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でも、だからと言って、そんな宗親むねちかさんに返せる言葉は「はぁ」ぐらいしか思い付けなくて。

「気のない返事ですね」


当然のように即座に苦笑されてしまって、「……すみません」と謝る。


そうしてみたところで、じゃあどんな反応をするのが正解なのか分からないまま。



春凪はなは僕の恋人だという自覚はありますか?」


言うなり距離をグイッと詰められて、私は思わず彼から距離を取るように仰け反った。


結果、期せずしてソファに押し倒されたみたいになってしまう。



「そっ、それはっ。仮初かりそめの設定だったじゃないですかっ」


慌てて視線を逸らしながらそう言い募ったら、「母にもそれを疑われているみたいでしてね」と苦笑される。


「えっ!?」


それは初耳です。


だって葉月さん、そんなこと一言もっ。


そこで私が席を外していた間におふたりの雰囲気がどことなくおかしくなっていたことをふと思い出して、あの時、かな?とハッとする。



春凪はながコーヒーを買いに行ってくれている間に聞かれました。本当にあの子と結婚する気があるのか?とね。もしそのつもりがないのなら、すぐにでも別れて見合いしなさいと――」


何だかよくは分からないけれど、宗親むねちかさんはどこかの会社の社長のご子息で、今の勤め先には社会勉強の一環として出ているみたい。


彼が家業を継ぐためには伴侶をめとって身を固めることが、父親との間で取り決められた唯一無二の絶対条件なんだとか。


家庭も持てないような人間には会社も任せられないというのがその理由らしい。



うちの両親も大概前時代的だけれど、宗親むねちかさんの親御さんも似たり寄ったりだな、と思ってしまった。


それが分かるから、余計にお役に立てなかったことを申し訳なく思って。



「――っ! すっ、すみませんっ。私が不甲斐ないばっかりにっ」


思わず現状も忘れて宗親むねちかさんをじっと見上げて勢い込んでそう言ったら、クスッと笑われた。



「あの時キミは殆んど話していなかったでしょう? 別に誰を連れて行ってもあの人はあの反応だったと思いますよ?」



そこでフッと笑うと、


「基本的にうちの両親は僕のやることを信用していないんです。何だかんだと理由をつけて、自分たちの言いなりに出来たらいいと願っている人たちですからね」


私に半ば馬乗りのままそっと頬を撫でると、


「貴女のご両親と少し似ていますよね? ――そこで似た者同士な親を持つ者としての提案です」


とにっこり笑う。



ああ、この笑顔、私知ってます。


今朝、カフェで「おはよう」と声を掛けられた時の笑顔です。


この人が、を考えているときの表情かおなのです!



「親たちが、ちょっとやそっとじゃ手出し出来ない関係で、改めて僕と契約し直しませんか?」


グッと両肩をソファーに押し付けるような形で縫い止められて、何をする気なの!?とドキドキしてしまう。



「そっ、それはどういうっ……」


意味……です、か?


そう続けたいのに、この状況が私の頭をマトモに稼働させてくれないのっ。


「あ、あの……」


この体勢に、極上の腹黒スマイル。


私の大好きな、好みすぎるお顔を間近に仰ぎ見る形で組み敷かれて、世紀末並みに嫌な予感しかしないのです!



「僕は契約の代価として、貴女に安全で快適な住処すみかを提供します。いわゆるギブアンドテイク。利害の一致による共生というやつです」


そんな、ひとりで訳知り顔に畳み掛けられても、私、さっぱり理解出来ていないんですけど。


「い、意味……分かん、ない、です……」


不安一杯の表情で宗親むねちかさんを見上げて恐る恐るつぶやいたら、にっこり笑って言われました。



柴田しばた春凪はなさん。僕と〝政略結婚〟しちゃいましょう」


こ、これはっ。私が幼い頃から夢見続けた、イケメン王子様からのプロポーズというやつでしょうか?


でも……でも……っ!


王子様が私の足元にひざまずいて、なんて構図には到底見えませんし、何なら私、その王子様に逃げられないように押さえつけられています!


どう考えても、何かがいるのです!



***



一瞬彼が何を言っているのか分からなくて、私は宗親むねちかさんに組み敷かれたまま、フリーズしてしまう。


「え、あ、あの……っ」


一応声を出してみたものの、全く意味をなさない言葉が溢れるばかり。


「実はね、こんなこともあろうかと婚姻届は既に用意してあるんです」


あっさり私の上から身体を離すと、宗親むねちかさんがリビングの一画にある作り付け棚の引き出しから、一葉の紙片を取り出した。


小豆色で書かれたA3サイズを2つ折りにしているらしいそれは、ドラマやアニメの中でしか見たことのない書類で。


「そっ、そんなのっ」


慌ててソファーに起き上がってフルフルと震える指で宗親むねちかさんが手にした書類を指差したら、


「あ、シンプルなものはお嫌いでしたか?」


ポンッと手を打って、ご安心くださいとニヤリと微笑む。


そういう意味ではっ!と言いたいのに声が出ない私を置き去りに、宗親むねちかさんがプレゼンでもするみたいに続けるの。



「お望みとあれば、可愛らしいキャラクターものをインターネットからダウンロードして使用することも可能ですし、結婚情報誌などの付録にもそういうのがあるようです。前に一度役所に問い合わせてみたら、うちの自治体では市指定こちらの様式以外での受け付けも、用件さえ満たした書式であれば提出可能とのことです」



いやいやいや、違いますっ! 私が言いたいのはそういう事ではなくっ!



「なっ、何でそんな話になるんですか!」


勢い込んで言ったら、宗親むねちかさんがクスッと笑って言った。


春凪はな、キミはじきに住むところがなくなってしまうんですよね?」


有無を言わせぬ笑顔に、ぐっと言葉に詰まった私を見て、さらに追い打ちをかけるように宗親むねちかさんが続ける。


「確か貯金の残高も、4桁しかないって話でしたか……」


私のバカ!

何もそこまで赤裸々に白状することなかったでしょう!

って言うかそもそもいつ言ったの!? それすら記憶にないとか……お酒の力、本気で怖い!


「それじゃあ家賃はおろか、敷金礼金も払えないですよね?」


はい、仰る通りでございます。

自分でもどうしようもないことぐらい分かっています。


だからお願い、それ以上言わないでぇ〜!



愛車を手放せば何とかなるかもしれないけれど、それをすると今度は会社までなるべく徒歩圏内でアパートを探さないといけなくなる。

公共の交通機関は余り利便性が良くないのを知っているし、となれば地域的に選択肢の幅が一気に狭まってしまうの。



会社近くのこの辺りは、このタワーマンションでも分かるように結構地価の高い、いわゆる高級住宅街だ。

アパートも、私が今住んでいる街より家賃が1〜2万円程度割高。


絶対に借りられっこない。


何とか宗親むねちかさんに反論できないかとあれこれ思いを巡らせた私だったけれど、考えれば考えるほど「無理」の2文字に脳内を支配されて。



「――どうやら答えは出たようですね」


結果、宗親むねちかさんに極上の腹黒スマイルを向けられて、話に終止符を打たれてしまった。


ほたるに話したら、「好みの様と結婚できるだなんて最高じゃない! 一緒に生活している間に春凪はなに惚れさせてみなさいよ」とか言われちゃいそうだけど、この人、性格に相当難ありだから!


どう考えても前途多難です。

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