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屈辱に頭を地に踏みつけられていた時雨だったが、何時までもこの状態を許す筈が無い。
「――っ!」
何かを察知したのか、チャリオットは飛び退くように距離を取った。足蹴りしていた時雨の――彼女の足下には、円輪型の水の刃がその足首を切断しようと、四方から閉じるよう迫っていたのだ。
「へぇ……少しはやる気になったみたいね?」
チャリオットはそれでも、腕組みしたまま見下していたが。
「……いやどうもね、アンタ相手はいまいち気が乗らなかったが、まあそうも言ってらんねぇし――」
時雨はゆっくりと立ち上がり、衣服の泥を払いながらチャリオットへと向き直る。
「全力で殺すよ?」
悪魔のように吊り上がった表情に、その蒼き双眼がより一層輝く――
“ブラッディ・レールガンズ・ブレイジング ~超弾道血壊痕”
言い終わる瞬間、射出された。第二宇宙速度で打ち出される超圧縮された水の弾道が、時雨の四方からホーミングレーザーのように。
――完全に不意を突いた。この速度を反応してから避けるのは、間に合わない。
水の弾道は棒立ちのチャリオットを捉え、その五体を欠片一つ残さず粉砕する。
――と思われたが、チャリオットには効かなかった、というより彼女に届いていなかった。
直撃の間近、水の弾道はチャリオットの目前で、煙のように消える。消滅したのだ。
「ちっ! やっぱ、そう甘くねぇか……」
時雨は舌打ちしたが、この先制が彼女に通用しないだろう事は、ある程度の予測が着いていた。
何故なら――
「無意味な事するのね? 水は蒸発するって事、もう忘れちゃったのかしら?」
「んな事、こちとら百も承知だよ……」
チャリオットに時雨の力が通用しなかった理由。彼女は先程までと、何処か雰囲気が一変している。
「真っ赤……まるで燃えてるみたい」
遠目で見ていた悠莉にも、その違いは一目瞭然。チャリオットは毛髪から瞳に至るまで、紅く変貌していた。
その紅く長い毛髪が靡く様は、まるで炎の揺めきのよう。
「あれがチャリオットの……元SS級エリミネーター、崋煉の特異点である真の姿。司るは熱――炎」
同じく、両者の闘いを悠莉と観戦していた琉月が、チャリオットの力の根源を語り始めた。かつて両者は、かなり親しい間柄ーーというより親友とも云える関係であった為、お互いの手の内までよく知っていた。
「炎……」
「彼女の特異能――『紅焦熱』は、あらゆる熱現象を自在に操り、その気になれば煉獄級業火熱をも発現出来ます。水を象徴する時雨さんにとって、彼女は正に最悪の相手……」
これで時雨が攻めあぐねていた理由が、何となく分かった気がした。
水と炎。二つの現象がぶつかり合った所で、結果は自明の理。確かに火は水で鎮火出来る。だがそれ以上の熱源では、鎮火の前に水は蒸発する。
「最悪って……時雨お兄ちゃん、勝てるよね?」
最早観戦する以外、道の無くなった悠莉は不安を口にする。幸人が戦闘不能に陥り、自分達の力が無力だった以上、頼れるのは実質、時雨と薊の二人のみ。
「かなり……厳しいと言わざるを得ません」
時雨とチャリオットの闘い。正直琉月は、雫対エンペラーより両者の闘いは芳しく思えなかった。結果は文字通り、火を見るより明らか。
琉月は思う。仮に自分が彼女と闘ったとして、相性関係抜きにしても勝てる算段を浮べるのが難しかった。よくて相討ちか。
同じ熱を操る炎とはいえ、かの『マジシャン』は所詮、後天性異能。先天性とは質そのものが、比べるべくもない。
“時雨さん……どう闘うつもりです?”
ただ自分に出来る事は、彼等の顛末を見届ける以外無かった。
時雨は肉弾戦へと戦法を切り替え、血の刃でチャリオットへ斬り掛かるも――届かない。
彼女の身に届く前に、刃が阻止されるそれは正に、時雨の一人相撲にも見えた。
「……気が済んだ?」
相変わらず、チャリオットは腕組みしたまま。
「はぁ……はぁ……ざけんな」
時雨の表情は既に疲労困憊。これは無為な攻勢の繰り返しから生じた――のみならず、滝のように流れる汗が全てを物語っていた。
「あ、熱いよ……」
“フィールドコロナ……何という熱気”
遠く離れている悠莉と琉月の所にまで、その強烈な熱気が伝わっていた。
チャリオットの周囲に張り巡られているもの。それがこの異常な熱気を生み出し、同時に彼女の絶対防御幕となっていた。その熱源の前に、時雨の血の刃が通らないのも無理はない。死海血で固められている為、蒸発にこそ至らないが、このままでは八方塞がりな上、桁外れの熱気に充てられ自滅しかねない。
「くっ!」
埒が明かないと判断した時雨は、飛び退いて距離を取った。そして一息吐く。
“マジでどう闘えばいいんだ?”
時雨は改めて痛感した。かつて彼女に師事していた頃を思い出してみる。
苦い記憶――それは実戦で叩き上げられてきた事。当然、一度も彼女に勝った事は元より、一本取った事すらも無い。
だがSS級の強さを身を以て知ったからこそ、短期間で同等の域まで強くなったとも云えるのだが。
しかしこのままでは、突破口を見出だせないのも確か。
「そろそろ、こっちからも行くわよ?」
攻めあぐねていた時雨へ突き付けられる現実。漸くチャリオットは、明確な攻めに転じる事を宣言した。
チャリオットは右手を翳す。そして其所に集約していく異能力。紅い炎が形となっていく――
“焔の神剣――レーヴァテイン”
それは紅く輝く、両直刃の西洋刀。正しく炎の剣だった。
剣というよりは炎そのもの。炎が形をしているに過ぎない。それでもその熱量は、辺りを一気に浸透し、焦熱の空間へ変える。
「ぐっ!」
時雨が危機感を覚える頃には、既にチャリオットは彼の間合いにまで踏み込んでいた。そして袈裟懸けに斬り掛かる。
瞬時に時雨は血の刃を両手から交差させ、この炎の斬撃を受け止めようとした。
これがまずかった。
「なっ!?」
受け止める処か、死海血で固められている筈の刃は、降り下ろされた剣の熱量によりあっさりと蒸発し、そのまま無防備となった時雨の身体を切り裂いた。
「ぐぅあぁぁぁぁっ!!」
斬撃の痛みと焼かれる痛み。その異なる二つの痛覚が、同時に身体中を駆け巡った感覚に、時雨は思わず絶叫した。
「あら? もう終わり?」
悶えながら片膝を着いた時雨の、余りの手応えの無さと物足りなさに、チャリオットを見下ろしながら肩を落とした。
「私達に牙を向けたんだから、もう少し根性見せなさいよね時雨」
直ぐに追撃しない事からも、この程度で終わってもらったら彼女も困るのだ。
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