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「ごめんなさい」
雪乃は頭を下げた。
先日告白された人物に。
あの日出会った自動販売機の前で、まるであの時を再現するかのように2人は向かい合っていた。
そして頭を下げられた男子生徒は、薄く微笑んだ。
「返事が聞けて良かった。ありがとう」
雪乃はゆっくりと頭を上げた。
男子生徒はにこりと微笑んで、
「これで前に進めそうだ。草凪さんも、色々大変だと思うけど頑張ってね。いつも応援してるから」
じゃ、と手を振って去っていった。
「……ありがとう」
雪乃は小さく呟く。
「こんな私を、好きになってくれて」
ちゃんと、嬉しかったから。
一度は逃げてしまったけれど、良かった。返事を返せて。
彼の足枷にならずに済んで、良かった。
バサバサッ
上空で羽ばたきの音が聞こえた。
雪乃は空を見上げ、手を振った。
ワシボンはこちらを横目で見た後、森の方へと帰っていった。
満月の夜。
ニャオハはいつものように、雪乃の腕の中で眠っていた。
すやすやと寝息を立てる雪乃の横顔を、ニャオハは見つめる。
少し空いた窓から心地いい風が入り込み、カーテンを揺らす。
ニャオハは隙間から差し込む月の光に導かれるように、体を捩り雪乃の腕の中から這い出る。
そして器用に窓の隙間に前足を掛け、静かに窓を開けた。
「ニャオハ…?」
雪乃の掠れた声に、ニャオハは視線を向ける。
眠そうに目を擦りながらこちらを見る主人は、少しの間の後、その目を見開いた。
「何処かに、行ってしまうの…?」
不安げにこちらを見る瞳。
ニャオハは「にゃあ」と一鳴きする。
窓枠に足を掛け、風に揺れる緑の体毛は、月明かりに照らされ美しく輝く。
「どうして?私が不甲斐ないから?トレーナーとして未熟だから?」
今にも泣き出しそうな青い瞳。
ニャオハはスッと目を細めた。
そして、軽やかに窓枠を飛び越え、ニャオハは姿を消した。
雪乃はボロボロと涙を溢しながら項垂れる。
私のせいだ。
私が弱かったから。
ずっと一緒にいるって言ったのに。
行ってしまった。
もう二度と、会えない。
腕の中からニャオハの温もりが消えていく。
ポタポタとベッドのシーツに涙が溢れていく。
降り止まぬ雨のように。
「うぅ…ニャオハ…っ」
シーツをギュッと握りしめた拳の上に、涙が落ちた時、
ふにっ
項垂れた頭の旋毛を、柔らかいものが触れた。
それは、温かくて。
甘い香りがした。
ハッと顔を上げたが、そこには誰もいなかった。
窓のカーテンだけが、大きく波打っていた。
「………」
コロン、と転がってきた何かが手に当たる。
雪乃は涙を拭いて、それを拾い上げた。
緑色のボール。
ニャオハが入っていた、フレンドボール。
雪乃はそれを見つめた後、
ギュッと抱きしめ、眠りにつく。
ニャオハ。
私、待ってるから。
いつでも帰ってこれるように、このボールを持って待ってる。
あなたの帰る場所は、ここにある。
だから、いつかまた。
再び巡り会えると信じてる。
消えゆく甘い香りに包まれながら、雪乃は目を閉じた。