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週明けの月曜日、俺は朝一で徹を呼び出した。
「おはようございます」
幾分不機嫌そうに入ってきた徹。
「ああ、おはよう。悪いな忙しい時間に」
さすがに俺だって、月曜の朝一がどれだけ忙しいかはわかっている。
申し訳ない気持ちだって十分感じている。
しかし、徹にしか聞けない話である以上こうして呼び出すしかなかった。
「で、どうした?」
部屋の中に2人しかいないと気づくと、徹は普段の口調に戻った。
「お前に聞きたいことがあるんだ」
多少恥ずかしい気持ちもあり、どう切り出そうかと少しだけ躊躇った。
長いこと付き合っていればお互いの女性関係だって知らないわけではないし、恥ずかしい過去も知っている。
でもなあ、さすがに言い出しにくい。
俺自身、まだ彼女のことが好きだという確信もないし。
「河野副社長のことか?」
え?
いきなり意外な名前が出てきて、驚いた俺は徹を見つめてしまった。
「違うのか?」
表情を変えた俺に、今度は徹が驚いている。
「イヤ・・・。河野副社長がどうかしたのか?」
話の出鼻をくじかれた格好になったが、徹の話の方も気になった。
「動きが少し気になるんだ」
「どういう意味だよ」
「最近やたらと銀行の関係者と会っているし、大口の取引先との面談が極端に増えている」
ふーん。
でも、それっておかしいのか?
「それは積極的に仕事に励んでいるってことだろ?」
「新しい事業計画は何も出ていないのにか?」
うーん。それは・・・
***
「動きからして、何かをしようとしているのは確かなんだ。それも、秘密裏に」
秘密裏って、
「さすがにあの人も、会社の不利益になることは考えていないだろう」
会社一筋、30年以上働いてきた人だ。
「だといいがな」
徹の言い方には含みがある。
「疑っているのか?」
「いや、信用していないだけだ」
「同じことだろう」
「そうか?」
どこが違うって言うんだ。
「今はまだ、鈴森の人間と思っている。好きではないが仲間だ。しかし、もし会社を裏切るようなら容赦はしない」
「徹、お前・・・」
時々、徹のことを怖いと思う。
俺も、冷血だの無表情だのと言われるが、本当に怒ったときの徹は俺の比ではない。
ダメだとわかった瞬間、アッサリ、キッパリ、バッサリと切り捨てる冷酷な男だ。
「そんなに心配するな。もしもの話だ」
「ああ」
久しぶりの徹の本性を垣間見て、俺の方が動揺してしまった。
「それで、お前の話は何だ?」
「ああ、それが」
こんな話の後では言いにくいんだが・・・
***
「お前は青井麗子の知り合いなんだよな?」
「ああ、そうだな」
いきなり話が仕事外に飛んで、徹は驚いた顔をした。
「どんな?」
「どんなって・・・高校の同級生だ」
へー、同級生か。
徹と俺は中学卒業まで同じ家に住み、同じ中学に通っていた。
当然このまま一緒に高校に行くものだと思っていたのに、中学の進路選択の時になって『一人暮らしをしながら通信制の高校に行く』といきなり言い出した。
当然父さんも母さんも大反対で家中でもめた。
きっと徹は遠慮をして言っているだけで、父さんに説得されて結局はこの家に残るんだろうと俺は思っていた。
しかし、徹は信念を曲げなかった。
どんなに言われても『この家を出て一人で暮らす』と言い続けた。
最終的には父さんが折れるしかなかった。
もちろん、父さんもいくつかの条件を付けた。
『ちゃんと高校を卒業し、大学に入ること』『月に1度は必ず顔を見せること』『大学を卒業したら、鈴森商事に入ること』他にも細々とした条件を付けた上で、徹の一人暮らしを認めた。
中学卒業と共に別々に暮らすようになった俺は、高校時代の徹を知らない。
働きながら高校に行く徹はきっと忙しかっただろうし、俺と遊ぶ時間なんてなかったことだろう。
そうか、その頃に彼女と出会っていたのか。
***
「気になるか?」
いたずらっぽい徹の顔。
