💚亮平side
翔太との付き合いはおおむね順調だった。
ただのメンバーでいた時には考えられないくらい、翔太は甘えてきた。
すぐに顔を赤くして、ちょっとしたことで拗ねたり、喜んだり。
こんなに表情豊かな翔太を一番間近で見られるのは嬉しい。
これは彼氏の特権だと思った。
毎日幸せだった。
💙んっ……ふっ…。
ある日いつものようにキスをした後、蕩けるような目で俺を見上げてきた翔太が、何か言いたそうに俺を見ている。
俺はそれを無視した。
💚お茶のお代わり、いる?
💙……うん。ありがとう。
翔太は俺に聞こえないように小さくため息をついた。
もちろん俺だって翔太の望むことに気が付いてないわけじゃない。
でも、いつからか、どうしてもあの時の可愛かったハムスターと翔太が重なってしまう。
翔太を愛すれば愛するほど、俺はいつか翔太を壊してしまうのではないかと考えるようになっていた。
人間とハムスターとは違う。
そんなの頭ではわかってる。
でも、自分ではきっと歯止めが利かない。
そんな暗い予感が常に頭の中にあった。
俺は翔太と一線を超えたら、きっといつもの優しい阿部亮平でなくなってしまう。
その恐怖から俺はずっと逃れられずにいた。
💙翔太side
二人でいる時、阿部は俺にとても優しい。
何かわからないことは嫌な顔ひとつせず何でも丁寧に教えてくれるし、好きという言葉も出し惜しみしない。
💚翔太、大好きだよ。
阿部に頭を撫でられると気持ちいい。
もともとスキンシップは得意な方じゃなかったけど、阿部と付き合ってからの俺は少し変わった。
もっとそばにいたい。
もっと触ってほしい。
もっと俺を見てほしい。
次々と欲が湧いてくる。
最近は阿部の家でまったりしている時間が一番好きだ。
次の日が遅かったり、オフの日にはほぼ毎回阿部の家に泊まっている。
でもひとつだけ寂しいと思うことがある。
……実は俺はまだ阿部と寝ていない。
自分から言うのは恥ずかしくて、口に出せない。
阿部が何も言わないので、阿部との半同棲生活は完全プラトニックだった。
深いキスはしてくれるのに、そういうことはしてくれない。
俺だけが阿部を求めているのかな?
正直俺は不安になっていた。
グループで交代でやっているラジオ収録。
ちょうど俺と阿部のペアの日だった。
阿部がとあるメールを紹介した。
💚東京都の〇〇さんからのお便りです。
「彼氏と付き合ってもう半年が経つのですが、キスだけでなかなか先に進みません。私に魅力がないのでしょうか?女の私からは聞きづらくて困っています…」
びっくりして思わず阿部を見た。
阿部の反応が気になる。
💚なるほどねー。どう思いますか?翔太?
期待に反して阿部は表情ひとつ変えない。
むしろ、いつもどおり、顔には営業用の微笑みを浮かべたまま。
少し悲しくなったが、この場にいるのは俺たちだけじゃない。
俺も動揺するわけにはいかない。
💙…いや~、はは、どうなんでしょうね?
何も言えない。
俺が教えてほしいくらいだよ。
少し間が空いたが、阿部がさらっと言った。
💚こういうのは、時期が来るまで待ったらいいと思いますよ俺は。
💙そうだね…
阿部はその質問に特にヒントになるようなことは何も言わなかった。
適当に流した感じだ。
少しだけイラっとする。
阿部は何とも思ってないのだろうか。
その日俺は阿部の誘いも断って、久しぶりに自分の家に帰った。
それからちょうどお互いに仕事がバタついて、阿部に会えない日が続いた。
俺は少しほっともしたが、正直寂しかった。
いつも連絡をくれるのは阿部の方なのに、この数日、それも途絶えていたから。
俺の気にしすぎかもしれない。
かといって自分から連絡するのは嫌だった。
あの日、帰るって言ったことを怒ってるんだろうか…?
朝から晩までこんなことをぐちぐち考えてしまう。
しんどかった。
💙あーあ!!!
