テラーノベル
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三話 母親の檻
※一部暴力的シーンが含まれております。
彼が言った衝撃的発言に俺は少しの間言葉を失った。
「いやいやいや無理だろ!もう日暮れてるんだぞ!」
「俺ん家で泊まろーよ!カードゲームいっぱいあるよ?」
「バカか!」
怒号を上げた俺は、自転車に跨りすぐにその場を離れた。後ろは振り返らなかったが、きっともう彼はそこにいないだろうと、俺は何色かわからない心を抱えて家へ帰った。
玄関の扉を開けると静寂な闇が広がっていた。電気をつけると散らかった部屋が明るみになり、床に寝転がって寝ている母の姿が見えた。
父はもう帰ってこない。母は気性が荒く、メンヘラだ。父の浮気が発覚したときに母は包丁で刺そうとしたり、俺に缶ビールを投げつけてきたり、机を裏返したり、発狂したり。
父は母に見切りをつけて他の女の所へ行った。俺は母の視界にすらうつりたくないので、朝早く家を出て、学校後はコンビニとか公園で時間を潰して母が眠る時間に家に帰る。俺の背中や足には母が殴ったり投げつけてきたものの傷跡が山ほどある。父は俺のことを捨てた。
最後に見た父の瞳は光輝みたいに真っ黒で冷たかった。
自分の部屋のベッドで眠りについて数時間経ち、夜中の二時になったとき。物凄い足音と強くドアを叩く音で目が覚めた。
寝ぼけながら目を覚ました俺は顔をしかめた。しかし、カーテンを開けると月明かりが部屋に差し込み、俺は異常な状況にやっと気づいた。
「とおやぁ……とおや!!!!出てきなさい!!!!出てきなさい!!!早く出ろよ!!!!ああああ!!」
母は刃物を持っているのか、ドアが壊れていくような音が複数回聞こえた。俺はベッドから起き上がり武器になるようなものを探し、机の上にあったカッターと教科書を持った。ドアを警戒しながらベッドの隅に縮こまる。
「とおや゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!!!!!」
耳をつんざくその声は、何度も聞いた俺の一番嫌いな声だった。早く終われ早く終われと何度も願ったが、一度起きた母は体力がなくなるまでやめない。もう何分たったかわからない。あれから何時間、俺は耐えているんだ。母は凶暴なままだった。
俺はついに耐えられなくなり、窓を開けて飛び降りたのだ。ここはマンションの三階だったが、丁度下にはトラックがあり、俺はそこめがけて飛び降りた。母親から逃げた俺は上着は着ているものの、中はパジャマのまま走り続けた。
裸足で走っていると、冷たい地面を感じられた。足裏は冷たさで感覚がなくなり、痛さなど感じていなかった。公園まで走ると運悪くパトカーがあり、俺はすぐに方向を変えて学校の方向へ向かった。どこに行けばいいのかわからなかった。
母がここまでしてきた事は今までなかったのだから。それは今日母に何かが起きたからなのだろうか。それは、父親が関係しているのだろうか。
なぜ母がいきなり刃物を振り回しドアを叩いてきたのか考える前に、俺は逃げることしか頭になかった。 錯乱状態の母はもう部屋に俺がいないことに気づかないだろう。
ポケットのスマホを取り出し、誰かに助けを求めようとしたが、穂高は妹がいるし、加奈さんは女の子だし、光輝は……。そもそもみんなはもう就寝時間だ。スマホをしまい、公園や川の辺りで野宿でもしようかと思っていたそのとき、後ろから聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「冬夜?」
「え?冬夜くん?」
そこにいたのは高身長の穂高と金髪の光輝、その後ろにいたのはヤンキーのような格好をしたいかにも不良そうな人たち数人だった。
「え?パジャマでどしたの?」
「どうしたんだ?そんな汗かいて。」
「はぁ……はぁ…………」
「なんか急いでたのか?」
「大丈夫?」
「……あんたらこそ、何してんだこんな時間に……」
「俺らはみんなでお泊まり会だよぉ〜♪」
「コンビニでお菓子買って帰ろうとしてたところだ。冬夜も来るか?」
「…………」
光輝は更に上着をかけてくれた。貸してくれた上着は暖かくて、恐怖から逃げてきた俺はその温かさに緩んだ目元から、危うく涙が出そうだった。
光輝の家は想像よりも遥かに広く、キラキラとしたいかにもお金持ちそうな家だった。
だが、確かにそこに生活感はなく、光輝の両親の姿もなかった。光輝の部屋まで案内されると、俺はさっきよりも落ち着いた心に手を当てて、初めて来る場所なのに光輝の部屋に安心していた。光輝の部屋は一般的な部屋よりも比較的ものが少なく、本当に好きな物だけ集めたようだ。
「……で?なんでパジャマに裸足でコンビニ辺りを彷徨いてたんだ?」
「……母親が暴れだして。耐えられなくなったから窓から飛び降りた。」
「窓から!?え、それって大丈夫なのか!?」
「……三階だったけど、下にトラックがあったから平気。」
「母親はよく暴れるの?……どういう風に?」
「包丁を振り回してドアを叩いてきた。……多分父親になにか言われたか、されたんだと思う。」
俺が話していく度にどんどん彼らの顔はどんよりと沈んでいく。空気を悪くしているのは俺だ。
「ヤバいだろそれ!」
「一回警察行った方がいいんじゃない?」
不良そうな男たちは意外にも優しく俺にホットココアを渡してきた。俺の顔色は相当悪かったらしく、光輝が色々と食べ物を渡してきた。
「警察に行ったところで何もしてくれないよ。コドモの言うことなんて聞く耳持たないからね。」