「まあな」
否定する気にもならない俺。
気になっているのは事実だから。
「高校時代、一緒に受験勉強をした仲間だ」
へえー。受験勉強ねえ。
「俺が行った高校は真面目に受験する奴なんてほとんどいなかったからな。大学に行くためには自分で勉強するしかなかった」
まあ、そうだろうな。
「じゃあ、彼女も?」
「ああ、学校で唯一大学受験を目指す仲間だった」
「ふーん」
そう言えば、父さんは進学する大学にもいくつか条件を付けていた。
大学ならどこでもいいわけではなかった。
徹は条件をクリアして、難関国立大に現役合格して見せたんだった。
「学校が終わってから、あの店の隅っこでよく勉強をしていた。開店準備するおばさんに夕飯をご馳走になりながら、店を開けるまでが勉強の時間だったから」
「へー」
徹にそんな時代があったんだな。
***
「どんな奴だった?」
「あいつ?」
「ああ」
他にいないだろう。
俺は、青井麗子のことが気になっている。
「綺麗だったぞ」
「だろうな」
想像できる。
「でも、いつも1人だったな」
「1人?」
「ああ。良くも悪くも目立つ奴だったし、悪い噂も多かった」
ふーん。
確かに、社交的には見えないけれど、悪評をたてられる人間にも見えないが。
「男からすれば近寄りがたいし、同性からすれば嫉妬の対象にしかならなかったんだろう」
「そんなものかな」
女の嫉妬なんて、俺にはよくわからない。
「いつも無理をして、必死に虚勢を張っているって感じだった」
懐かしそうな顔の徹。
「好きだったのか?」
「はあ?まさか。あの頃の俺も彼女も生きるのに必死だったし、希望の大学に入ることしか考えていなかった」
「ふーん」
きっと、2人は似ているところがあったんだろう。
だから、側にいることに違和感がなかった。
そもそも、徹だって人当たりがいいタイプではないし、誰にでも優しくできる人間でもない。
彼女と徹はウマが合ったってことか。
***
「1ヶ月ほど前、たまたま花屋の配達できていた彼女を見かけたんだ。驚いたよ」
「だろうな」
「約10年ぶりだったしな。でも、すぐに彼女と分かった。大人になって一段と綺麗にはなっていても、面影はあったし」
その時の徹がどれだけ驚いたのか、今の反応でよくわかる。
「声をかけなかったのか?」
「お互い仕事中だったし」
徹らしい。
「そう言えば、彼女は何で花屋のバイトをしているんだ?」
大学も一流大の工学部だって言っていたし、もっと他の就職先がありそうなものなのに。
「俺もはっきりとしたことは知らないが、大学を卒業後1度はSEとして就職をしたらしい。でも、半年も勤めずにやめたって噂だ」
「やめた?何で?」
せっかく入った会社を簡単に逃出すようには見えない。
「不倫をしただの、情報漏洩をして首になっただのと噂はつきないが、実際にはわからない。ただ、いい加減な気持ちで逃出す奴でもないし、不倫や情報漏洩なんてあいつらしくない。きっと何か、事情があったんだろうと俺は思う」
「俺も、そう思う」
「へぇ?」
思わず出た俺の言葉に、徹が目を丸くした。
「孝太郎、お前・・・」
「徹に隠してもどうしようもないから言うが、青井麗子が気になっている。できれば秘書として側に置きたい」
「本気か?」
「ああ」
月曜の朝っぱらからわざわざ呼び出して、こんな冗談を言うほど俺は暇じゃない。
「彼女に打診してみてくれるか?」
俺が話すよりも徹の方がいいだろうから。
「ああ、聞いてみる」
「併せて、彼女が前の会社をやめた経緯も調べてみて欲しい」
「分かった。調べてみるよ」
ニタニタと含み笑いを浮かべながら、俺の方を見ている。
「何だよ」
何か言いたいことがありそうだ。
「別に。孝太郎にしては珍しく本気だなって思ってさ」
フン。好きに言ってろ。
「とにかく、彼女をここに連れてきてくれ」
後はこっちでなんとでもする。
「分かった、話してみる」
「頼んだぞ」
「ああ」
さあ、彼女がどう出るか。
今は徹を信じてみるしかない。