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「あのね、泉。私、もうかぐやの真似するのやめたんだ」
図書室で、私は月森 泉にだけ、ポツリと告白した。
家庭科室でかぐやの作品に水をこぼした事件以来、私の中の劣等感はピークに達していた。
「そう。良かったわ」泉は難しい星の専門書を読みながら、目を離さずに言った。
「貴女の『お姫様ムーブ』は、見ていて痛々しかったもの」
「うう、泉は容赦ないなぁ」
私は泉の隣に座り、ため息をついた。
「でもさ、私って結局、何ができるんだろう。賑やかすこと?笑いを取ること?それって、かぐやの持ってる『正確さ』や『優雅さ』に比べて、なんか価値がない気がして」
泉はそこでようやく本を閉じ、私の方を向いた。その瞳は、まるで静かにすべてを映す水面のように澄んでいた。
「花千夢。私、貴女たち姉妹をずっと観察しているの」
「か、観察!?」
「そう。私はね、輝夜乃を観測者、貴女を彗星と評しているわ」
泉は、静かに、そして真剣に語り始めた。
「輝夜乃は、観測者よ。彼女は、完璧なデータ、完璧な計画、完璧な軌道の上を動く。彼女の行動に一ミリの狂いもないのは、彼女が自分の世界と、外界を区別し、常に正しい道を選んでいるから。彼女の持つ『優雅さ』は、彼女の『防御壁』でもあるの」
「防御壁?」いつだかもそんなこと言ってなかったっけか?
「ええ。完璧でいることで、誰も彼女の弱さに触れられない。誰も彼女を傷つけられない。彼女が『お姫様』でい続けるのは、彼女自身が孤独になることを選んでいるからよ」
泉の言葉は、私の知っている「優雅なお姫様」のイメージとは真逆だった。かぐやが孤独?みんなから尊敬されているのに?
「じゃあ、彗星の私は?」
「貴女は彗星。予測不能で、軌道はいつも定まらない。でも、貴女が夜空を駆け抜ける時、皆が空を見上げる。貴女の明るさ、その勢いは、時に人を驚かせ、笑わせ、そして、無意識のうちに人を惹きつける。貴女の周りにいつも人が集まるのは、貴女が自分の心を隠さず、全力で感情を爆発させるからよ」
泉は、私に向かって手を広げた。
「あのね、花千夢。学園祭で、かぐやが作っている完璧なシフト表は、誰も笑わせない。誰も感動させない。でも、貴女が描いたあの超新星爆発の絵は、皆の心を動かすのよ」
「でも、私が描いた絵は、めちゃくちゃ大雑把で、プロみたいに正確じゃないよ?」
「正確さじゃないわ。熱量よ。貴女の絵には、貴女の全力が詰まっている。かぐやの才能が『正確な美』なら、貴女の才能は『感情の美』よ」
泉の言葉は理路整然としていて、かぐやの言葉よりも説得力があった。
だけど、私には自分の不器用さが価値あるものだとは、どうしても思えなかった。
「でもさ、彗星って、いつか燃え尽きるんでしょ?燃え尽きたら、何も残らないじゃん。北極星はずっと、そこにいるのに」
私は、自分の存在が、いつか皆に飽きられて、忘れ去られるのではないかという、漠然とした不安を口にした。
泉は、静かに私を見つめ、深いため息をついた。
「…貴女、本当に自分のことを見ていないのね。
貴女が本当に劣等感を抱いているのは、自分自身の制御不能な部分でしょ?」
その言葉は、図星だった。
私は、衝動的で、すぐに失敗し、感情のままに行動してしまう自分が大嫌いだった。
かぐやの完璧な制御が、私には何よりも眩しかったのだ。
「私、かぐやみたいに、静かに、優雅に、完璧に、皆から尊敬されたいんだよ」
「それは、貴女の望む『愛され方』が、輝夜乃の形に固定されているからよ」
泉は再び本を開き、読み始めた。
「自分の価値は、他人の定規で測るものじゃない。貴女の持つ『勢い』は、誰にも真似できない才能なの。
それを『不器用』だと嘆くのは、自分自身に失礼よ」
泉の「彗星軌道論」は、私の心に深く突き刺さったが、納得はできなかった。私は、やはり、完璧な地図と、静かな軌道が欲しかった。
【第6話 終了】
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