「小さな彼氏」

「小さな彼氏」

🔞ショタ🟦✕🏺

付き合ってそこそこ経ってるし、やることはやってるけど恋人らしいことはあまりできていないな、くらいの温度感の二人

※ショタおにです。おにショタではないです。嫌な人はUターンよろしくお願いします。

1

久しぶりに降り立つ地面は思ったよりも硬く、踏みつける靴底にも違和感がある。

青井は駐車場の奥にヘリを乗り捨て、階段を登り署内に入る。どうせまたすぐに使うことになる。屋上に行くことすら面倒くさかった。

「……あ～～疲れた」

臓腑まで出そうなほどの盛大なため息が出た。

ヘリを飛ばすのも、サーマルを見るのも身体の一部のようなものだとしても、さすがに3連続で現場をこなすのはしんどかった。ヘリを降りる暇すらなかったのが幸いし、ややこしい牢屋対応は同僚に任せることができた。せっかく捕まえたギャングに減刑などとゴネられたら平静でいられたか怪しいほどには青井は疲れていた。

とにかく彼に会いたかった。この辛さを吐露できるのは先日思いが通じて付き合い始めたつぼ浦しかいない。しかしステートを見ると残念ながらまだ出勤していなかった。

頭に水をかけられたようだ。冷静になると疲れていたとはいえ、ただの愚痴を吐くためだけに呼びつけようとした自分が許せなかった。頼みの綱も奪われガックリと肩に重みがのしかかる。

まだ昼を過ぎた頃だ、どうせまた大型犯罪は発生する。束の間だけでも休憩はさせてもらおうと青井は2階の休憩所へと足を運んだ。運ぼうとしたはずだった。

備品庫から出てきたひのらんとオルカの目の前で先を歩いていた青井の姿が消えた。正確には服だけがその場にばさりと落ちた。

「ら、らだおー？！」

強制瞑想のときに銃だけが落ちる歪みはいつものことだが、服だけが落ちるのは見たことがない。慌てて近づくと積み上がる服の山の上に乗っていた鬼のヘルメットがぐらりと動く。

「……う？」

服の山から突き出した小さな手が重そうにヘルメットを脱ぎ捨てる。ひょこりと現れたのはふくふくとしたほっぺたに大きな空色の目、紺色の髪の男の子。

「うそ？！まさからだお……らだおなのか？！」

「ええーーー？！か、かわいい！らだちゃんパイセンかわいいっす！！」

床に座ったままきょとんとしている青井の前にひのらんはスライディングする勢いで駆け寄る。ちょっと怖いタコスの顔に臆することもなく、青井はただ驚いた顔であたりをキョロキョロと見回している。

『みんな！何を言っているか本当にわからないと思うけど、らだおが小さくなった！！』

本当に何を言っているかわからないオルカの無線に、驚愕の声が無数に返ってきた。

＊

すごい速さでロビーに駆けつけた署員たちに、小さくなった青井は取り囲まれていた。

「そんなぁ、らだお先生、こんなにちっちゃくなっちゃって……何歳くらいだろう」

「うーん、４〜５歳かな。こんな小さい頃からしっかりした顔してるね」

さぶ郎とミンドリーは遠巻きに青井を見る。柔らかそうな紺色の髪の毛は今よりも長く、年相応の幼い顔立ちだが今に通じる利発さがある。澄んだ空色の目をぱちくりさせて、写真を撮ったり、ほっぺを触ろうとする同僚のことを眉をひそめて見ている。

