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『なぁ、この仕事頼んでもいいか?』
「…承知しました」
ペンを走らせる左手を止めて、目を合わせるフリをされる。共産色を帯びた目の色は、一向にこちらを向いてくれない。
『あー、慣れたか?この国には 』
「…少し」
最早一問一答みたいになっていて、会話と呼んでいいのかも定かじゃない。相当怯えているのだろう、俺に。
…仕方のないことなのは理解しているつもりだが。
少し前まで、お互い国を掲げて戦っていたという事実。敵国が急に上司になったりしたらたまったもんじゃない、俺だったら。
『…』
左利きに、共産色では隠しきれない元の藍色。脳裏に染み付いて離れない拳銃と血の色。
ルビーのようで濁った瞳が、コイツの全てを表しているような気がして、目をつむりたくなる。
…遺伝とは憎いものだ。
記憶から消し去りたいことを、遺伝子は許してくれないらしい。動作の節々から感じる“息子“に重なるアイツ。
これも償いなのだろうか、もしそうだとしたら。
「そ、ソ連様…?」
見ていられない、色々と。
**
仕事も一段落して帰ろうとした頃、ふと端の方から聞こえる筆記音に気が付いた。
『お疲れ様、東ドイツ』
「、お疲れ様です」
驚いたのだろう。ビクッ、と肩が跳ねる。
『…急に声掛けて悪かった』
「あ、いえ。お気になさらず」
手元のみの灯りで、10cm位の書類の山が照らされる。安っぽいボールペンの金属部分がキラキラと光って、内部に仕舞われる。
『もう遅いぞ、帰ったほうがいい』
「この仕事が今日までなので、今日は帰れなくて…、すみません」
今日の日付は、数時間前に変わってしまった。この建物にはもはや俺たち以外に誰も残っていないので、明日の始業時間までに終わらせるとしたら。
…明日の8時半。
『この量はいくらお前でも無理だろ』
「…なんとか終わらせます」
どの時代のドイツも、作り笑いが下手であるという論文を書きたい。
…そういえば、コイツの家系で仕事を締め切りギリギリに終わらせる奴がいただろうか。
それに、今日までの仕事をこんな量渡した記憶がない。
『押し付けられたのか?この仕事』
「…」
はぁ、と一つため息をこぼすと、またもや肩が跳ねる。
…流石に怯え過ぎではないか…?
『俺も手伝う。一人じゃ終わらないだろ、その量』
部下が期限守らないと俺も困るんだ、と付け足すと、安心したようにペン先を引きだした。
「…ありがとうございます」