テラーノベル
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「この畑は、ワシと爺様がここまで広げたんじゃ、爺様の父親が、たいそう人好きの世話好きでなぁ~・・・いつも家には客が溢れとった、みんな帰らんもんで、しまいにゃ「金を取るぞ!」と脅したらみんな心地よく金を払い出してな、それで宿舎にしたそうだ、それが山田旅館の始まりじゃ」
ホッホッと朗らかに松吉は笑う
「しかし、お人好しのひい爺さんは商売に向いとらんでな、ひい爺さんのやり方じゃ儲からんのを見かねたひい婆さんが女将をやり出してな、そこから代々発展していったんじゃ」
ジンは黙って聞いていた、山田家の歴史がこの田んぼの風景に重なっていく
「わしらは蓄えもある、人を雇うこともできる、まだまだ現役じゃ」
松吉は立ち止まり、ジンの方を向いた
「若いお前さんらに責任を背負わすのは、ちぃと酷じゃでの、今の時代は沢山の選択肢がある、家業を継ぐことや家系の責任よりも、個人の幸福じゃ」
二人はじっと見つめあった、やがて松吉が口を開いた
「あんたらは好きなことをやったらええ、そして時々、桜と帰ってきて、元気な顔を見せてくれたら、それでええ・・・」
「お義父さん・・・」
「山田旅館のことは心配せんでもええ・・・子が辛いことを、なぜに親が強いるかいな。桜にそう言うたってくれ」
松吉の笑顔は、夏の陽射しのように温かく、ジンは深く・・・深く頭を下げた、しばらくの沈黙の後、松吉がふと思い出したように言った
「さっきはずいぶん長い事、氏神様の前で拝んどったが?」
ジンは顔を上げた
「ハイ・・・天国の母と父と、弟の事を思い出していました・・・」
「早くに亡くされたと言うとったな・・・残念なこっちゃ・・・弟さんは当時はまだ小学生だったとか・・・」
ジンは小さく息を吐いた
「はい・・・歳が離れていたものですから、僕も両親もとても可愛がっていました・・・おかげですっかり甘えん坊になってしまって・・・」
ふと、ジンの頬が緩んだ
「フフッ・・・そうそう、あんまり家族で弟を『可愛い、可愛い』と言うものですから、すっかり小さな弟は『自分は可愛い』と認識してしまいましてね、幼稚園でも誰かれ構わずに『僕は可愛い』と自己紹介するんですよ」
「そうかそうか・・・」
松吉も思わず笑みを浮かべた
「父も母も朝から晩まで働いていたから・・・日中はいつも弟と二人でした、なので、すっかりヨンジュンは人見知りする子になってしまって・・・僕以外は本当に懐かなくて・・・」
ジンの脳裏に、あの頃の光景が鮮明に蘇る、道で、スーパーで、知り合いに出会う度に・・・自分の後ろに隠れて、小さな声で自己紹介する弟
―はじめまちて・・・ヨンジュンでちゅ・・・2さいでちゅ・・・僕はかわいいでちゅ―
.:・.。. .。.:・
小さな手、温かい体、自分を親愛の情で見つめる、いたずらっぽい大きな瞳・・・
―クスクス・・・兄さん(ヒョン)・・・ガリ勉兄さん・・・―
.:・.。. .。.:・
胸が熱くなる・・・ここにいると・・・島の温かい人達に触れると・・・そんな柄でもないことまで考える
都会で暮らす企業戦士には・・・不必要な感傷だろうけど・・・
「心の中で・・・弟に、昨日のことを報告しました、弟は日本に憧れていたので・・・ここはお盆には褌姿で、村の人と一緒に『神輿を担ぐ』という喧嘩をすると・・・」
「ハハッ」
松吉が温かく笑った
「翌日、体は死ぬけど・・・死ぬほど楽しいからと・・・」
「そうか、そりゃぁええな」
しばらくの沈黙の後、松吉がジンに言った
「ほな、弟さんにこう言うちゃりぃ・・・『生まれ変わったら、ワシの孫で生まれてこい』と」
思ってもみない言葉にジンは目を見開いて松吉を見た
「ワシの仕事は、客にこの土地の素晴らしさを教えることじゃ、ここに住んどりゃ、人見知りなんぞ、しとうても出来ん」
松吉の声は、どこまでも優しかった
「わしの孫で・・・このジジと一緒に毎日遊ぶように暮らそうと・・・」
「お義父さん・・・」
次にこの町に生まれてきたら・・・
.:・.。. .。.:・
ジンの胸に、熱いものが込み上げてきた・・・ここにきてからやたらと感傷的になる、都会の企業戦士には不必要な感情なのに、松吉の横顔が涙で歪む、義父は優しく微笑んでいった
「きっとそれは、天国よりも楽しいでな」
ジンは心の中でそっと愛弟に話しかけた
聞いたかい?・・・ヨンジュン・・・
・.。. .。.:・
蝉の声が、二人の沈黙を優しく包み込んでいた
.:・.。. .。.:・
その夜・・・
.:・.。. .。.:・
ジンさんは不思議な夢を見ました
ジンさんは生まれた時からこの土地にいて・・・
幼少時代をここで過ごし、荒波祭りでは毎年ヒーローでした
神社の大きな樫の木に登り
海の幸を食べ
やがて思春期を迎える頃・・・
ジンさんは見つけます
山田旅館の荘厳な庭で一人泣いている女の子
赤いヒラヒラした帯を締め、一人で寂しいと悲しむ小さな女の子
ジンさんはその娘の頭を撫でてこう言いました
―桜ちゃん、大きくなったら僕の所へお嫁においで―
.:・.。. .。.:・
その子は涙がいっぱい溜まった大きな瞳でじっとジンさんを見つめていました
もう一度彼は言いました
―絶対幸せにするからね・・・―
.:・.。. .。.:・
.:・.。. .。
コメント
2件
松吉さんの温かい気持ちに涙腺崩壊ですー😭ジンさんの弟さんにも届いて、ホントにお孫さんとして生まれ変わってきて欲しいなぁ✨🥹
果てしなく温かい松吉パパの言葉がジンさんの琴線に触れちゃったね…😭 大切な山田旅館も継いで、大切な心斎橋での仕事も続けるってどうにかできないものかしら🥹