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俺が住んでいる屋敷の庭は、いつもうるさかった。
「私の方が強くなるもん!!」
「いいえ! 私の方が背高いですから!」
妹のルビーと、うちの家系と同じくしてこの正義の国を守る三大名家の跡取り娘、雷鳴隊のクイナちゃんだ。
「お前たち……また言い争いしているのか……」
クイナちゃんは、毎日うちの門を潜っては、ルビーを呼び出して色んな勝負を仕掛けていた。
家の屋敷は広いこともあり、兵士たちの訓練も行われており、兵士たちの和やかな視線が向けられていた。
「まあ良いではないか。この様に三大名家の娘たちが安心して遊べるのも、平和と言うことじゃよ」
「爺さん……」
若くして俺の父に隊長の座を譲った、平和主義な祖父。
交戦的な雷鳴隊の現隊長、クイナちゃんの祖父とは、あまり仲が良くないらしく、二人の喧嘩なのか遊びなのかを、喜ばしそうに毎日見ていた。
正義の国、雷の神 ロズ様は、ここ数十年引きこもったままだった。
俺たちは何があったか分からないが、雷の神から一番の信頼を受けている、守護神 ブルーノさんが隊長を務める風漂隊により、国の平和は保たれていた。
「今日は、あの雪山で勝負よ!」
「望むところじゃない!」
「あの雪山にはね、恐ろしい大きな剣を持った、危ない女の妖怪が氷魔法を使ってくるそうよ!」
この国の言い伝え、と言うより、『雪山には氷の剣士がいる』と言う目撃情報が幾度となく報告されていた。
「お前たち! 勝手に国の外に出るな! 本当に魔物に襲われたらどうするんだ!」
まったく……。
俺は、駆け足に二人の後を追った。
「やっぱ、雪山の麓ともなると国内より寒いな……」
しかし、二人はそんな姿は見せず、睨み合う。
「先に山の頂上に行った方の勝ち!」
そう言うと、二人は駆け足の態勢を取った。
雪山の標高自体はそんなに高くないし、正義の国は七国の中でも有数の冒険者を輩出している。
魔物は狩り尽くされているだろうが、万が一復活していないとも限らない。
「いい加減にしろ! 魔物が出たら危ないだろ!」
「ふふん、大丈夫よ! お兄様!」
そう言うと、ルビーは折れた剣を腰から取り出した。
「見てこれ! お父様から譲って貰ったのよ! この剣を介せば、私も水魔法を放てるんだから!」
「ルビーちゃんズルい! 私はまだ武器も何も貰ってないのにー!」
「ふふ、これが期待値の差ってヤツかしらね!」
クイナちゃんは徐に顔を膨らませていた。
まあ、出現するとしても弱い魔物だろう。
俺の岩魔法で足止めしている隙に逃げればいい……。
そうこう考えている内に、二人のスタートは切られてしまっていたようで、全速力で山を登っていた。
「ハァ……疲れる……」
俺も年齢なだけに、既に父から、門兵程度だが、次期海洋隊隊長として、今の内から経験をと、兵士として雇われていた。
しかし、基本的には二人のお守りがメインだった。
何事もなく、俺たちは雪山の山頂に辿り着いた。
「ねえ、お兄様! どっちが先だった?」
「俺は後から着いて来たんだから見てないよ……」
「えぇー! それじゃあ決着付けられないじゃない!」
ルビーは顔を膨らませると、再び剣を取り出した。
「仕方ない! 今日は私の魔法見せてあげる!」
そう言いながら、山頂の岩に向けて剣を構える。
「 “水魔法 ブラッシュ” !」
ルビーの放たれた水撃は、岩を通り越し、山奥の方へ消えてドコッと音を立てた。
「全然操れてないじゃない!」
「仕方ないでしょ! 剣が折れてるんだから!」
そして、二人はまたも言い合いを始める。
「おい、言い合いは戻ってからで……一旦帰る……」
その時、俺は背後から大きな影を見つけた。
「二人とも! 下がって!!」
急いで後退し、振り向くと、そこには雪に弱く活発的に活動しないはずの、マウントベアーがいた。
「何故山頂にコイツがいるんだ……」
この時期は特に寒くなる為、マウントベアーは雪山に大きな洞穴を作って冬眠するはず……。
!!
