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また月日は流れ、私は多分、今までで一番人間らしい悪魔に出会った。
その名はクラウェス・クグラ。ある暑い夏の日だった。
その日は、彼女の恋人の葬式が執り行われていた。
「ぃやだ…っ、あの悪魔(ひと)を、私のあの悪魔を、殺さないでぇっ…。」
彼女はそう言いながら、表情を綻ばせて笑っていた。
周りの悪魔も、困惑した面持ちで彼女を見ていた。
そして、彼女は笑いながら自分の魔法で遺体を燃やした。
正直言って、よく分からなかった。
魔界に来る前ですらまともに人と関わっていなかった私には、人間の常識は軒並み欠落している。
今だからこそ普通はあの場面で彼女を気味悪がるのだと分かるが、当時の私には分かるはずもなかった。
無知な私は、そのまま彼女を追った。
「んー?私は元気だよ。そっちも元気そうだね!…うん、また近い内に来てね!」
彼女は私には視えない何かと対話していた。
何かが、誰かがそこに居るかのように振る舞っている彼女を見て、私の無邪気な疑問符は膨らんだ。
そこに何が居るのか。
彼女には何が視えているのか。
ただ純粋に、知りたかった。
人間界すらろくに知らない私にとって、魔界は勿論全てが目新しい。
普通はやらないようなことだってやれる自信があったのだ。
葬式に参列していた悪魔に聞くと、彼女とその恋人は本当に仲が良くお互いを愛し合っていたらしい。
二人とも飽き性な悪魔にしては珍しく、相手に関することならどんなに些細なことでも絶対に忘れない。
それほどの愛情と、執着と、運命で結ばれていたのだろうと言われた。
彼女は、普通の悪魔や人間から見れば泣く場面で笑い、笑うはずの場面で何故か怒る。
怯える必要のない時に怖がり、どんなに楽しくないことでも楽しそうにこなす。
そして必ず、視えない何かと話している。
日を重ねるに連れて、彼女は段々と過激になっていった。
必要以上に物を買い、どんな辺鄙な場所でも喜んで向かい、家にも中々帰らない。
うわ言が増え、ふらふらと歩き、服の裾から包帯が見え隠れする。
お金などの諸事情により定住をしない私は、何度となくそんな彼女の姿を見かけていた。
ある日、彼女を見かけなくなった。
真偽不明な噂もぱたりと止んだ。
二週間ほどして、悪魔達もあっという間に彼女への興味を失った。
その更に数日後。
特にそこに居座る意味もなくなった私が次の移住先を検討している頃、ふらりと彼女は現れた。
「…ねえ貴女、私のことずっと見ていなかったでしょう?知らなかったわよ。ああ、あの悪魔に会いたく ない…あの悪魔のこと嫌いなの。生きているのに。不思議じゃないよね。知らない。」
突然、座っていた私の隣に腰掛けるとそんなことを延々と口走り始めた。
彼のことは大嫌い。一緒になんて居たくない。一瞬で忘れた。思い出にすらならない。会いたくない。
彼は笑っている。彼は元気。彼とは会いたい時に会える。まだ生きている。息をしている。
殺されてない。私じゃない。死んでない。冷たくなってない。殺してない。
まだ彼は居る。まだ死なない。まだ居なくならない。まだ大丈夫。
大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫…
彼女の話を聴いているうちに、私は小さな記憶を思い出していた。
この魔界に来てすぐのこと。
私に魔界での生き方を教えてくれたお婆さんが話してくれた昔話だった。
天邪鬼。
別名閻魔様の使い。
【事象変換】という、常識を覆すような特殊な魔法を使うことが出来る。
言うことや表情などの全てがあべこべで、何千年かに一度ほど閻魔様のもとから魔界に降りてくる。
何回か前に降臨した時に、魔界の悪魔との子供をつくった。
じわじわと子孫は繁栄していったが、その分特殊な魔法を使う力も血も薄まっていった。
本体は今でも何千年に一度くらい魔界に来ているらしい。
その子孫の、家系の名は―――…
日が暮れるほどまで喋り続けた彼女は、月が昇った頃にいきなり口を噤んだ。
そして空を見上げ、最後にこう言った。
「やっぱりあの悪魔と一緒に居たくない。愛されたくない。会いたくなんて、ないっ…んだ…。」
そう言いながら、彼女は、クラウェス・クグラは笑っていた。
引き攣ってまともに話すことすら難しそうな顔で、それでも彼女は笑っていた。
笑い声と共に、辺りには彼女の魔力が爆発するように広がっていって。
笑いながら、彼女は自分で無理やり起こしたようなオーバーヒートによって霧散していった。
彼女が座っていた、私の隣の椅子には、一粒の涙が零れていた。
素直になれない天邪鬼が、愛する悪魔のもとへ旅立った証だった。
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