大声でわめいてみても、一人暮らしの家に虚しく声が響くだけ。
しばらくは毎日自分の家に帰って寝るだけの生活が続いた。
そして一人になって考えるのはいつも阿部のことばかり。
そんなある夜、電話が鳴った。
思わず携帯に飛びつき、期待して画面を見ると、表示されたのはメンバーの目黒の名前だった。
💙くそ
本当に気分のアップダウンが激しい自分が嫌になる。
電話に出た声に少し苛立ちがまじったかもしれない。
🖤しょっぴー、今何してる?
どうやら今、目黒は家の近くまで来ているらしい。
家に寄っていいかと聞かれた。
💙いいよ。うち何もないけど
🖤知ってる(笑)じゃあ今から行くね?15分くらいしたら着くから
💙わかった
それでも少し気が晴れる予感がした。
目黒とはもともと気の合う大事な友達だ。
阿部とのことがあってから、なんとなく友達付き合いも疎遠にしてた気がする。
いくら恋人ができたからって、友達を疎かにするような人間には絶対なりたくなかったのに。
阿部といるようになってから、俺は俺の知ってる俺じゃなくなっていた。
軽く掃除をして目黒を待つ。
目黒は本当に宣言どおりの時間ぴったりに来た。
🖤ビール買って来たし、つまみもあるよ。夕飯は?
💙忘れてたわ
目黒が笑う。
大きなコンビニの袋を手渡される。
中にはおにぎりやらサンドウィッチやら、あとは俺が好きなお菓子もたくさん入っている。
急に腹が減って来た。
決めた、もっと友達を大事にしよう。
阿部のことなんかもう知らん。
そんなふうに思う。
🖤最近しょっぴー忙しそうだったから久しぶりに話せてうれしい。
💙俺も
俺は調子のいい相槌を打つ。
目黒がビールを注ぎながら、にっこり笑う。
CMのようだなと思いながら、俺もつられてビールを一口。
あまり強くないが、酒は嫌いじゃない。
🖤そういえばこの間たまたまスタジオが近くて阿部ちゃんに会ったんだけど。
💙……
🖤なんか疲れてた
💙ふーん
別に阿部の情報なんかいらんわ、と思ったけど、一応気にはなる。
目黒が話を続ける。
🖤このところ、阿部ちゃん毎日楽しそうだったから俺も嬉しかったのに。なんかあったのかな?
💙知らん
🖤ここだけの話
目黒が声を潜めた。
🖤阿部ちゃん好きな人がいると思うんだよね
思わずビールを吹きそうになる。
…危なかった。
俺はそれからもなるべく顔に出さないように、平静を装って聞いている。
🖤でも前にさ
💙……
🖤あんまり恋愛に前向きじゃないようなこと言ってたんだよね。阿部ちゃん
初耳だ。
💙そうなの?
🖤うん。なんか、トラウマがあるみたいだよ
💙そうなんだ…
全然知らなかった。
🖤俺たちに相談してくれればいいのにね
💙…そうだな
阿部の話はそこで終わり、その夜は遅くまで、目黒と会えなかった分の近況や仕事の話をした。
久しぶりに楽しい夜になった。
阿部のことは少し引っかかったが、今度会ったらちゃんと話を聞こうと思い、その日は久しぶりにすんなり眠れた。
💚亮平side
あの日のラジオのメールには、正直俺も驚いた。
メールの選定はだいたい自分たちでやっているから、あんなメールは普段なら選ばない。
スタッフのちょっとした悪戯心かもしれない。
趣味が悪いな、と思う。
あの時翔太が息を呑んで俺を見るのがわかった。
俺は何も言わなかった。
封印していたトラウマが頭を過ぎる。
あの可愛かったハムスター。
もうずっと忘れていたのに。
思い出すと胸が痛む。
大好きだったのに、俺が殺してしまった。
翔太を自分のものにしてから、俺には翔太が可愛くて可愛くて仕方がない。
でもこのことは誰にも話せない。
付き合ってしばらくは、恥ずかしがる翔太をからかってスリルを楽しんでいたが、今はもうそんなことでは満足できなくなっていた。
遅かれ早かれ直面する壁に俺はぶち当たっていたのだった。
あの日家に帰ると翔太は言った。
俺も特に引き止めなかった。
しばらくは、サボっていた勉強でもしよう。
他のことで頭を満たしてしまえば、時間は勝手に過ぎていく。
頭の中が整理されたら、何かうまい解決策が見つかるかもしれない。
そんなふうに考えて逃げた。
そして翔太になんとなく連絡が取れないまま、数日が過ぎた。
翔太からは案の定、何の音沙汰もなかった。
いかにも翔太らしい。
自分からは決して求めて来ない。
そこが可愛いところでもあるけど、腹が立つところでもある。
少しは翔太から俺を求めてくれてもいいのに。
俺のこと、本当に好き?