「お名前は？言えるかー？」

「あおい……らだお、です」

オルカに迫られて青井は消えそうな小声で答えた。

「言えたー！かわいい！！」

「あのらだおが可愛く見えるなんて、なんか悔しいぞ！」

「らだちゃんパイセン、お願いです！一回でいいから！！」

ひのらんが頬に手を伸ばすと、青井は嫌そうな顔でその手から逃げる。後ろに立っていたまるんにぶつかってその場にぺたんと尻餅をついた。

「ちょ、ちょっと、可哀想だよ。可愛いのはわかるけど下がって下がって！」

まるんになだめられてオルカとひのらんは本当に悔しそうな顔で立ち上がり、渋々距離を取る。

「らだおくん、怖がらなくていいよ。ここにいるのはみんなおまわりさんだからね」

「おい、我だぞ、わかるか？皇帝だ！みんなお前の仲間だぞ！」

入れ替わりにしゃがみこんだ黄金世代の二人、ミンドリーと皇帝に顔を近づけられ、しかし余計に困惑の二文字を顔に刻んでいる。

「ダメだよミンドリーさんは、たぶん、ちょっと怖いもん」

「そう？！怖いか、そうかぁ……」

さぶ郎に言われてショックを隠しきれずミンドリーはトボトボと離脱する。確かにサングラスな上に腕にたくさんお絵描きしてあるのは子供からすると怖いかもしれない。

やいのやいのと騒ぎ立てる大人たちに囲まれながら、青井はキョロキョロと何かを探すようにあたりを見回していた。タイミングよく無線に爆音の挨拶が飛び込んでくる。

『特殊刑事課つぼ浦匠、On Dutyｨ！！』

元気な挨拶が誰かの無線機から音漏れし、ついでにそう遠くないところから生声も聞こえてくる。それを聞きつけて青井の目が輝いた。

「……つぼー、ら？」

小声で呟くと立ち上がり、取り囲む大人たちの隙間から外の様子を伺う。

いつものように休憩室のソファーで起きたつぼ浦が階段をのそのそと降りてきた。ロビーにできた人だかりと、その間から顔を出した小さな青井を見つけるなり眉間にシワを寄せる。

「ン？なんだぁ？なんでガキが本署にいるんだ？」

「た、匠、びっくりしちゃうから……」

しかし諌めようとしたオルカの横を通り、青井がつぼ浦の方へとトコトコ走り出した。だがほどなくして自身のブカブカの服の裾を踏んで盛大に転ぶ。ギャラリーから悲鳴混じりの声が上がる。

