テラーノベル
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「はぁ……マジで、なんだったんだ……アレは」
自宅に戻ってから体を清めてベッドに入っても、思い出すのはあのキスのことだった。
キスなんて、前世での記憶もないし、今世でも皇子から相手にされなかった俺は、誰ともそんな接触がなかった。
というか一生無縁だと思っていたのに、あんなところで経験してしまうなんて考えてもいなかった。
「開放的な気持ちになったから? それとも、たっ……溜まってたのかな」
こんな人を乱すようなことはもうやめて欲しい。
次に変な接触があったらキッパリやめてくれと言おうと思ったが、困ったことにパラディに触れられたのが嫌ではなかったのだ。
触れるだけでの簡単なキス、ただ口が重なっただけだと思えば思うほど、熱くなって、もっと深く繋がりたいという気持ちまで出てきてしまう。
一人で生きていこうと決めたのに、人の温もりを感じたらもうだめで、ズブズブと深い沼にハマっていくような気がする。
俺はため息をついて枕を抱えた。
こんなこと……、だめだ。
これ以上進んだら、きっと自分がおかしなことになってしまう。
ぎゅっと目をつぶって、全て忘れようと思うことにした。
見知らぬ人間がぞろぞろと集まって来て、村の集会所に入っていく。
マレーヌはずいぶん遠くの村にまで声をかけたらしく、普段年寄りの多いうちの村が、たくさんの若者で溢れかえっていた。
酒とつまみを持って集会所に入ると、すでに熱気ムンムンで、盛り上がって踊っている者が見えた。
マレーヌが企画した若者交流会の日が来てしまった。こういった世界でも出会いの場というのは少なく、昨今、結婚しない若者が増えているというのが問題になっていた。
各村に声をかけると、やろうやろうという話が大きくなって、予想を超える人数が集まっていた。
俺は主役だからなんて言われていたが、主催する村の人間なので、結局裏方として酒や食事を運んで、誰かと話すことなく動き続けていた。
会場の中心で、若い男女に囲まれているのはパラディだった。
帝都から来た若い神父、それだけでみんなの期待は爆上がりで、実際のイケメンっぷりはその倍をいく始末で、みんな目をハートにした状態で話しかけていた。
パラディはマレーヌに引っ張って連れて来られた状態で、いつもの愛想のかけらもない真顔で座って酒を飲んでいた。
その様子を見ながら、俺は小さくため息をついた。
どうしても意識してしまう。忘れようとしたのに忘れられない。あの夜のキスはまるで幻だったかのようだ。
なぜ俺にあんなことをしたのか、そのことだけでも言ってもらえれば冗談やノリで済ますこともできるのに。
そう思いながら、チラチラとみんなに囲まれるパラディの様子を見ていた。
「お兄さん、運んでばかりいるけど、ちゃんと飲んでる?」
飲み終わったカップを片付けていたら、背中に声をかけられた。
若い男だったが、もう色んな村の人がいて、どこの誰だか全く分からない。
「さっきからいいなって思ってて。ほら、酒飲みなよ。これ、この葡萄酒は美味いよ」
男が自分の席にあった葡萄酒の入ったカップを俺に渡して来た。
葡萄酒は高級品で貴族が飲むものなので、当然今日は用意していない。持参したのかなと思いながら受け取ろうとしたら、伸びて来た手がカップを掴んで俺から遠ざけてしまった。
「こら、給仕係が飲んでどうする。それに、安物の葡萄酒は悪酔いするからやめておけ。飲むなら、こっちだ」
「パラディ神父っっ」
伸びてきた手はパラディ神父だった。
いつの間にか俺の背後に立っていて、腰を掴んで引き寄せられた。
世話人がべろべろになったら困るからか、葡萄酒は男の元に戻されてしまった。代わりにこの村で作っている米を発酵させたお酒を手渡された。
「これ……子供が飲むくらい弱いやつですけど」
「お前にはこれがちょうどいい。それと、足りないものがあるんだ倉庫へ来てくれ」
「はい、わ……分かりました」
いつも冷静沈着な様子のパラディがどこか気が立っているように見えた。
俺は葡萄酒を勧めてくれた人に楽しんでくれと頭を下げてから、パラディの後を追って倉庫へ向かった。
「フォーク? お皿ですか? 必要なものは会場に出してますから、ここには……」
「ラン……」
この時間倉庫は誰もいない。
地下の冷んやりとした空気に少し身震いしていたら、腕を掴まれて気がついたらパラディの胸の中にすっぽり包まれていた。
「なっ……何を!? なに? どうしたんですか?」
「お前は人の気も知らないでふらふらと……」
「へ? なに? なんの話?」
思わず軽く抵抗して胸を押してみたが、力強い腕は太くてビクともしなかった。
倉庫内の棚の奥に押しやられて、背中が壁になって逃げ場がなくなってしまった。
どうしていいのか途方に暮れていたら、パラディの手は俺の背中を這って、ゆっくりと下に降りてきてしまった。
「ぁぁ……んっっ、な……なに?」
背中を這われる感覚でゾクゾクっとしてしまったが、その手は俺の尻を掴んでゆっくりと揉み込むように撫でてきた。
「パラディ……しん……何を……やめてくださ……」
「しっ、静かに」
「んんっっ」
抗議しようとしたら、顎を掴まれて唇を塞がれてしまった。あの夜の優しいキスとは違う、何もかも飲み込まれるような深いキスに声も思考も奪われた。
程なくしてドカドカと足音が聞こえてきた。
誰か倉庫に来たのかと思ったが、小さく舌打ちの音が聞こえてきて、今度は足音が遠ざかっていった。
人の気配がなくなってから、パラディの唇はそっと離れていった。
「しっ……神父! 急に何をするんですか!?」
「しばらくここにいろ、鐘が鳴ったら会場に戻れ」
「はい!? なっ、え? ちょっと!!」
質問には答えず、耳元で訳の分からない指示を出して、パラディは颯爽と倉庫から出て行ってしまった。
残された俺は口元を手で押さえて、ズルズルとその場に座り込んだ。
信じられない。
なんであんなことを……
戯れや冗談にしては、真剣な顔つきだった。
もしかして、神父は俺が好き?
