コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
🕊️第一話「沈黙の食卓」
リビングに流れるテレビの音は、ニュースキャスターの声。
食卓の上には、湯気の立つ味噌汁と、真綾が作った照り焼きチキン。
孝宏は制服のまま椅子に座り、スマホをいじっていた。
真綾「ほら、冷めちゃうよ」
エプロン姿の真綾が笑いながら、箸を孝宏の前に置く。
孝宏「……うん」
短く返事をして、孝宏はテレビを消した。
真綾「今日の部活、どうだった?」
孝宏「んー、普通。監督にちょっと怒られた」
真綾「また? 何したの?」
孝宏「いや、別に。パスミスしただけ」
真綾は笑った。
真綾「でも、頑張ってるじゃない。最近シュートも上手くなったでしょ?」
孝宏「……まあね」
そんな他愛もない会話が続く。
二人の空気は穏やかで、温かい。
だが次の瞬間——
真綾「そういえばね、健一さん、今週末は帰ってこれるって」
箸の動きが止まった。
孝宏は小さく息を吐き、目を伏せる。
孝宏「……ふーん」
その一言で、部屋の温度がほんの少し下がった。
テレビを消したままの静寂が、二人の間に落ちる。
真綾「ねえ、孝宏。お父さん、あなたの試合の日、空けられるかもって——」
孝宏「別にいいよ。来なくて」
真綾「え?」
孝宏「どうせ来ても、どうせ仕事の電話かかってくるんだろ。前もそうだったし」
真綾は何も言えず、ただ箸を置いた。
真綾「……孝宏、あの人だって——」
孝宏「母さんまで、かばわなくていい」
そう言って、孝宏は立ち上がる。
椅子が小さく軋む音だけが残る。
孝宏「ごちそうさま」
部屋の空気が静まり返る。
テーブルの上に置かれた二つの湯気だけが、ゆらゆらと立ち上っていた。
真綾はしばらく動けずにいた。
そして小さく、誰にも聞こえない声でつぶやく。
真綾「……ほんと、あなたたち、似てるわね」