝機も――
“メモリアル・フェイズ・メタモルティ――魂縛ノ章”
悠莉の異なる両の瞳が妖しく光り、エンペラーを捉える。
そしてそのまま彼の心へ介入し、魂へと侵食する。
もしかしたら、この闘いをこのまま誰の犠牲も出す事無く、御互い終わらせる事が出来るかも知れない。
「――えっ!?」
――と思ったその時だった。悠莉の動きが止まる。
「そんな……嘘、何で?」
力を発動したからではなく、明らかに悠莉はエンペラーの何かに気付き、その場で立ち竦んでしまっていた。
「…………」
エンペラーは悠然と悠莉へ近付き、その右手を振り上げる。
“手刀で首を落とすつもりだ!”
「止めろぉぉぉ!!」
「お嬢逃げろぉぉぉ!!」
「悠莉ぃぃぃ!!」
誰もが危惧したその意図に、各々の絶叫が響いた刹那。
「…………ふっ」
――だが、違った。エンペラーの右掌は、悠莉の頭に置かれる事になる。
「残念ながら君の力は、私には通用しない。見て……分かっただろう?」
そうエンペラーは、驚愕に固まったままの悠莉の頭を優しく撫でながら、その訳を耳打ちする。
「――それにしても大きくなったね、悠莉……。だが君はこの場にはそぐわない。さあ、危険だから此処から離れていなさい……――あれ?」
まるで我が子でも諭すかのように、退場を命ずるエンペラーだが、肝心の悠莉は驚愕におののいたまま、微動だに出来ないでいる。
一体何を見たのか。悠莉は確かに、エンペラーの心へ介入しようとした。
そこで重大な事へ気付き、術を取り消した。否、エンペラーの言葉通りなら、最初から力自体が通用しなかった事になる。
「琉月。悠莉を迎えに来てあげなさい。そして離れて観戦しておくように」
何時までも悠莉が動かないので、エンペラーは琉月へと呼び掛けた。
「くっ……」
これは罠か何かか。刺し違えてでもエンペラーと対するか、その判断が琉月には掴めない。
「大丈夫。危害を加えたりはしないよ。君が妙な真似をしない限り……ね」
エンペラーは踵を返し、悠莉から大幅に距離を取っていく。瞬間、琉月は急ぎ悠莉の下へと駆け寄り、彼女をしっかりと抱き締めたまま、飛び退くようにこの場を退いた。
「悠莉、良かった……」
彼女の無事に、琉月は心底安堵した。
「全く、無茶しないでくれよお嬢……」
もう一人の御主人の無事に、ジュウベエも再び悠莉の下へ寄り添った。
「う、うん。でも何で……何であの人は――」
悠莉はうわ言のように繰り返す。
そう。一番の問題は、何故悠莉の力が通用しなかったのか。そして何故、エンペラーはあっさりと彼女を見逃したのか。
確かにエンペラーは、悠莉を自分の上に置く事を明言していた。
それでも何処か腑に落ちない。あの時、エンペラーが悠莉に見せた表情は、もっと――
「テメェ……何のつもりだ?」
磔られた雫も、エンペラーの不可解な行動の意味を問うた。
「ん? 何がだい? あのまま彼女を殺した方が良かったのかい?」
氷の柱に寄り掛かりながら、エンペラーは嘲笑った。
「ふざけるな!」
「くくっ。ホント、衝動的な短絡思考だね。まあ、そんな事はしないよ。あの子は私にとっても、大事な子だから」
「くっ……」
やはり雫には、エンペラーのその真意は分からない。悠莉の事もそうだが、現状問題なのは――
「俺を縛り付けてどうする気だ? 離せぇぇ!!」
雫は縛り付けられた両腕の氷を、力ずくで抗おうともがくが、氷は微動だにしない。
「ああ無理無理。私の氷呪縛からは逃れられない。特に君は私と同一系統で在るがゆえに、更に……ね。下手に動くと細胞が壊死するから、大人しくしておいた方がいい」
エンペラーはそう警告しながら、氷の柱の横に何かを発現させた。それは氷の玉座だった。
「さて……賭けをしないかい、幸人?」
エンペラーは玉座に腰掛けながら、そう雫を見上げた。
「あぁ!? 賭けだ? 何寝惚けてやがる! テメェは殺す、死んでも殺す!」
まるでゲームを持ち掛けるようなエンペラーの態度に、雫は憤慨し吼えた。しかしこの状況では、それも遠吠えに過ぎなかった。
「君は私に平伏したんだ。敗者は勝者の言う事は、黙って聞くものだよ。さあ、ゆっくり観戦しようじゃないか」
エンペラーは辺りを見回した。近くに倒れた時雨とチャリオット。そして、遠くに闘い続ける薊とハイエロファントが。
「因縁の両雄、宿命の対決。君はどちらが勝つと思う? 勿論、私は彼等に賭けるがね」
そうエンペラーはチャリオットとハイエロファントを指しながら、氷のような冷笑を向けたのだった。