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ゆっくりと。閉じていた目を開ける。


どれだけの時間、気を失っていたのかわからない。

まず視界に入ったのは、乱暴な手付きでパンをかじる少年――――チリーの姿だった。

ミラルはしばしその光景をぼんやりと眺めていたが、すぐに何があったのか思い出して飛び起きる。


場所はまだ森の中だったが、洞窟のあった場所からはかなり離れていた。


「目ェ覚めたか。ほれ」


ミラルを見てそう言うと、チリーはバスケットに入っているパンをミラルへ差し出す。

しばらくミラルはキョトンとしていたが、慌ててブローチと羊皮紙を服の上から確認した。


「別に何もしてしねェよ。……ったく、あの後急に倒れやがって。テメエを抱えてチョロチョロすんのは流石に疲れたぜ」

「……ありがとう」


どうやらあの後気を失ったミラルを抱えたまま食事を用意してくれたようだった。

食事の他には自分の服も用意したようで、ボロボロだったズボンも履き替えている。


「食いモンも俺の服も町の連中に用意させた。まだテメエを捕らえようとしてやがったが、ちょっと脅しゃすぐにパンも服も差し出してくれたぜ」

「え……!?」


パンも衣服も、どうやって用意したのかはミラルも気になっていた。町の人達に頼み込んだのかと思ったが、どうもこのチリーという少年、脅して奪い取ったようだった。

ミラルは昨日から何も食べていない。目の前にあるパンは正直なところ喉から手が出るほど欲しい代物だ。


それでも、ミラルはそのパンを受け取る気にはなれなかった。


「助けてくれて、食べ物まで用意してくれたのは……ありがとう。だけど私、人から奪ってきたものは食べる気になれないわ……」

「気にするこたねェだろ。あいつら、まだテメエをとっ捕まえようって腹積もりだったぜ」


気を失ったミラルを放置出来ず、チリーはミラルを背負った状態で町まで戻った。それを見つけた町人達は、すぐにミラルを捕まえようとチリーに襲いかかったのである。


チリーの話を聞いて、ミラルの心は揺れ動く。


そうだ。悪いのは向こうなのだ。

事情もわからないミラルを追いかけ回して、刃物まで向けて。


思わずパンに手を伸ばしかけて、ミラルはパンから目を背ける。

その様子を、チリーは怪訝そうに眺めていた。


「何をそんなに躊躇ってンだ」


ペリドット家は商家だ。父のアルドは、ミラルに対して口が酸っぱくなる程こう繰り返していた。


物には必ず対価を支払いなさい、と。


どんな物だって、そこには作るための労力が存在する。パンも、服も、当たり前のようにそばにあるだけで、その一つ一つは誰かが汗水垂らして作ったものなのだ。

それらは、どんな理由があっても不当な価値で取引されるべきではない。

父の口癖だった。


「格好見りゃわかるぜ。お前、貴族かなんかだろ」


ペリドット家は生まれついての貴族ではないが、商家として成り上がった家だ。チリーの推測は、当たらずとも遠からずと言ったところだろうか。富裕層には違いない。


「たまにいるよな、命よりも誇りだの何だのを優先する奴。俺からすりゃアホくさくって付き合い切れねえよ」


チリーの言葉に、ミラルは言い返せなかった。


プライドや倫理観が空腹を満たすことは永遠にない。意地を張って野垂れ死ぬことはそれこそチリーの言う通り”アホくさい”のだ。

正しいまま生きていける。そんな世界から、ミラルはとっくの昔に放り出されてしまっていた。


「まあ好きにしな。野垂れ死にてェってンなら俺は止めねえぜ」


チリーはそう言って差し出していたパンをバスケットに戻すと、自分のパンをかじり始める。


ペリドット家は、恐らくもうない。

帰るだけで食事が出てくる生活は、もうないのだ。


生きるか死ぬか。

食うか食われるか。

奪うか奪われるか。

それが温室の外の世界だ。


それでも、と言い続けることは出来る。だけどその”それでも”を突き通す力はミラルにはないのだ。


ずっと温かい屋敷の中で生きてきた。外で生きるための力を何一つ持たないミラルには、プライドを押し通す程の力はないのである。

力のないまま押し通せば、チリーの言う通り野垂れ死ぬしかないだろう。


だがそれだけは嫌だった。野垂れ死ぬために逃げてきたわけではない。

父に託され、生き延びるために逃げてきたのだ。

そのために本当に必要なものが何なのか。ミラルは理解して、飲み込まなければならない。


「……ごめんなさい。やっぱり、私にもパンを分けてほしい」

