───俺はこんな世界が欲しかった───
「優子!どうしてあなたって子はこんな問題も解けないの!?」
顔に強い衝撃が走り、頬が熱く、痛くなっていくのが分かった。
あー、やばい、ちょー痛い、力加減くらいしてよね。涙出てきたじゃん。
私は頭が悪い。学年でも下から2番、3番の成績だ。
それとは真逆で有名な高校の特待生だった母は私の勉強の出来なさに怒り、手を出さずにはいられなかった。住良木家ではこれが「日常」だった。
ちょっとお父さん、見てないで止めてよそこで突っ立ってなにやってんねん。銅像か!外国でよく見る人が止まっててお金くださいの銅像かよ!金入れたろかごら。
父は気の強い母に抵抗できず、私が暴力を受けているのを知っていながら見て見ぬふりをしていた。
父と母同士も仲はあまり良くなく、会話をしていることは滅多にない。すると言っても仕事の話やお金の話など、生活面での会話だ。
私の頭が良かったらこんな風にはならなかったのかな。もしかしたら家族みんなが笑顔で過ごせる毎日があったかもしれない。
そんなありえない事を考えていた。
私は今高校生だ。陽キャか陰キャかと聞かれると、陰キャだ。バリバリの陰キャだ。陽キャがクソ怖い。すれ違うだけで寿命が10年縮まった気分になる。こんな身分制度なくなっちまえと毎日思う。
部活は一応やってるが休部中だ。自分の才能の無さでストレスを感じ、気づいたら適応障害という心の障害になってた。
私って才能どれだけないんだよ。1つでもあればいいのにさ、神様けちすぎるよ。
「今日のアニメ見た!?しんどくない?声優といい、作画といい今回神回だよね。」
「見た見た〜、心奪われますよあれはー。」
私が話すと相手が相槌を打ってきた。
一応友達は極わずかだがいる。もちろん陰キャなのでアニメや漫画話が鉄板だ。
休み時間になると大体2次元の会話になっていく。
私も2次元は大好きだ。特に異世界最強系漫画が大好物だ。それも魔王系。
魔王はその世界にして最強の存在であり、みんなから崇められる存在なのだ。
魔王だから支配して世界征服して悪巧みするもんじゃね?っていう反応が普通だろう。
だが甘い、甘すぎる。勝手に妄想するな馬鹿めが。なめんなよ、くそイケメン魔王を。
今の異世界最強系漫画の魔王系バージョンはそんな世界残酷に陥れようとしないんだわこれが。平和を作るっていうのが今の魔王系なのよ。
平和のために最強の力を使う。こんなにいい話この世にあっていいのかよほんとに。誰だよこんなの作り出したやつ。愛してる。
私は密かに魔王に憧れていた。差別のない平和を作って皆が笑顔になっていくその世界に憧れていた。
私がいるこの世界ではありえないこと。だから来世ではこんな最強魔王に転生してみたい。てかしてみせるとまで思っている程だ。
それほど今世が辛いのだろうと我ながら思う。
それもそうだ。家では親に暴力を振られ、学校では才能がないからと部活もろくにやらず2次元をでかい声で語り陽キャにすごい目で見られるのだから。
別にいいじゃんね、2次元語ってて何が悪いよ。
「はーぁ、異世界最強になって平和を作り上げたい…、魔王になりたい。」
気づいたら毎日の口癖になった。
朝、いつもとなんの変わりもない見慣れた通学路をぼっちで歩いていた。
あ、ぼっちの方が過ごしやすいからそこ気にしてないんで。
信号待ちの間スマホをポケットから取り出して触り、漫画アプリでいつもの異世界漫画を読んだ。
「は?こんなやついてたまるかよ、カッコよすぎガチ無理なんで強いのに顔もいいねんふざけんなよ好き結婚しよう。」
相変わらず変な事を言いながら読んでいたら、信号機の方からピヨピヨと可愛い子鳥のさえずりのような音が聞こえてきた。
信号が青になったら私の住んでいる所では音がなる。
それと同時に読み終わらぬ漫画を読みながら横断歩道を渡った。
ふと、後ろから大声を出す中年のおじさんがいた。
「危ない!轢かれるぞ!!」
え、めっちゃ大声出すじゃん、朝っぱらから元気だねおじさん、私そうゆう人嫌いじゃないで。
ん?てかさ、それ私に言ってない?
轢かれる?私が?まさかぁ、車なんてどこにも…。
と横を見た瞬間、車が目の前にいた。
え、マジか、私死ぬじゃん、100パー回避出来やんやん。
おじさん、叫ぶのもう少し早めにしようぜ。これは無理ゲーよ。
私魔王みたく時間停止魔法とか使えないわよ。あー、終わった。
普通の人ならここで絶望するだろう。しかし、私は絶望よりも嬉しさが勝っていた。
これで転生出来る、もうこんな辛い人生から解放される。最強イケメン魔王になってやる。そして、平和な世の中を作ってみせ……。
そこで私の視界と意識がシャットダウンされた。
「……の…あかち…よ」
え、何?ちょっと眠いからやめてよ、もう少し寝させて。
「あ…、か……い…り…こ……だ」
あれ、てか私死んだんじゃないの?なんで、生きてたの?異世界転生は?てか何この状況、私誰かに抱えられてない?私重いのによく持てるな。むっきむきじゃんぜったいこの人。
てかさすがにこれは2度寝無理だわ、起きよ。
ゆっくりと私は目を空けた。そしたら目の前に美人な顔のお姉さんがいた。
うっわまじでクソ美人じゃん私こんな人に抱えられてたの??お姉さん見かけによらず力あるのね。てかこんな美人いていいんか。やばい生きてて良かった、私。
「あ!目が…!あなた、この子目を開けたわ!!」
当たり前じゃん、目開けてなにが悪いのさ。
「本当だ!綺麗な赤い目をしているなぁ、きっとお前に似たんだよ。」
あ、男の人もいるんだ、あなたって言ってたから旦那さんかな。いやー、旦那さんもイケメンすねー、サイン欲しいくらいだわ。
てか目が赤色?それって病院沙汰じゃない?大丈夫そ?私。てかお前に似たんだよって何?まるであんた達の子供みたいな言い方するのね。
「そんな事ないわよ、イケメンなとこはあなたそっくり。」
なに、私女ですが?漫画イケメン大好きな完全オタクの女ですが??そんなに男に見えるかね。
てか自分の子供発言さっきからやめてもろて。さすがに美男美女の子供は言い過ぎやて。
「これから愛情込めて育てような。」
「ええ、私達の、大切な大切な子供ですもの」
何言ってんだこいつら、ついに自分たちの子供っていいやがったぜ。
まあこんな美男美女の子供だったら喜んでなりますけれども。
……てかさっきからやけに動きずらいな。
事故った後だから?でもそれにしては痛くないな。なんでやし。こわ。
……んー?
ふと自分の手を見てみる。その瞬間私は目を大きく見開いた。
手、ちっちゃ!!何事!?
まるで私が赤ちゃんみたいな……赤ちゃん??
あれ、さっきこの夫婦、私のこと自分達の子供って…まさか、私…もしかして…
「転生したぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
「しゃっべったぁぁぁぁ!?!?!?」
私が大声で叫んだ瞬間、夫婦は声を揃えて同じく叫んだ。
これが私の異世界転生への第1歩である。