テラーノベル
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屋敷の扉が軋む音を立てながら開いた。その音は森の静寂の中で異様に響き渡り、三人の緊張をさらに高めた。内部は闇に包まれ、かつての栄華を語る跡はどこにも見当たらない。崩れかけた壁には苔が生え、床板は湿った空気を吸い込んでいた。
瑛斗が慎重に一歩を踏み出し、辺りを見渡した。「思った以上に荒れ果ててるな…。誰かがここに住んでいたなんて信じられない。」
咲莉那はその後に続きながら、静かに言った。「でも、ここには何かがあるはず。それが事件の鍵になるのよ。」彼女は視線を鋭く周囲に巡らせた。
火楽が後ろから鼻をひくつかせながら、小さく呟いた。「この空気…普通じゃないな。動物も寄り付かないような気配だ。」彼の言葉に瑛斗が軽く頷く。「俺も感じます。何かがこの屋敷に潜んでいる…そんな気がします。」
三人はそれぞれ刀の柄や道具に手を置きながら奥へと進み、屋敷の内部を探り始めた。
三人は薄暗い廊下を進み、かつて部屋だったと思われる場所の扉を押し開けた。中は荒れ果てていて、家具の形跡はほとんどなく、朽ちた棚や崩れた壁が散らばっている。しかし、一つだけ異様に整然とした机が目を引いた。
「ここだけ妙に手入れされてるな…。」火楽が低い声で呟く。
瑛斗が慎重に机の上を調べると、埃にまみれた日記がそこに横たわっていた。その装丁は時を経て黒ずんでいた。
「これ、日記か?」瑛斗が声を潜める。
日記の最初には、幸福に包まれた日々が記されていた。
「夫と共にこの屋敷で暮らし始めて三ヶ月が経った。彼は思ったよりも優しく、村の人々に愛されている。私もこの新しい生活に慣れてきた。ここでの未来が輝かしいものになることを願う。」
咲莉那が慎重にめくりながら声を潜めた。「ここまでは普通の記録だね。でも、それだけじゃないはず。」
瑛斗が横で少し身を乗り出し、火楽は警戒心を解かずに周囲を見回していた。日記を読み進めると、内容が次第に暗いものへと変わり始める。
「夫の体調が徐々に悪化している。村の医者も原因がわからず、日に日に彼の顔色は悪くなっている。私は何もできない。どうすればいいのかわからない。」
そしてさらに一枚めくると、嫁の筆跡は荒れ、焦燥感と恐怖がにじみ出るようになっていた。
「村の人々が私を冷たい目で見る。『あの当主の嫁は呪われている』と囁く声が絶えない。夫の死が近づいているのを感じる。私は呪われてなんかない。なのに、どうして…。」
咲莉那が冷静に言った。「彼女の恐怖がこの時点で限界に達していたのがわかる。これが『魂狩りの紋』に繋がる何かのきっかけだったのかもしれない。」
火楽が低く呟いた。「この嫁、ただの犠牲者じゃなさそうですね。彼女の行動が『魂狩りの紋』と何か関係してるに違いないでしょう。」
さらに一枚めくると筆跡はさらに荒れ、紙の所々に涙が滲んだのか、シミが出来ている。
「夫が死んだ。村の人々は、私が呪われているせいだとか、病のせいだとか言っている。少し前まで元気だったのに、どうして…。」
もう一枚めくると、筆跡は荒れているどころではなく、殴り書きしたような筆跡でこう書かれていた。
「村人たちの…アイツらのせいだ…アイツらのせいで夫は死んだんだ。許さない…お前ら全員殺してやる…。殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる」
咲莉那が呟いた。「ここで日記は終わってる…。魂狩りの紋を選んだのは、復讐のためか…。」
「復讐のため…それだけ、当主…夫のことを愛していたんでしょうね。」瑛斗が悲しさの混ざった声で言うと思い出したように咲莉那に問いかけた。「そう言えば、奥さんの名前は書かれていなかったんですか?」咲莉那はすぐさま表紙を見て答えた。「奥さんの名前は、羽澄(はすみ)っていうみたいだね。」
「羽澄さんはどうして村人たちのせいだと思ったんでしょう?村人たちが殺したわけではないはずなのに…。」瑛斗が呟くと咲莉那が少し考え込むと静かに言った。「きっと、最初は夫が死んで悲しみに暮れていたんだと思う。それがいつの間にか、怒りに変わり、自分と当主を悪く言った村人たちに向いたんじゃないかな?」
「主様!」火楽がそう叫んだ瞬間、咲莉那の前を光が通り、床に刺さった。
「これは…!」咲莉那は自分の前を通った光の正体が分かると、驚きを隠せなかった。咲莉那の前を通ったのは、弓矢だったのだ。
矢が飛んできた方向から放たれたのが扉付近だとわかった瑛斗は急いで廊下に出て辺りを見渡すとドタドタと廊下を走っていく人影が見えた。「桜香さん」瑛斗が咲莉那を呼ぶと咲莉那が二人に視線を向けながら言った。「火楽、瑛斗、あとを追うよ!」
三人は人影のあとを追いかけ、廊下を駆け抜けた。しかし、視界の端にその人影が消えた瞬間、瑛斗が足を止め、辺りを見渡す。
「見失った…どっちに行った?」瑛斗が息を整えながら呟いた。
咲莉那が周囲を警戒して目を細める。「この廊下、どこかに隠れられる場所があるかもしれない。注意して進もう。」
火楽が鼻をひくつかせながら低く言った。「いや、背後です。何か来ます。」
その瞬間、矢が背後から飛んできて、壁に突き刺さった。三人は急いで身を避ける。振り返ると、暗闇の中に佇む羽澄の姿があった。彼女の目は怒りに燃え、手には再び弓が構えられている。