「奪ったパンでもか?」

「…………ええ」


チリーはそれ以上は何も言わず、ミラルへパンを手渡す。

ミラルは礼を言ってからパンを受け取り、そして意を決してパンを口にした。


柔らかいパンの甘みが、疲弊したミラルを少しずつ癒やす。気がつけばミラルは、人前なのも忘れて夢中でパンを食べてしまっていた。


本当はミラルだって綺麗事を突き通したい。人から奪った食べ物なんてほしくない、返すべきだと主張したい。

何もかも正しいままで生きていければ、それが一番良いと思っている。

しかしそれが出来ないのが今のミラルなのだ。


金もない。自分で食べ物を見つけ出す能力もない。追手を追い払う力もない。

自分一人で、真相に辿り着く力もない。


「……お願いがあるわ」


パンを食べ終わってからそう切り出して、ミラルは服の胸元に隠していたブローチを取り出す。

ピンク色の宝石がはめ込まれたそのブローチを見て、チリーは少しだけ表情を変えた。


「これは、私を逃がす時にお父様が渡してくれたものよ」


その言葉だけで、チリーはその宝石が持つ意味をある程度察する。


「私は、賢者の石の在り処は知らない。だけどお父様はきっと知っていた。このブローチは、賢者の石を見つけ出すための手がかりになる」


このブローチは、現状ミラルが持っているたった一つの切り札だ。ミラルが持つ、僅かばかりの”力”だ。


「私は賢者の石の手がかりを持ってる。あなたが賢者の石を破壊したいのなら、力になれるわ。……だから、力を貸してほしい」


真っ直ぐに見つめるミラルの瞳を、チリーは怯むことなく見つめ返した。


ミラルの目は、あまりにも澄んだ決意に満ちている。

濁りのない宝石のような瞳はどこか怯えるように揺れていた。

そこに何かの面影を見たのか、チリーは一度どこか遠くを見るようにミラルから視線を外す。


「私は真実を知りたい。賢者の石が何なのか、どうして私の家が襲われなくちゃならなかったのか」


そしてそのためなら、プライドを捨ててでも生き延びなければならない。

そのための力を、ミラルは何としてでも借りなければならなかった。


しばしの間、沈黙が訪れる。


だがやがてチリーが沈黙を破り、不敵に笑いながら口を開く。


「テメエのお守りなんざ冗談じゃねえが……今のところ手がかりはテメエだけだ。いいぜ、乗ってやる」


交渉成立を示すチリーの言葉に、ミラルは胸をなでおろしかけてしまう。しかしまだ安心するには早い。口約束が成立したからと言ってその場で油断するのは三流、というのは父アルドの言葉だ。


「他に手がかりはねえのか? 親父は何か言わなかったのか?」


チリーの問いに、ミラルはすぐに折りたたんだ羊皮紙を取り出す。この中身は、ミラルもまだ知らない。


「……これは」


羊皮紙に描かれていたのは、簡単な地図だった。

ミラルのいた町、エリニアシティとこのペルディーンタウン、更にその先のフェキタスシティまでの地図が描かれている。フェキタスシティを示す部分には大きく丸がつけてあった。

恐らくフェキタスシティを目指せ、という意味だろう。


「ここにあんのか?」


羊皮紙を覗き込むチリーに、ミラルはかぶりを振る。


「わからないわ。父の最後の伝言は”ラウラ・クレインに会え”だったのよ。知ってる?」

「……知らねえな。お前の親父、もっと色々教えてくれても良かったんじゃねえか?」

「無理よ。お父様からこれを渡されてからすぐだったのよ、エトラ達が私の家を襲撃したのは……」


話している内に、ミラルは昨日のことを思い出す。

あれからペリドット家がどうなったのか、ミラルにはわからない。引き返して確認したかったが、それでは父がミラルを逃した意味がなくなる。

それ以上に、ミラルはペリドット家の悲惨な末路を目の当たりにしたくなかった。

父から賢者の石の情報がわかっているなら、わざわざエトラがミラルを追ってくる必要はない。そう考えれば、父はもう既にこの世にはいないのかも知れない。


「いや……待てよ」


陰鬱とした思考に埋没しかけたミラルを、チリーの一言が引き上げる。


「ラウラ・クレインは知らねえが、ヴィオラ・クレインなら知ってるぜ」

「ヴィオラ・クレイン?」

「ああ。名字が同じってだけで関係あるかわかんねえけどな。ヴィオラ・クレインは、霊薬エリクサーを発見した婆さんだ」

「え!?」


霊薬エリクサーとエリクシアンは、その存在こそ認知されているものの、世間的には明らかになっていない。特にエリクサーが発見された経緯や、どのようにして生成されているかなどは知っている者はほとんどいないのだ。


