TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

100日間のオレンジ

一覧ページ

「100日間のオレンジ」のメインビジュアル

100日間のオレンジ

12 - 第12話

♥

64

2026年01月19日

シェアするシェアする
報告する

コテージに朝の光が差し込む。

元貴の体調は驚くほど安定していた。


記憶はまだ薄氷のようにもろく、時折「ここはどこ?」と不安げな顔をするものの、若井が差し出すスケッチブックの文字を見れば、すぐに穏やかな表情に戻るようになっていた。


​若井は、元貴の指を一本ずつなぞりながら、新しい手話を教えていた。


ずっと・いっしょ・だよ


​元貴がぎこちなくその指を真似し、若井の胸元で小さな花を咲かせるように指を動かす。


「……いっしょ、……ずっと?」


「(そう、ずっとだ)」


​若井が微笑み、元貴の額に鼻先を寄せたその時。


静まり返った部屋の中に、場違いな振動音が響いた。


​若井が慌てて自分のスマートフォンを手に取る。発信元は「涼ちゃん」だ。


​「……涼ちゃん? どうした」


『——今すぐ、そこを離れて。』


​受話器の向こうの涼ちゃんの声は、かつてないほど鋭く、焦燥に満ちていた。


『病院側が君の兄貴の車のGPSを特定した。あと、僕の通話記録も洗われた。

……今、警察と病院の車がそっちに向かってる。あと15分で着く。』


​若井の背中に冷たい汗が流れる。


「警察……? なんでだよ、俺たちはただ——」


『世間から見れば、君は「病人を連れ去った誘拐犯」なんだよ! 滉斗、早く!! 元貴を連れて、裏の林から岬の方へ逃げて。そこにあるボートハウスに、僕の知り合いの車を待たせてある。』


​「……涼ちゃんお前はどうなるんだよ」


『いいから早く行って!! 元貴を守れるのは、君だけなんだから。』


​電話が切れた。


若井は迷わず、元貴に厚手のコートを被せ、震える彼を抱き上げた。


​「……わか、い? どこいくの……?」


「(散歩だ。……ちょっと、急ぐぞ)」


​若井はスケッチブックを書く時間さえ惜しみ、元貴を背負ってコテージの裏口から飛び出した。


直後、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。

​冬の枯れ木が剥き出しの林を、若井はがむしゃらに走った。


背中の元貴は、耳が聞こえないはずなのに、若井の心拍の乱れから異変を感じ取ったのか、若井の首をギュッと強く抱きしめた。


​「……わか、い、……こわい……っ」


「(大丈夫だ、俺がいる。絶対に離さない。)」


​若井は何度も心の中で叫んだ。


林を抜け、断崖絶壁の上に立つ岬が見えてきた。


しかし、運命は非情だった。


​岬の入り口に、数台の黒い車が滑り込んでくるのが見えた。


「あ……っ」


若井は足を止めた。前方には追手、後方には迫り来るサイレン。


袋小路。


​「滉斗くん! 止まりなさい! 彼は治療が必要なんだ!」


車から降りてきた医師や教員たちが、メガホンで叫ぶ。


​若井は元貴を背中から降ろし、自分の後ろに隠した。


「……治療なんて嘘だ! お前らは、コイツを閉じ込めて、真っ白な部屋で死ぬのを待つだけだろ!」


​若井が叫ぶが、その声は強い海風にかき消される。


その時、追手の集団の中から、一人の男が歩み出てきた。


ボロボロになった制服を着て、息を切らした藤澤涼架だった。


​「涼ちゃん……?」


元貴がその姿を認め、震える声で呼んだ。


​涼ちゃんは若井と元貴の前に立ち、追手の方を向いて両手を広げた。


「……行かせないよ。彼らは、今日ここで死ぬために来たんじゃない。……二人で生きるために、ここに来たんだ。」


​「藤澤くん、退きなさい! 君も共犯になるぞ!」


​「最初から、そのつもりだよ。」


涼ちゃんは静かに微笑むと、背後の若井にだけ聞こえる声で囁いた。


​「……滉斗。元貴のポケットに、僕の車のキーを入れておいた。……岬の裏道に停めてある。……卒業式まで、絶対に捕まらないで。」


​「……涼ちゃん……お前……」


​「いいから、行け!!」


​涼ちゃんが追手の一人に体当たりして、時間を稼ぐ。


若井はその隙を見逃さなかった。


元貴の手を引き、崖沿いの細い獣道を一気に駆け下りた。


​「……わか、い! 涼ちゃんが……っ」


「(信じろ! 涼ちゃんを信じて、俺たちは前へ行くんだ!)」


​後ろを振り返ることは許されない。


若井は元貴を抱え、闇夜の向こう側に隠された「自由」へと、再び足を踏み出した。


​二人の100日間の物語は、ここから「逃避」という名の、最も純粋な「愛の証明」へと変わっていく。

100日間のオレンジ

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

64

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