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「穂乃果のこと……!? 冗談でしょう? この子には真鍋先生っていうちゃんとした婚約者がいるんですよ? 健司さん、騙されてるんです!」
激しく穂乃果を指差す里奈。しかし、健司の端正な口元に浮かんだのは、憐れみすら含んだ冷たい嘲笑だった。
「ああ、穂乃果の通帳から勝手に貯金を抜き出した上に、アンタと浮気三昧の、あのクズの事?」
「っ……!?」
「悪いけど。全部、筒抜けなんだ」
冷たく言い放たれた言葉に、里奈の顔面から一気に血の気が引いていく。
「穂乃果が別れたがってるのにあまりにもしつこくて不愉快だからさ。今、慰謝料請求の手続き中だから」
(えっ……? そんな話、私知らない……)
今度は穂乃果が目を見開く番だった。 一体いつの間にそんな話になっているのか。
逃げ場をなくした里奈は、完全に余裕を失って声を裏返した。
「な、何よそれ! 私関係ない! 証拠だってないくせに……っ!」
「証拠、ねぇ。君たちが金を遣い込んでる証拠なら持ってるよ。SNS、鍵ぐらい掛けなよ。証拠集めるの簡単すぎ」
ナオミはポケットからスマートフォンを取り出すと、画面を里奈の目の前に突きつけた。そこには、直樹と里奈が穂乃果から奪った金で贅沢を貪っていた動かぬ証拠の数々が、逃れようのない現実として並んでいる。
「どう考えても、ただの研修医とナースの貯金だけで買える金額じゃないんだよねぇ? まぁ、どっちかの実家が太いかもしれないって可能性はあるけど、それも調べたらすぐにわかると思うし。悪事がバレるのも時間の問題って所かな」
「……あ、あの……っ」
証拠集めも、慰謝料の件も、穂乃果には何も知らされていなかった。 疎外感を感じ、思わず何か言おうと穂乃果が唇を開きかけた、その時。
ナオミは前を向いたまま、穂乃果の頭を抱きしめている方の手のひらから、すっと人差し指だけを立てて彼女の唇にそっと触れさせた。
チッと、小さく舌を鳴らすような悪戯っぽい合図。
――シー。今は黙って、アタシに任せておきなさい。
声にならぬ強引な口留めに、穂乃果はきゅっと口を噤むしかなかった。胸の奥の疑問は膨らむばかりだったが、もしかしたらナオミには何か考えがあるのかもしれない。
「ち、違うんです。健司さん! 私は、穂乃果のお金だったなんて知らなくて……っ」
そんな二人の密やかなやり取りなど微塵も気づかない里奈は、健司の関心を少しでも惹こうと、涙目で縋るような上目遣いを向けていた。
「ふぅん。自分に都合が悪くなるとあっさりと男を切るんだ? サイテーじゃん。あ、あと、俺に対して必死に色目使ってくれてるみたいだけど。悪いけど、一ミリも効果ないよ?」
健司は、里奈の頭の先から爪先までを、まるでゴミでも見るような底冷えする目で見下ろすと、トドメの一撃を吐き捨てた。
「俺、穂乃果にしか反応しないし。――顔も心も醜い女は、大嫌いなんだよね。特にアンタは本気で無理」
「う……、うあ……っ!」
完璧なまでの全否定。里奈がこれまで必死にしがみついていた、女としての薄っぺらいプライドが粉々に粉砕される。里奈は顔を覆い、ついにその場に崩れ落ちて激しく泣き出した。
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#NL
瀬名 紫陽花
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