向こうから求められないことでこっちは不安になるなんてこと、翔太には想像がつかないんだろう。
愛しい翔太をほんの少し憎らしく思った。
それが自分の愛情ゆえだともわかっている。
でも、俺だって確実に愛されているという実感がなければ前へ進めない。
たまには言葉にしてほしいと思う時もある。
今がまさにその時だった。
久しぶりにダンスの全体練習で翔太に会う日。
グループ全員で新しい振り付けを練習していく。
照の手本にみんなが合わせ、覚えていく。
一通り振りを教え終わると、岩本班と深澤班に分かれて練習が進んで行く。
翔太とは別の組み合わせになった。
翔太は俺をちらちらと見ているが、俺は翔太を見ないようにした。
やがてその日のノルマは終わった。
💛お疲れ。次回までにみんな完璧に入れてきて。
解散し、メンバーたちは次々に帰っていく。
翔太に何と言い訳しようかと考えながら俺も帰り支度をしていた。
すると、翔太が寄って来た。
少し驚く。
周りに目立つのに、翔太の方から話し掛けて来るなんて。
翔太は緊張していた。
久しぶりに顔を合わせるので照れくさいのもあるのだろう。
💙阿部、あのさ…
💚…
💙この後少し話せる?
気づけば、レッスン場にはもう誰も残っていなかった。
二人の深刻な様子を見て、他のみんなも気を遣ったのかもしれない。
まさか付き合ってるとまでは思ってないだろうが。
隅の椅子に二人で腰掛けた。
💚いいよ
俺は別に怒っているわけじゃない。
なんというか、自分の中だけで収まらない気持ちが胸にあるだけだ。
なるべく普通にしていよう、そう心がける。
💙連絡…くれなかったね
💚忙しくて…ごめんね?
💙うん…
💚電話しようかなと何度か思ったけど、翔太も忙しいのかなと思って。
思ってもないことを言って、なるべく優しい口調を心掛ける。
調子のいい嘘の言葉はすらすら出て来る。
自分で自分が嫌になる。
しかし、翔太は俺の心を読み取ろうとじっと見ていた。
何かいつもと様子が違う気がした。
翔太はしばらく言葉を選んでいたようだが、思い切って小さな声で拗ねたように言った。
💙寂しかった。正直
口を尖らせて俺を見ている。
本当に勘弁してほしい。
翔太をどんどん好きになる。
このままじゃ歯止めが利かなくなる。
世界中に翔太のことを言いたくなる。
でも、それは許されない。
胸が苦しい。
俺はまた大切なものを壊してしまうかもしれない。
あの時のハムスターの瞳がまた頭に浮かぶ。
💚ごめん、今、余裕ない
自分でも驚くほど低い声が出た。
空気が張り詰める。
とにかくここを出よう。
翔太を傷つけてしまう。
俺は荷物を持って、先に帰ろうとした。
しかし翔太にすかさず腕を掴まれた。
💙なんで?
💚落ち着いたらまた俺から連絡するね
やっと笑顔を作る。
しかし、今の翔太には通用しない。
💙俺のこと嫌いになったの?
💚………
大好きだよ。
死ぬほど悩むくらいに。
答えない俺の手をさらに強く掴みながら、見上げる翔太の目にはうっすら涙が浮かんでいる。
今すぐ抱き締めたい。
そんなことないよと頭を撫でてやりたい。
でもできない。
俺はなるべく優しく腕を振り払って、レッスン場を出た。
翔太のすすり泣く声が後ろから聞こえていた。