「さっきのルビーの魔法が、冬眠を起こしたんだ!」
「え!? 私のせい!?」
ルビーは酷く混乱した姿を見せる。
まずい……俺一人なら、なんとか足止めして直ぐに逃げられるけど……二人を守りながらじゃ……。
俺もまだまだヒヨッコだ。
魔物との戦闘はまだ慣れてはいない……。
しかし、やらなければ最悪の事態も有り得る……。
「俺が注意を引くから、二人は急いで山を降りて!」
二人は手を繋ぎ、恐怖心を紛らわせながらも、俺に向かって大きく頷いた。
「 “岩魔法 グランドレイド” !」
俺は手を地面に付け、魔法を詠唱した。
そして、辺り一面を少しだけ地形を崩した。
俺の岩魔法は、手に装備してあるグローブから介し、自分の周囲の地面の一部を変えることが出来る。
使い方によっては有効な場面も多いが、正直、戦闘においてはあまり使えない魔法だった。
「ガオアッ!!」
マウントベアーは、体重が重い代わりに鈍足だ……!
俺の急な地形変化に戸惑って態勢を崩した。
「今の内に俺も逃げ……」
逃げようと背後を向いた瞬間、水色の長髪を靡かせ、大きな剣を背に携えた女は、ルビーとクイナちゃんのことを抱えて俺の前に立っていた。
「お前が噂の……! 二人に何をしたんだ……!」
しかし、女は表情を変えずに二人を下ろした。
「マウントベアーの子供に襲われてた。一匹は怪我をしているみたいだった。その親熊も危険」
そう言うと、スルリと大剣を抜いた。
そうか……ルビーの水魔法は、冬眠中のマウントベアーを起こしただけじゃなく、子供に怪我をさせた……。
だからこんなにも怒った様子だったのか……。
「あの、ありが……」
俺がお礼を言おうと振り向いた途端、マウントベアーは氷付けにされてしまっていた。
氷魔法……? そんなの聞いたことないぞ……?
「子供にこの山は危険」
それだけ告げると、女は去っていってしまった。
数年後、俺は海洋隊の隊長になっていた。
そして、暫くして、雷の神 ロズ様は、「神に一番功績を残せた者に富と名誉を与える」と宣言した。
それからすぐに、風漂隊は解散されたと聞く。
そして、あの時助けてくれた氷の剣士は、『剣豪 ホクト』とこの国で有名な冒険者になっていた。
ロズ様とも親し気で、ロズ様に加担する形で雇われている様子だった。
神の宣言の後、雷鳴隊現隊長、クイナちゃんの父上は、しばしば家に来ては、現隊長の俺に色々と話した。
「盗賊団を捕らえた」
「また付近の魔物を一掃しておいたぞ」
「海洋隊は何をしている」
そんな重圧感に耐え切れず、俺は海洋隊の隊長から足を引いて、再び隊長は父となった。
父も、様々なストレスを感じていたのだろう。
ある時、禁忌を犯してしまった。
このことは、俺と、今は亡き祖父しか知らない。
父は、雷鳴隊隊長、クイナちゃんの父を暗殺。
そして、自分の岩魔法の毒効果で、次期隊長になるクイナちゃんにまで呪術魔法を使っていた。
それは、少しずつクイナちゃんの身体の中をドロドロの粘土に変えてしまう呪いだった。
父としても、この三大名家の争いを無くす為の仕方ない行いだったのだろうが、祖父からの命で、俺はクイナちゃんに医者だと嘘をつき、治療することになった。
父の岩の呪術魔法を解けるのは、多分、その血を引いて岩魔力を授かった俺だけだったからだ。
クイナちゃんは、毒を盛られたのは俺の父だと知らず、今でも慕ってお兄さん扱いをしてくれる。
暫くして、風漂隊を解体した後、暫く放浪の旅に出ていたブルーノさんは、クイナちゃんの屋敷、雷鳴隊の本拠地に居座るようになっていた。
なんだか不思議なメンバーで、モヤモヤした気持ちが拭えることはなかったが、平穏なこの場所が、いつの間にか俺にとっての安息の地となっていた。
数年後、クイナちゃんの身体に張り巡らされた岩の毒は全て排除できたが、俺は海洋隊に戻りたくない理由で、ずっと専属医師を続けていた。
妹、ルビーとの遺恨を残したまま。