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彼女は「死」を、まるで外国語の甘い単語みたいに発音した。
舌の上で転がし、意味より響きを楽しむみたいに。
――とんおり自殺、安楽死
それは彼女にとって、現実を捨てる儀式ではなく、
“生きづらさを一瞬だけ無効化する呪文”のような、言葉遊びだった。
街灯が途切れた路地を歩くたび、彼女はふざけた調子で言う。
「ほら、こんな暗い夜道もさ、“終わりごっこ”って思えば歩きやすいでしょ?人生最後の散歩って設定にしたら、ぜんぶがドラマチックになるんだよ」
彼女の指先は、風を撫でるようにひらひら踊る。
影は細く揺れ、どこか紙人形めいて儚い。
「だってさ、生きてるってめんどくさ……いや、めんどくさいなんて言うと重く聞こえるでしょ。だから違うの。もっと軽いの。タピオカが底に残ってストローで吸えないくらいの苛立ち。それくらいの“もうやだ”なの」
彼女の声はいつも冗談めいている。
でも、その冗談はまるでレース編みのカーテンみたいに薄くて、風が吹けばすぐに破れてしまいそうだった。
彼女はふと立ち止まり、夜の空に向けて笑った。
「ねぇ、最後ってさ、ほんとうに最後の瞬間って、案外こうやってくすっと笑いながら迎えるのが綺麗じゃない?泣き叫ぶより、ずっといいよね。私なら、笑いじわを残したまま終わりたい」
その言葉は、死を望んでいるのではない。
ただ、うまく生きられない自分を、せめて“美しい冗談”に変えようとしているだけだった。
彼女はスカートの裾をつまみ、劇場の女優のように一礼する。
観客はいない。拍手もない。
それでも彼女は舞台の中央に立っているつもりだった。
「さ、今日の公演も閉幕。明日も続くよ、私の“死ぬ死ぬ詐欺劇場”。この世界でいちばんおちゃらけた生存の踊り」
軽やかな足音が、夜の舗道にぽつぽつ溶けてゆく。
彼女は今日も生きている。
そしてその生を、冗談で飾りつけることで、かろうじて抱きしめ続けていた。