光輝は全てをわかりきっているように淡々と話した。その答えを俺も知っていたから何も言わなかった。彼らは言葉に詰まり、沈黙が訪れた。
「俺は、母親に捕まって欲しくない。だから、警察に行ってない。」
「……なんで、そこまでされてて捕まって欲しくないなんて言えるんだよ。」
「……母親が暴れるのは、父親のせいだ。暴れるのは母親が愛してたからだって、俺は思うよ。暴れるのが母の愛し方なんだ。」
「……そんな訳ねぇだろ。」
友達が困っているのに何も出来ない無力さを感じているのか、穂高の眉間にはしわがよっていた。俺のことを醜いとでも思っているのだろうか。手を挙げてくる母を愛してしまっている俺を。
「まぁ、とりあえず寝ようよ。冬夜は光輝の布団に入れよ。」
「あ、あぁ、……ありがとう。」
「へ!?え!?俺の布団で!?!?なんで!?」
「お前のとこ以外空いてないんだよ。」
「「おやすみ〜」」
俺は光輝に背中を向けて寝ていたが、基本俺は右を向いて寝るか、なにかに抱きついて寝るためあまり寝付けず、光輝の方を向いて寝ることにした。
「なぁ、なんかぬいぐるみとか持ってないか?」
「え!?いや、持ってない……と思う……けど……なんで?」
「……寝れない。」
俺はやむを得なく光輝の胸元に飛び込み光輝に抱き着くようにして安心感を得た。光輝の方は硬直していて、腕も固まっている。光輝の心臓の音が聞こえてきて、俺は安心して眠れるようになった。
だが、気づいたときにはその心臓の音が、とても速くデカイ音のものになっていることを夢の中の俺は知らなかった。光輝の顔は暗いからよく見えなかったが、どんな顔をしていても、今だけは許してくれと願うのみだった。
翌朝、俺は穂高に起こされて、横にいた光輝を見ると目の下にクマがあった。どうやらあまり寝られなかったようだ。俺のせいだろうか?
俺は一度、制服やカバンなどを取りに家に戻ろうとしたが、光輝や穂高たちもついてきてくれた。家に入ると、母は暴れ疲れたからか寝ていて、俺は音を立てないように慎重に自分の部屋まで進み、色々と荷物をまとめて家を出た。家を出る際、母の方を振り返る。外の光で見えたのは母の涙だった。
「ねぇ、今日はどうすんの?」
「……わからない。まだ決めてない。」
「俺ん家は親いないからさ!今日からでも来てよ!」
「………」
「弟は勉強しかしてないから部屋から出てこないし。冬夜くんがいても誰も困らないんだよ。むしろ俺が喜んじゃう!」
「流石に悪いっていうか……家に泊まんのもな……」
ひとりが寂しい。からっぽな光輝は何か埋めるものを日々探している。俺も光輝も似たもの同士で、退屈に飽きてしまった壊れかけの子供だった。
光輝が出した提案は一緒に暮らそうと言うものだった。確かに俺はあの家に帰りたくない。でも、かといってお金もないし、どこか泊まれるところもない。光輝の家はお金もあるし、部屋も広い。確かにこの提案をのんだ方が俺にとっては好都合だ。だが、光輝のメリットがわからない、怪しいとしか感じられなかった。
(でも、やっぱり顔だけは良いなこいつ…………)
「……まぁ、しばらくはそれでも良いかも……」
「ヤッターー!!!!俺たちついに同棲だね!!」
「ちょ!おい!それは語弊がある!!」
廊下にいた俺たちは人の視線を感じながら教室へ向かった。教室では穂高から話を聞いていた加奈さんが親身に寄り添ってくれた。
「冬夜くん大丈夫?うちにはなんでも言ってな?いつでも話し聞くし、いつでもうちらは冬夜くんの味方やで!やから安心してな!」
「……あぁ、ありがとう……?」
「無理すんなよ。光輝の家で一緒に住むんだろ?あいつの家なら安心だ。」
「いや、しばらく泊まるってだけだけど……」
少し誤解がある気がするが、俺にとっての最善は一緒に住むことだった。
それから光輝との生活が始まったが、特にこれといった問題はなく、なんなら前よりも断然楽になった。前は自分でコンビニのパンとかを買って食べていたが、朝になると光輝が起こしてくれて、朝ごはんを作ってくれていた。光輝の弟もすぐに俺を受け入れてくれて、礼儀正しい子だった。二人の兄弟仲は良さそうで、親がほぼいない二人はお互いを支え合って生きてきたのだろう。
光輝は俺に服を買ってくれたり、キャンバスや絵の具を買って自分を描かせたり、ときには穂高や友達を呼んでゲームをしたりした。思っていたよりも幸せな生活に俺は驚きを隠せなかった。しばらく泊まるだけのつもりが、いつの間にか光輝の家から出られなくなっていた。
ただ一つ困ることがあるとすれば、光輝の弟のことだ。光輝の弟の中学生、智也くん。彼は光輝とは違い、真面目で礼儀正しい。頭も良く、優しい子だが、少し怖いところが垣間見えるときがある。
「お兄さん、どこ行くんですか?」
「お兄さんはずっと一緒に居てくれるますよね?」
「お兄さんに勉強教えてもらえて、僕幸せです……!」
「お兄さんは僕を捨てませんよね?」
「ねぇお兄さん、僕テストで百点取ったんです。褒めてくれませんか?」
「あの……お兄さんは僕のこと好きですか?」
「あ、……あぁ……うん……?」
少し人懐っこすぎるところだ。圧が凄いというか、なんというか。光輝も隠しているだけでこんな性格なのか?と考えたが、二人の性格はあまり似ていないし、二人が似ているのは顔だけだろうと片付けた。このときの俺は知らなかったのだ、いや、この先一生気づけないのかもしれない、智也くんの裏に隠れた狂気に。
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