テラーノベル
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シオンはパン屋のカウンターに立っていた。店内はいつも通り穏やかな午後の光に満ち、焼きたてのパンの香りが漂っている。 常連のおばさんが「今日も可愛いねえ」と笑いながらパンを選ぶ。 シオンはいつものように、にこっと笑顔を返した。
『ありがとうございます〜!今日はこれが特におすすめですよ♡』
明るい声に完璧な笑顔
しかし、左頰には先日叩かれた傷跡がコンシーラーで薄く隠したものの、近くで見ればまだ赤みが残っていた。
目元もどこか疲れていて、笑顔の奥に翳りが落ちている。
そんなシオンを見かねた店長が奥から出てきて、優しく声をかけた。
「シオンちゃん、今日は早めに上がっていいわよ。顔色悪いし…」
『え、だ、大丈夫です!もう少し働きます!』
慌てて笑うシオンに、店長は困ったように微笑んだ。
「(……無理して笑ってるよね)」
店長はそれ以上追及せず、ただそっとシオンの肩を叩いて奥に戻った。
シオンはカウンターを拭きながら、ぼんやりと窓の外を見つめる。
あの夜から2日───
異次元ミアレの調査が忙しい、という最後の言葉だけが、スマホに残っている。
『……本当は、もう私に飽きたのかな』
胸の奥が、ずきりと痛む。
そんなとき、店のドアベルが軽やかに鳴った。
「シオンちゃ〜ん!」
明るい声に、シオンは顔を上げる。
そこに立っていたのはミアレガレットを片手ににこにこと笑っているアンヴィだった
『アンヴィ…?どうしたの?』
「近く通ったから、会おうかなって!けど、来てよかった。すごくしんどそう、大丈夫…?」
アンヴィはカウンターに近づき、シオンの顔を覗き込む。
その視線が、シオンの頰の傷跡に止まる。
「……これ、どうしたの?」
『えへへっ、ちょっと転んでね〜』
シオンは慌てて頰を隠そうとするが、アンヴィは優しくその手を止めた。
「無理しなくていいよ。僕には分かるから」
柔らかな声。
心配そうな瞳。
シオンは、ふっと肩の力が抜けるのを感じた。
『…前、八つ当たりみたいなのしちゃったのにも関わらず、優しいんだね』
「当たり前じゃん。シオンちゃんは僕の大切な妹だもん」
アンヴィはそう言って、ポケットから小さなキャンディを取り出しシオンの手に乗せる。
「甘いもの食べて、元気出して? 僕、ずっとここにいるから」
シオンはキャンディを見つめ、胸がじんわり温かくなるのを感じた。
『えへへ、ありがとう』
アンヴィはカウンター越しに身を乗り出し、シオンの額にそっと指を当てた。
「熱はないみたいだけど……やっぱりしんどそうだね。今日はもう早めに上がって、僕が家まで送ってあげるよ」
『でも、まだシフトが……』
「店長さんには僕から言っとくよ。『妹が体調悪いから』って」
アンヴィはそう言って、店長の方へ軽く会釈する。
店長は少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
シオンはアンヴィの優しい声や仕草に少し涙がにじみそうになるのを堪えた。
『……アンヴィ、ほんとにありがとう』
「いいんだよ。シオンちゃんが笑っててくれるだけで嬉しいから」
アンヴィはシオンの手をそっと握り、優しく微笑んだ。
その笑顔はどこまでも優しく、温かく── シオンの心の隙間をゆっくりと埋めていくようだった。
外では、ミアレの夕陽が赤く染まり始めていた。
『(……カラスバさん、今何してるのかな)』
シオンの瞳に、かすかな寂しさがよぎる。
アンヴィはそれを感じ取りながら、そっと耳元で囁いた。
「大丈夫だよ、シオンちゃん。
僕が、ずっとそばにいるから」
『ふふっ、ずっとって大袈裟な〜!』
「本当だよ、ずっとそばに居てあげるから、ね」
優しい笑みを浮かべるアンヴィに『過保護だなぁ〜』と笑みを浮かべるシオン
そんなシオンを見つめるアンヴィの瞳は濃く黒い渦を巻いていることは知らずに──
そんな話をしながら家までゆっくり歩く
アンヴィはいつものようにミアレガレットを頰張りながら、シオンの肩に軽く手を置いていた。
シオンは少し疲れた笑みを浮かべつつも、アンヴィの優しさに少し甘えていた。
「シオンちゃん、今日は本当に無理しないでね。顔色悪いよ?」
『ううん、大丈夫!ちょっと元気出た、ありがとっ!』
アンヴィはにこっと笑い、シオンの髪を優しく撫でる。
「よかった。僕、シオンちゃんの笑顔が見たいだけだから」
その瞬間──
「シオン」
低い、抑揚のない声が背後から響いた。
シオンがびくりと肩を震わせ、振り返る。
そこに立っていたのは、カラスバだった。
黒いコートを羽織り、丸メガネの奥の瞳が冷たく光っている。
視線はシオンではなく、彼女の隣に立つアンヴィに向けられていた。
『……カラスバ、さん……?』
シオンが小さく呟く。
カラスバは無言で近づき、アンヴィの肩に置かれた手を、静かに払いのけた。
「シオン、こっち来」
声に感情はない。
ただ、命令だった。
アンヴィは一瞬だけ目を細め、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「あれ〜?カラスバさん?久しぶり〜!もう、シオンちゃん送ってあげてただけなのに、そんな怖い顔しなくてもいいじゃん」
「そら、彼女が男と距離近かったら誰でも妬くやないですか。例えお兄さんでも」
「へぇ〜…意外とヤキモチ焼きさんなんだね〜!」
ケラケラ笑うアンヴィを横目にカラスバはシオンの手首を掴み、自分の側へ引き寄せる。
シオンは驚きながらも、抵抗せずに従う。
アンヴィの温もりが離れ、カラスバの大きな手が代わりにシオンの手首を包む。
その感触に、シオンの胸が小さく高鳴った。
『……カラスバさん』
カラスバはアンヴィを少し見たあと無言で踵を返し、 シオンを連れて歩き出す。
「嫉妬、怒り、羨望……素敵な感情を持ってるんだねぇ、カラスバさん」
「──ふふっ、その感情がいずれ貴方の首を占めるのに」
アンヴィは立ち尽くしたまま、二人を見送る。
口元に、薄い笑みが浮かんでいた。
コメント
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うわあああああぁー!クズ男が好きな自分にはアンヴィが刺さるのが気に食わん…