他の男に声をかけられているのを見て、思い余って倉庫に連れ込んだのか……?
「いや……まさか、そんな……」
思えばパラディによく見られていると感じることはあった。熱烈な視線というより、上司として部下の働きぶりを見るといった感じなので気にはしていなかった。
しかしそう考えると、愛情表現にしてはどうもサッパリとしているし、普段の無愛想ぶりは変わりない。好かれたいと思うなら、もっと優しくとかするべきだろう……
「……って、何考えたんだ、俺。これじゃ……優しくされたいみたいじゃないか……」
自分の考えに顔が熱くなって、足の力が抜けてしまった。パラディに言われた通り、すぐに会場には戻れずに、その場でうずくまった。
終わりを知らせる鐘が鳴った頃にようやく動くことができた。
会場に戻ると、帰る人もいたがまだ飲み足りないと騒いでいる連中も残っていた。
どっと疲れが押し寄せてきて、机に手をついていたら、ぷりぷり怒った顔のマレーヌが近づいてきた。
「ラン! どこにいたのよー。お勧めの羊飼いのジョンは帰っちゃったわ。紹介しようと思っていたのに」
「ごめんなさい。ちょっと疲れて休んでて……」
「確かに、ちょっと顔色が悪いわね。今残ってるのは、相手がいるやつがほとんどだし、片付けは任せて先に帰って」
「ありがとうございます。そういえば……さっき倉庫に誰か行きました? 何か探し物でもあったのかな」
「倉庫? そんなところ誰が行くのよ。飲んでたやつがトイレと間違えたんじゃない?」
パラディとキスをしている時に、誰かが来たような気がしたが、迷い込んだ人だったのだろう。
気にすることもないなと思いながら、残っている皿だけはまとめて帰ろうとテーブルに向かった。
「おい、ザニ村の話を聞いたか? あそこは下流だから、少し前から何度かあるらしいぞ……」
「身元は分からないらしいが、どう見たって余所モンだよ。帝国から流れてきた罪人だろう。まったく迷惑なもんだ」
残った連中が何やらヒソヒソと話をしていた。罪人という言葉に耳が反応してしまったが、俺のことを言っている様子はなさそうだった。
何か事件でも起きたのだろうかと、片付けをしながら耳を傾けた。
「それが見たところ目立った外傷がないらしくて、こりゃ素人の喧嘩じゃなさそうだって。駐屯所に連絡したけど、村で処理しておけって指示で誰も来ないらしい」
「ひどい話だ。帝都の揉め事はそっちでやって欲しいな。ましてや死体の処理なんて……」
ガシャン。
衝撃的な言葉が耳に入ってきて、思わず手が滑ってしまった。幸い皿は割れなかったが、派手な音が出てしまった。
話をしていた村人達もこっちに注目しているので、慌てて頭を下げてから集会所から逃げるように外に出た。
こんなのどかな所で変死体だなんて、何が起きているんだろう。
心臓がバクバクと鳴って不安が体を包んでいく。
俺の知らないところで、何か起きているのだろうか。
考えを巡らせてみたが、今俺がいるのは物語のその後の世界だ。
主人公と皇子が結ばれてハッピーエンド、二人は末永く幸せになりました、おしまい。
描かれたのはそれたけで、物騒な事件など何一つ知らない。
「もしかして、殺人鬼が村を襲いに……、そんなホラーな話ありかよ……」
ガサっと音がして、驚いた俺はひぃぃと掠れた声を上げた。
恐る恐る集会所の建物の影を見ると、そこからヌッと出てきたのはパラディだった。
「な……なっ、驚かさないで……こんな所で何を……」
「散歩だ」
「さ……散歩」
「帰るぞ。今日は遅いから、ランの家に泊まってもいいか?」
「いいですけど……変なことしないでくださいよ」
先ほどのこともあり警戒の目を向けると、フッと笑ったパラディは俺の頭を撫でてきた。
最近自然な微笑みをよく見せるようになって、その度にドキッとしてしまう。
「それは、誘っているのか?」
「なっっ!? エロ神父!」
「はははっ、そう言われると期待に応えなければ」
「いっ……いいですからっ、もう!」
こんな冗談を言うタイプではなかったはずだ。やっと打ち解けてくれたのかもしれないが、打ち解けすぎだろうと頭を抱えた。
近隣の村で起きた恐ろしい事件に怯えていたが、パラディの変なキャラ変のおかげで、そのことは頭の端に追いやられた。
俺の相手を見つけようとマレーヌが企画してくれた交流会だったが、俺以外のカップルはたくさん誕生して大盛況で終わったらしい。
不穏な色を静かに隠したまま、またいつもの日常に戻った。
しかし、俺とパラディの関係は明らかに違うものになった。
コメント
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第5話読了です……! もう、倉庫シーンがすごくてドキドキしちゃいました。パラディ神父、キスのあと何事もなかったかのように去っていくの、ずるすぎますよ😭 でも、ランくんも嫌じゃないのがまた……沼ってる自覚があるのに抗えない感じ、好きです。交流会で他の男に声かけられただけで連れ込むとか嫉妬?って思っちゃいました。不穏な死体の話も気になります!次が待ち遠しいです!