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「脚の回転が鈍い!」
「拳を鍛えねばならぬ身で、何をしている!」
「絵など描いているから、そんな軟弱者に育つのだ!」
「まだ終わっていないぞ、雨琉!!」
怒号が、道場の壁に反響する。
それは、雨琉にとって“いつものこと”だった。
完全に趣味を断たれ、強制的に道場の後継ぎとしての道へ引き戻されてから、二年。
だが、いまだに慣れることはない。
黒鋼雨琉の本当の好きなものは、武ではなく、絵だった。
六歳の頃、母に何気なく教わったのがきっかけだった。
紙の上に広がる色彩と線の世界に、幼い雨琉は瞬く間に心を奪われた。
十一歳になる頃には、その腕前は大人も驚くほどに成長していた。
しかし――
武闘道場を営む父、樽雨にとって、それは面白くない才能だった。
黒鋼家には三人の子がいる。
長男・琉火、次男・雨琉、そして末っ子で長女の瑠月。
本来なら、道場を継ぐのは長男の琉火のはずだった。
だが彼は生まれつき肺を患い、武道に耐えられる身体ではなかった。
だから樽雨は、次男である雨琉に望みを託した。
そして万が一に備え、瑠月にも幼い頃から武道を叩き込んだ。
絵ばかりに没頭し、稽古を疎かにする雨琉を、樽雨は何度も叱責した。
だが雨琉は、言葉で反論こそしないものの、次第に態度で反抗を示すようになる。
頷かない。
目を合わせない。
話を聞いているのか分からない無表情。
樽雨に似て寡黙なその姿は、かえって意志の強さを感じさせた。
――この子は、武の道を望んでいない。
そう分かっていても、認めることはできなかった。
しかも、“男でありながら絵を描く”という現実は、樽雨の価値観をさらに逆撫でした。
そして、ついに。
怒りは、竹刀の形をとった。
鋭い音とともに、雨琉の右手首を打ち据える。
「いい加減にしろ!!お前のやるべきことは、絵ではないと何度言えば分かる!?」
衝撃と痺れに、雨琉はその場に崩れ落ちる。
右手を押さえながら、声も上げずにうずくまった。
その日を境に、絵は完全に禁じられた。
代わりに与えられたのは、終わりのない稽古。
後継ぎとしての期待は重く、内容は以前よりもはるかに厳しい。
床に叩きつけられ、壁に打ち付けられ、何度倒れたか分からない。
それでも泣かない。
叫ばない。
ただ、心の奥だけが、少しずつ削れていく。
雨琉の毎日は、静かな地獄へと変わっていった。