かつて古代人類が用いていた魔法を再現しようとした結果、偶発的に生み出された液体、というのが通説だが、真相は少なくとも一般市民や町の一貴族くらいでは知る由もない。

霊薬エリクサーを摂取すれば、人間を越えた身体能力と特異な能力を持つ超人、エリクシアンになれる。そしてエリクシアンは、戦時中たった一人で戦況を覆すことが出来たと言い伝えられている。一般的に知られているのはこれだけだ。

それ故に、ペルディーンタウンの人達はチリーやエトラを恐れたのだ。


「……俺はエリクサーを、賢者の石由来の何かだと踏んでいる。もしラウラ・クレインがヴィオラ・クレインと関係あんなら、お前の親父がラウラに会えっつったのも賢者の石と関係あるハズだぜ」

「エリクサーと賢者の石は、関係があるの?」

「……俺がエリクシアンになったのは、賢者の石に触れたからだ」


チリーの言葉に、ミラルは目を見開く。


「アンタ、一体何者なのよ……! 賢者の石って一体……!」

「賢者の石は……俺が思うにバカでかい魔力の塊だ。あんなモンは人間の手の中にあっちゃいけねえ」


あまりにも強過ぎる力。それが人の手にあるべきではないという考え方は、理屈ではミラルにもわかる。しかしどうにも現実味がなかった。

それを表情から察したのか、チリーは言葉を続ける。


「赤き崩壊(レッドブレイクダウン)を知ってるか?」

「――――っ!」


赤き崩壊。

それは三十年前、ここより遥か北にあるテイテス王国で起こった正体不明の大惨事だ。

突如国全体を真っ赤な光が包み込み、一瞬にして国一つが瓦礫の山へと変貌した惨劇である。


「……アレを引き起こしたのは、賢者の石だ」


かつてチリーは、伝説の秘宝賢者の石を求めて旅をしていた。仲間と共に世界中を巡り、ついに賢者の石がテイテス王国にあると知った。

賢者の石はあらゆる願いを叶える。万能の力をもたらす。そんな伝説を真に受けて、手にした秘宝が起こしたのは取り返しのつかない惨劇だけだった。


「俺達が賢者の石に触れた時、賢者の石は一切制御が出来なかった。全てを破壊するまで止まらなかった……触れていた俺達を除いてな」


そこで一呼吸置いて、チリーはそのまま言葉を続ける。


「その後賢者の石がどこに行ったのかはわからない。俺はあのまま消えたんだと思い込んでいた。残っていたのは……凄惨な瓦礫の山ばかりだった」


エリクシアンは人間を超越した存在だ。年もほとんど取らず、生命力も遥かに強い。

チリーの話していることが真実なら、チリーはそもそも三十年前の人間だ。見た目の年齢がミラルと変わらないのは、エリクシアンであるが故なのだろう。

事件の後、チリーは偶然たどり着いたペルディーンタウンの森で自ら眠りについたのだという。そこにどのような思いがあったのかを、チリーは語ろうとしなかった。


「……俺は賢者の石がまだ人の手にあるなら、破壊しなきゃならねえ。あの惨劇を起こした人間の一人としての責任だと思ってる」


チリーの口から責任、という言葉が出てきたことに、ミラルは少し驚いてしまう。重きを置く場所が違うだけで、チリーにはチリーなりの正義と、誇りと、責務があるのだ。


最初はなんて野蛮な男だと思ったものだが、どうやらそれだけでもないらしい。


「私、ゲルビアには賢者の石を渡しちゃいけないと思う。あいつらに渡せば、きっと惨劇が繰り返されるわ」

「……恐らくな」


エトラの所属するゲルビア帝国は、今もなお大陸内を制圧せんとして軍を動かす侵略国家だ。巷ではエリクシアンを量産して最強の軍隊を作っているという噂もあるくらいだ。エトラがエリクシアンであったことを考えると、この噂もかなりの信憑性を持つ。


賢者の石を破壊するべきかどうか、正直に言えばミラルにはわからない。

だが確実に言えるのは、ゲルビア帝国のように力を悪用しかねない者達にだけは渡してはならないということだ。


「……きっと、目的は同じね」


恐る恐る、ミラルはチリーへ手を差し出す。


もしかしたら、これは長い旅になるかも知れない。ただ利害が一致しているだけの関係でも構わなかったが、それでは息が詰まる。

チリーはしばらくその手を見つめていたが、やがてしっかりと握り込んだ。


「足引っ張んじゃねえぞ、ミラル」

「わかってるわよ、チリー」


こうして、二人の旅は始まりを告げる。


これは、過去の運命がもう一度歩き出す物語。

そして、新たな旅の物語。

The Legend Of Re:d Stone~賢者の石と聖杯の少女~

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