ビルの谷間の細い空間にその赤い鳥居はあった。
そういえば、この鳥居、バスの中から見たことあるな、と思いながら、壱花は言った。
「お稲荷さん、ビル街に結構ありますよね」
「商売の神様だからな。
屋敷神として自社で祀ってるところもある。
ビルの屋上に祠を作ったりして」
と倫太郎が言う。
屋敷神とは、個人の住宅や会社に祀っている神様のことだ。
鳥居を潜ると、小さな社殿の前に、石のお狐様が狛犬のように左右にいた。
宝珠と巻物をくわえているようだ。
お狐様は月明かりに白く輝いて見えた。
狭い境内の脇に提灯の灯りもないのに、ぼんやり光っている小さな店がある。
「ばあさんっ」
と呼びかけ、倫太郎は駆け寄った。
大きめの屋台にも見える木造のその店には、駄菓子屋やおもちゃが所狭しと積み重なり、上からもぶら下がっている。
カラフルでときめく光景だ。
そろばんから顔も上げずにおばあさんが訊いてくる。
「店はどうした?」
「あやかし寄りの友人に任せてきた。
あいつを今日一日。
いや、二、三十分でいいから、店長に任命してくれっ。
名前は『斑目人也』だ」
名前には力があることを知っている倫太郎は、そう告げた。
おばあさんは顔を上げると、高尾に気づいて言う。
「おや? あんたまで来たのかい」
飴をあげよう、とおばあさんは何故か高尾に飴を渡そうとする。
「いや、い……
ありがとう」
と高尾は受け取っていた。
……あのがめついオーナーがただで飴をっ。
何故っ?
イケメンだからっ!?
でも、冨樫さんも社長もイケメンですよっ? と思う壱花の前で、おばあさんは高尾に訊いた。
「なんだかわからないが、お前も一緒に行くのかい?」
高尾がハッカ飴の入った袋を手に、こくりと頷くと、ふうん、と言う。
「……なんか面白そうだからね」
そう高尾が付け足したので、壱花は逆に、おや? と思ってしまった。
なにか言い訳っぽいな。
てことは、実は、面白そうだからついてくるのではないのかな? と。
いつも勢いのある高尾が、今はちょっとおとなしい気がした。
おばあさんは壱花や倫太郎たちを見て言う。
「十五分だよ」
「えっ?」
「十五分だ。
これ以上はまからないよ。
大事な店だ。
私が店を任せたのは、あんたたちにだ。
その見習いに任せるのは、十五分だよっ」
短いな、と思いながらも、このオーナーに、ちょっとは信頼されている気がして嬉しかった。
「行きな」
すべてを見越しているような顔で、おばあさんは、そろばんに触れていない方の指をぱちん、と鳴らした。
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