だが、彼女の動作はどこかぎこちなく、矢の軌道は微妙にブレていた。「彼女、あまり弓には慣れていないようだ。」火楽が呟いた。その言葉の通り、羽澄は矢を放とうとするが、その手は震え、狙いを正確に定めることができないでいる。
「私の復讐を邪魔するな!」羽澄が叫び、再び弓を引き絞る。しかしその姿には不慣れさと焦燥感があり、怒りに飲まれた感情が彼女の動作にも影響を与えていた。
瑛斗が素早く声をかける。「待て!話がしたいだけです!俺たちはあなたの敵じゃない!」
だが、羽澄の怒りは止むことなく、弓を構えたまま三人を睨みつけている。「お前たちも村人たちと同じだ!夫を奪った奴らを守るために私を止めるつもりだろう!もう誰も信じない!」
咲莉那が冷静に言った。「彼女、完全に怒りに飲まれてる…。どうすれば…。」
矢が次々と放たれ、三人は壁に身を寄せながら回避する。羽澄は激しく息を切らしながら弓を引き続け、怒りの声をあげる。
「やめてください!」咲莉那が叫んだ。「その怒りであなた自身が壊れてしまう!」
だが羽澄の目には涙が滲み、それがさらなる怒りを引き出すように見えた。「お前たちに何が分かる!夫が死んだ絶望も、何も信じられなくなった孤独も!」
その瞬間、瑛斗が体を張って彼女の放った矢を受け流しながら、強い声で問いかける。「羽澄さん!夫がこんな姿のあなたを見るのを望むと思いますか!」
羽澄の手が一瞬止まり、弓を構えていた腕が震えた。そして涙が彼女の頬を伝う。「…それでも…私はもう引き返せない…。」
羽澄の手が弓を握るまま震えている。目には怒りと悲しみが混ざり、涙がこぼれ落ちる。「夫を奪われた痛みを、誰も理解してくれない!」羽澄の声には絶望が滲んでいた。
咲莉那が一歩前に進み、穏やかな声で語りかける。「私は分かりますよ、あなたが大切な人を失った気持ちも、何も信じられなくなった孤独も。私には痛いほど分かる。」
羽澄が動きを止め、咲莉那の言葉を静かに見つめた。彼女の瞳には揺れる感情の影が見える。「…分かる?そんなはずない!」羽澄が叫ぶが、その声は震えていた。
「分かります。」咲莉那がさらに一歩近づき、羽澄の目をまっすぐに見つめた。「私も、同じように失ったんです。だからこそ、あなたを放っておけない。」
羽澄は咲莉那の言葉に何かを感じ取るように視線を落とし、弓を少しずつ下げた。その手はわずかに震え、怒りの勢いが静かに鎮まり始めた。
「分かるって…?」羽澄が低い声で呟く。その言葉には悲しみと疑念が交錯していた。「そんなこと、言葉で分かるはずがない。」
咲莉那は静かに頷きながら近づいた。「私にも同じような経験があるから。だから痛いほど分かるんです。」
羽澄は数秒間無言で立ち尽くした後、ゆっくりと弓を下ろし、地面に崩れるように座り込んだ。「夫が亡くなった時、私には何も残らなかった。周りは私を責めるだけで…村の人々は、私を呪われた女だと指差した。」
彼女の声が震え、感情が溢れ出す。「夫が亡くなった理由も分からないまま、その声に耐えきれなくなった。そして…術に頼った。『魂狩りの紋』が復讐の力になると信じて。」
咲莉那がそっと羽澄に視線を合わせる。「でも、それが本当に望んでいたことでしたか?夫が心から願っていたのは、きっとあなたがこんな風に苦しむことじゃないはずです。」
羽澄は言葉を失い、ただ静かに涙を流した。彼女の心の奥底で、咲莉那の言葉が真実を突いていることに気付き始めていた。
羽澄は涙を流しながら弓を地面に落とし、震える声で言った。「ごめんなさい…私が村人殺しの犯人です。夫を失った怒りと悲しみで…どうかしていたの。」
瑛斗が一歩前に進み、羽澄を真っ直ぐに見つめた。「殺した理由が何であれ、犯罪は犯罪です。羽澄さん、あなたを白華楼へ連行します。それが俺たちの任務ですから。」
羽澄は瑛斗の言葉に反応せず、ただ静かに涙を流し続けた。
羽澄を白華楼の隊員へ引き渡した三人は、屋敷を振り返りながら静かに歩を進めていた。空はいつの間にか夕焼けに染まり、旅路の先を照らしている。
火楽が大きく伸びをしながら呟いた。「これで一段落か。あの屋敷とおさらばできるのは正直ホッとします。」
「でも、羽澄さんは自分の罪を償う覚悟を持った。」咲莉那が小さな笑みを浮かべながら言った。「あの人の夫も、少しは安らげるんじゃないかな。」
瑛斗が頷きながら言った。「そうだと嬉しいですね。」
「さて、旅を再開しようか。」咲莉那が伸びをしながら言った。
火楽と瑛斗は返事をすると咲莉那元へ駆け寄る。
瑛斗はふと、ある言葉を思い出した。(『私は分かりますよ、あなたが大切な人を失った気持ちも、何も信じられなくなった孤独も。私には痛いほど分かる。』咲莉那さんのあの言葉、咲莉那さんの過去にいったい何があったんだ?まだ読んでいない文献に何かあるのかもしれない。近いうちに村へ戻って調べないと…。)
「瑛斗、出発するよ。私の誤解、解いてくれるんじゃないの?」咲莉那に言われ、瑛斗は慌てて返事をし駆け寄っていく。
こうして咲莉那の真実を解き明かす旅が再び始まった。
夕焼けの空が三人を見つめていた。
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