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「あら、クィーバーちゃんがいないじゃない」
「あれ……ほんとだ」
アイリスに服の裾を引っ張られて見てみると、クィーバーの席は空いていた。
もう夕食の時間。彼女はいつも時間より少し早く来るから、わざわざ確認していなかったのだが。辺りを見渡しても、彼女の姿はない。
「……誰か、なんか聞いてない?」
「寝てるんじゃない? 呼んできなよ!」
上機嫌にシチューを皿によそうアップにそう言われて、俺は席を立った。
「早く来ないと、なくなっちゃうよ!」
「もぐもぐ!」
「とっておくとかしろよ……」
アップの声援(?)とソケットの咀嚼音を背景に、俺は部屋を出てクィーバーの部屋に向かった。
さほど離れていなくて、すぐその場所に辿り着く。
「クィーバー? もうご飯の時間だよ」
彼女の部屋の扉をノックして呼び掛けるが、返事はなかった。誰もいません、とばかりに静寂が返ってくる。何度か同じ事をやってみたけど、相変わらず反応はない。
(寝てるのか……?)
こんな時間に? と疑問に思ったものの、すぐに思い直す。
クィーバーはとても働き者だ。この世界で、皆が快適に暮らせるように努力している。あくせく頑張っているのだから、疲れて寝てしまっても不思議ではない。
とはいえ、このままじゃ夕飯を食べ損ねてしまうだろう。流石に起こしたほうがいい。
「クィーバー? 入るよ?」
俺は扉を開けて、彼女の部屋に足を踏み入れた。そういえば、入るのは始めてだったな──と思いながら、部屋を見渡す。
病室みたいな、清楚で片付いた部屋だった。どこもかしこも、白や薄い水色やベージュ色。クィーバーの部屋と言われて、非常に納得がいく。
しかし、電気は点いているのにクィーバーの姿はなかった。仕切りのカーテンを捲ってベッドを覗くが、誰もいない。
シーツの上には、彼女がいつも着ている白い病衣が置いてあった。俺は無意識にそれを手にとって、綺麗にたたみ直して戻す。
──あれ、この服がここに置いてあるってことは、クィーバーは今……
漠然と答えが頭を掠めた瞬間、背後で物音が鳴った。後ろは壁だが、入口とは別の白い扉があって、その扉が開いた音が──
「えっ」
「……あ」
クィーバーが、いた。視線がかち合って、俺は思わず硬直する。
彼女は一糸纏わぬ姿で、タオルで顔を拭いていた。あぁ風呂に入ってたのか、だから来なかったのか、と──
「きゃあああ!?」
「もげっ!?」
ほどなくして、クィーバーはタオルを俺の顔面に投げつけてきた。弾丸の如くぶつかり、俺は尻餅をつく。
「な、なっなんでっ、なんでいるの!? バカ! ヘンタイ!!」
「ち、違っ……呼びに来ただけだって!」
俺は焦って視界を覆うタオルを取ろうとした──が、クィーバーが何も身に着けていないことを思い出して、また硬直せざるを得なくなる。
「呼んだのに返事しないのが悪いんだろ!?」
「だ、だって聞こえなかったし……」
クィーバーの涙声と、布擦れ音が聞こえる中、俺は大人しく待っていることしかできなかった。その間、彼女はソケットを上回る罵詈雑言を吐き散らしている。
素顔までは見えなかったが、普段は見えない部分が脳裏にちらついて離れない。濡れたタオルから、彼女がいつも纏ってる香りが漂ってくる。
気が気じゃない。時間が経てば経つほど、正気が削がれていくような感覚に陥る。
しかしやがて、タオルはクィーバーの手で剥ぎ取られた。
赤面した彼女と視線がぶつかる。服は着たもののまだ怒鳴り足りないようで、羞恥混じりの高圧的な視線が俺の目を刺した。
「…………クソガキ」
「わ、悪かったって……」
会話を長引かせても不都合しかないから、大人しく引き下がる。さっきの光景を思い出すだけで半殺しにされそうで、必死に考えないようにしていた。
クィーバーは溜息を吐いて、近くの棚からドライヤーを取り出す。
「私は後で食べるから。先に行って」
「はい……」
冷たい声でそう言われたので、俺は素直に立ち上がる。視線を彷徨かせながら、早足に部屋から出た。背中で扉を閉めてから、額の汗を拭う。
「は……」
気もそぞろに、壁に手を付きながら数歩歩いた。
視界に映ったクィーバーの姿はあまりにも赤裸々で、美妙で──俺には過ぎた光景だった。
脳がふやけてくる──いや、この事を考えるのはやめよう。彼女には後でちゃんと謝って、そしたら全て忘れればいい。お互い、そうするのが最適なのだ。
頭を横に振って雑念を振り落としながら、俺は皆の所に戻ることにした。
ひとまず──クィーバーとの関係が悪化しないといいけど。
✸ ✸
「あら、クィーバーちゃんじゃない」
「あはは……遅れてごめん」
いつもの集合場所に着くと、アイリスにそう声を掛けられた。
私ははにかみながら、自分の席に座る。一応、私の分の夕食はタウルスが確保してくれていた。
「遅かったけど、何かあったの……?」
「あ、いや……なんでもないよ」
タウルスの言葉に返事しながら、テーブルを見渡す。イースターは、こっちを見ていない──というか、明らかに顔を背けて、こっちを見ないようにしていた。
──き、気まずい……。
私はぎこちなくスプーンを取り、シチューを少しかき混ぜる。
半端な時間に寝てしまって、寝汗を掻いたからシャワーを浴びていた。水の音で外からの声に気付かなくて、身体を拭きながらベッドに戻──ろうとしたら、イースターと出くわしてしまった。
動揺しすぎて記憶が曖昧なんだけど、なんか物凄い罵詈雑言をぶつけたような気がする。
今思えば、私が声に気づかなかったのが悪いとか、鍵を掛けておけばよかったとか、自己反省すべき点は幾つも思い浮かんだ。
ただ呼びに来たイースターにとっては不遇すぎる出来事だったと思うから、少し申し訳なくなってくる。しげしげとシチューに口を付けながら、ふとさっきの光景の一部を思い出した。
私が投げたタオルの下で、落ち着きない様子で硬直してたイースター。
焦って赤面して、目を逸らしてたイースター。
彼にしては珍しい、稚気を帯びた言動。
(……ちょっと、可愛かったな……♪)
──……って、こんなこと考えたら駄目だ。
とりあえず、後で謝っておこう。
これで関係が悪化しないといいんだけど。