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甲本がトイレの個室に入ってから、15分は経過していた。
便器に顔を近付けて嘔吐を繰り返し、 人の気配を感じると、吐き気を堪えて口を手で覆った。
その指の隙間から息が漏れてむせ返り、人がいなくなると再び吐いた。
そんか拷問に等しい時間は、永遠に続くかのように甲本の精神を削った。
便座の蓋を下ろして腰掛ける。
懐から自動拳銃を取り出して、この無用の長物をどうしようかとも考えてみる。
腰に隠したサバイバルナイフは、ゴミ箱に棄ててしまえば良い。
ならばこの拳銃も一緒に破棄してしまおうか?
しかし指紋は?
自分が所持していたのがバレやしないだろうか?
甲本は、汗を袖で拭いながら必死に考えた。
知らない男が、咳き込みしながら洗面台で手を洗っている音が聞こえる。
甲本はハッとした。
水の音に我に返った。
そして、笑いを堪えながら拳銃を懐へとしまった。
「そうだ、なんてバカなんだ。落ち着け。船に乗って海へ棄てればいい。たったそれだけのことじゃないか…」
蛇口をひねる音が聞こえ、 足音が遠ざかって行った。
甲本は、汚れた口元を拭って個室から出た。
そして洗面台で顔を洗って、鏡に映った己の姿を見た。
やつれてしまった頬。
くぼんでしまった目元。
カサカサの唇と青白い顔は、我ながら惨めで痛々しかった。
それでも、気を奮い立たせてトイレを後にした。
すると、隣の女子トイレの先の非常階段から声がした。
半開きになった扉から洩れる声が、甲本の神経を刺激した。
どこかで聞いたことのある声。
忘れられない声。
人生を狂わされたその声の方向へ、甲本は吸い寄せられて行った。