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翌朝、園内にはいつもと変わらぬ園児たちの賑やかな声が響いていた。
「せんせー! おはよー!」
「おはよう」
羽衣子はいつものように園児たちを穏やかな笑顔で応じていた。
けれど土曜日の出来事が解決していないこともあって、警戒心を保ったままだった。
そんな中、
「おはようございます」
落ち着いた声と共に昴が姿を見せ、その隣には元気よく手を振る希海の姿があった。
「せんせー!」
「おはよう、希海くん」
羽衣子が笑顔で迎えると、希海は嬉しそうに駆け寄って行く。
昴はその様子を一瞬見守った後で羽衣子へと視線を向けると少し小声で話をする。
「勤務の共有、ありがとうございました」
「いえ、とんでもないです」
「では今日から帰りに乙哉を寄越しますので」
「……はい、よろしくお願いします」
「念のためですからね。乙哉には少し早めに待つよう言ってありますから」
「分かりました」
短いやり取りを終えると、昴は希海の頭を軽く撫でてから園を後にした。
平日で保育士も園児の数も多いことから特に問題は無く、穏やかに過ぎていく。
保育士たちは変わらず周囲への警戒を続けていたが不審な人物の姿はなく、大きな問題も起きない。
「今日は平和だねぇ」
保育士の一人がぽつりと呟くと、
「このまま何もないといいけど……」
と別の保育士が苦笑混じりに返す。
羽衣子もまた子どもたちの様子を見守りながら、内心で同じことを願っていた。
やがて夕方になり、
「せんせー、ばいばーい!」
保護者が迎えに来たことで園児たちの帰りの挨拶が始まる。
今日は珍しく昴も早めに希海を迎えに来たことで希海は凄く嬉しそう。
「今日は早いですね」
「ええ、少し予定がありまして」
「そうなんですね」
「希海、帰るぞ。吾妻先生に挨拶して」
「せんせ、バイバイ!」
昴に促された希海は羽衣子に手を振ると、元気よく帰っていった。
その後、残りの園児たちの迎えも済んで園内はあっという間に静かになっていく。
片付けや清掃を終え羽衣子たち保育士も帰り支度を整えた。
「お先に失礼します」
「お疲れさま~、気をつけてね」
同僚や先輩たちに見送られ羽衣子は園を後にする。
外に出ると一台の車が停まっていて、羽衣子に気づいた乙哉は窓から顔を出して軽く手を上げる。
「お疲れさまです、吾妻先生」
「お疲れさまです、ありがとうございます」
軽く頭を下げてから羽衣子が車に乗り込むと、ゆっくりと走り出した。
「本当にすみません、こんな……わざわざ送っていただいて」
羽衣子が申し訳なさそうに言うと乙哉は気にした様子もなく笑う。
「気にしてないんで平気っすよ」
「それでも……ご迷惑をおかけして……」
「まあ何も無ければいいけど、何かあってからじゃ遅いんでね、こういうのは」
その言葉に羽衣子は小さく頷いた。
乙哉とは何度か会っていることもあって羽衣子も徐々に緊張が解けていき、車内には穏やかな空気が流れる。
やがて羽衣子の住むアパートが見えてきた。
「到着しました」
「本当にありがとうございました」
「いえ。お疲れさまでした。じゃ、また明日」
「はい。よろしくお願いします。気をつけて帰ってくださいね」
「どーも」
車を降り、軽く挨拶を交わした羽衣子は走り去っていく車を見送ってアパートの階段へと足を向ける。
そして、階段を上がって鍵を取り出し、扉の前に立った、その時――ふと、背中に鋭い視線のようなものを感じたた羽衣子は勢い良く振り返る。
「……」
けれど、そこには誰もいなかった。
(……気のせい……?)
不安は拭えないものの周りに人の気配も無さそうなので、気のせいだと自分に言い聞かせるように納得した羽衣子は扉を開けて部屋の中へと入っていった。
簡単に着替えを済ませて一息ついた羽衣子は、ふとスマートフォンに視線を落とした。
「あ……」
すると、画面には未読のメッセージ通知が表示されていて送り主は兄だった。
少しだけ驚きながらもアプリを開き、内容を確認する。
《昨日はありがとな。それでさ、まだまだ話し足りなかったし、今週の金曜日時間あるか? もしよかったら飲みにでも行かない? 俺給料日だし、奢るよ》
昨日、会ったばかりなのに、まさかもう次の約束の話が来るとは思っていなかった羽衣子は驚きと共に、兄からのメッセージに共感しつつ柔らかな笑みを浮かべた。
(お兄ちゃんとお酒飲むなんて初めてだから少し変な感じだけど、もっと深い話とか聞けるかも?)
どこかくすぐったい気持ちで苦笑しながら羽衣子は、
《うん、大丈夫だよ。金曜日の夜なら仕事終わりなら予定も無いから》
そう返信を打って送信した。
それから程なくして既読がつき、短く《じゃあ金曜で》と返ってくる。
(楽しみだな)
スマートフォンを胸に軽く抱き寄せながら羽衣子は金曜日が早く来て欲しいと願っていた。
その時、ふと気づく。
(仕事終わりに飲みに行くなら、金曜日は送ってもらう必要はないよね)
仕事終わりには乙哉が迎えに来てくれることを思い出した羽衣子はすぐに昴に伝えるべきか一瞬迷ったものの、
(……明日の朝も会うだろうし……その時でいいかな)
明日も希海が登園して来るタイミングで顔を合わせるだろうからその時で良いやと結論づけると、羽衣子はメッセージを送ること無くスマートフォンを置いた。
コメント
1件
読み終えました〜! 今日は一日平和でホッとしたけど…ラストの背中に感じた視線、すごくゾッとしました。誰もいなかったって言うのが逆に怖いです😰 そして兄からの「金曜日飲もう」のメッセージ! 兄妹の関係がちょっとずつ動き出してる感じがして、ほっこりしました🎀 でも送りのこと伝え忘れてるのが気になる…これでまた何か起きそうな予感がしますね。続きが気になる!
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