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そのとき、狸のお父さんがやってきた。
今日は子連れではなく、ひとりで。
お腹の出た、どっしりとした感じの人型で。
「あー、あったあった。
向こうの店になかったから」
と狸のお父さんは身体に似合わぬ小さくカラフルなカゴを手に、声を上げる。
人の良さそうな笑顔で、宝石のような飴のついた指輪をつかんでいた。
倫太郎が、んっ? という顔をして、狸のお父さんに訊く。
「すみません、あのっ。
向こうの店って、ばあさんの……
あ、いや、オーナーの店ですかっ?
オーナーは今、何処にっ?」
すごい勢いで詰め寄られ、えっ? という顔をした狸のお父さんは窓の向こうの暗闇を指差し言った。
「ああ、オーナーなら、そこのビル街にある、小さな赤い鳥居のお稲荷さんのところにいるよ」
「斑目っ、店は頼んだっ」
行くぞっ、と壱花たちを引き連れ、出て行こうとする倫太郎に、斑目が訊く。
「おいっ、ヘリはいいのかっ?」
ヘリ、用意してくれるつもりだったのか、さすが斑目さん……と壱花が思ったとき、倫太郎が言った。
「大丈夫だ。
ばあさんに呪いの船まで飛ばしてもらうっ」
「えっ?
そんなことできるんですかっ?」
と壱花が訊くと、
「とりあえず、斑目に店を任せて出る、とかじゃなくて。
正式に、斑目を一日店長に命じてもらうんだ。
一時的にでも、俺たちの呪いを斑目に移してもらえば、その間、呪いは解ける。
俺たちは駄菓子屋に引っ張られずに、船に戻るだろう」
「あ、そうか、そうですね」
「二、三十分の間でもいい。
女湯からも出られて、一石二鳥だろ」
「それは助かりますね」
と冨樫もホッとしたようだった。
「なんか面白そうだねえ。
僕も一緒に船に飛ばしてもらおうかな」
と高尾が言い出す。
「え、でも、お店をいきなり斑目さんひとりに任せるのは……」
そう壱花は言いかけたが。
素直に一日店長のタスキをかけた斑目は入ってきた疲れたサラリーマン相手に、
「ビールはどうだ。
このポット入りのイカは、ねったりした甘辛さがビールによく合うし、お得だぞっ」
と薦め、次に入ってきたぬらりひょんには、
「あんた、日本酒イケる口だろっ。
この酢昆布は日本酒に合うぞ。
噛みながら呑むと乙な味がする。
意外なところで、噛みごたえのあるカツと日本酒の組み合わせもなかなかだぞっ」
と営業している。
人だろうが、あやかしだろうが、まったくブレないな……。
そして、小狐に頭に乗られた斑目の部下も、ブレることなく、斑目に命じられるがまま、お菓子の空き缶に牡蠣を入れ、ストーブにかけて焼いていた。
「……大丈夫そうですね」
なんか戻ってきたら、すごい売り上げ叩き出してそうだ……。
壱花たちは店を斑目に任せ、手作りの穴あきお玉を手に近くのお寺まで猛ダッシュする。