「オイなんだよ、大丈夫か？」

流石に目の前で転んだ子供を無視できるほどつぼ浦は薄情ではない。目の前に膝をつくと、襟首を掴んで身体を引き起こす。

現れたのはどこかで見たことのあるような顔の子供。紺色の髪、空色の目、顔から転んだので鼻の頭が赤いが穏やかな目尻にマシュマロのようなほっぺた。

「こん、にちは、おにいさん……」

「……ン？」

幼子らしく甲高く、しかし丸みのある呑気な声。つぼ浦の中で何かが繋がりそうで繋がらない。

「つぼ浦、それらだおさんだよ」

「それってどれのことだ？」

「匠が今首根っこ掴んでる」

「ああ、服のことか」

「服の下の、その子供のことだぞ」

まるんとオルカに言われ、怪訝そうな顔でつぼ浦は子供の顔を見る。そして気づく。着ているのが青井の水色の半袖であることに。

「え！本当にアオセンなんっすか？このガキが？！」

驚いて手を離すと青井は体制を崩し、不愉快そうにつぼ浦を睨みつけてくる。つぼ浦は呆気にとられて他の面々を見回すが、全員がウンウンと頷く。

「走って顔面からコケてんのに？本当にアオセン！？」

半信半疑で両手でほっぺたをつまむ。ふに、と思ったより柔らかく伸びる感触に驚いていると、青井は無理やり手を振り払ってつぼ浦の肩を小さな手でポコポコ叩く。

「突然オルカたちの目の前で身体が縮んじゃってな。記憶も戻っちゃってるみたいでさ、匠に頼んでもいいか？特殊はヒマ……いや、市民対応が一番だろ？」

「アァ！？」

「さっき署長が市に連絡してくれたから、どうなったか聞きに行ってみてくれよ」

「はぁ？！」

キセキの世代の二人に半ば押し付けるように次々言われ、つぼ浦は思わず立ち上がる。しかし近づいて反論する前にハーフパンツをぐっと掴まれた。

頬を膨らませ、何かいいたげにつぼ浦を見上げている小さな青井と目があった。そのあどけない目線がぎゅっと心の柔らかいところを掴む。

「名前以外誰ともおしゃべりしてくれなかったのに、つぼ浦くんに懐くとはねぇ」

「そ、そうなのか。な、なんでだろうな」

ミンドリーにしみじみ言われ、つぼ浦は引きつった顔でごまかすことしかできなかった。

2

「市に問い合わせたんだが、最近起きてる歪みみたいでなぁ。何かが極端に不足すると身体が子供になってしまうらしいんだ」

「隠しステータスのゲージが減る感じですか」

「まぁそうだな。……ん？ゲージってなんだ？」

「署長、滅多なこと言わないでくださいよ」

「えーっと、何の話だったかな。そう、らだおくんの場合は甘えが足りないからそうなっちゃったらしくてな？子供らしく、誰かに甘えていればそのうち治るそうだ」

署長室にて。馬ウアーからざっくりと説明を受けたつぼ浦は、ハァ、とだけ答えた。

足元ではずいぶん小さくなった青井がダボダボの服を着て足につかまっている。いつもの水色の半袖も裾を引きずるほどだ。

つぼ浦はその顔をしげしげと見る。今の本人が童顔ということもあるが、言われてみればしっかりと面影があり思わず笑みがこぼれた。紺色の髪は細くふわふわで、空の悪魔の幼い頃と言うにはあまりにも天使だ。

「つまりガチの幼児退行的なことですか、中身だけじゃなくて全部が」

「まあ、そうなるのかもしれないな」

「あの鬼、いや悪魔がですか？昨日も笑いながらブレードキルしてましたよ」

「そうなんだよな、言葉にするとヤバいんだがまあ実際起きてしまったのでなぁ。しかしらだおくんもなんでつぼつぼに懐くかねぇ……一番面倒そうな……」

最後の方はボソボソとした小声だったが、つぼ浦は聞かなかったふりをした。

つぼ浦は青井としばらく前から付き合っている。しかしそれを誰かに言ったことはなく、運良く誰にもバレていない。この小さくなった青井には大人の記憶はないかもしれないが、それでも自分を選んでくれたことが嬉しく、そして変なことを言い出してバレやしないかと不安だった。

見下ろすと青井が小さい手を伸ばしていた。手を繋ぎたいのか、と察するが身長差が大きすぎてかがまないと辛い。つぼ浦は脇に手を回して青井を抱き上げた。いつも自分を押し倒す体重から比べると驚くほど軽い。子供らしいふんわりと甘い香りがした。思わず庇護欲がかき立てられ、小さくなった恋人の髪に無意識に顔を近づける。

「まあそういうわけで頼むよ」

「ハイ」

馬ウアーに言われて我に返る。このままいくらでも子供らしい体温を享受していられるが、それをやるのは今ではない。

「つーわけでよろしくな。そういや言ってなかったな、俺がつぼ浦匠、特殊刑事課No.1だ。こっちが署長」

「つぼーら、しょちょー」

自己紹介を聞いて、青井は舌足らずに名前を呼びながらそれぞれの顔を指さす。

「おいおい、馬ウアーって呼んでくれよ」

「ばうあー」

「いや～あのらだおくんが天使みたいだな～」

孫とでも出くわしたかのように馬ウアーはニコニコしている。いまにもポケットから飴でも出てきそうだ。

「おい、買ってきたぞ。らだおくんの服だ」

ドアを開けてキャップが紙袋片手に入ってきた。

「ありがとうございます、さすがですね」

「子供服なんか知らんからセンスは期待するなよ」

「はい、当然です」

「何ィ！？なんだって！？」

「そうだアオセン、この人は赤ちゃんキャップだ。アオセンより年上なのに年下だぞ。赤ちゃんだからな」

「おとなじゃないの？」

「ン～～否定しにくい説明をするんじゃない！」

メタの狭間で苦しむキャップを置いて、つぼ浦は青井を抱きかかえたまま更衣室に向かった。

とりあえずベンチに腰掛けて、キャップが持ってきた紙袋の中から服を取り出す。見るからに小さい子供用の服があの服屋にあったことに感謝した。

「アオセン、服脱げます？」

つぼ浦に言われて青井は大きすぎる自分の服を脱ごうとする。しばらく奮戦していたが、袖から抜いた手がなぜか襟から出てきたあたりで諦めたように俯く。

「……むり」

「えーっと、バンザイできます？」

大人しく両手を上げたので水色の半袖を持ち上げて脱がせる。キャップが買ってきたのは無難な青いTシャツだった。少しサイズが大きいが、やっと身の丈にあった服を着れて青井は自分の体を見回している。

「じゃあこれも……」

次はパンツも履かせてやろうと脇に手を入れて身体を持ち上げると、青井はジタバタ抵抗した。

「それ、着れる！」

パンツとズボンをひったくったので、つぼ浦は大人しく履くのに奮闘するさまを見守る。途中、ひっくり返りそうになったが無事黒いズボンを履き、小さな靴も履くことができた。

着替える最中にちらりと見えたが、いつも自分を気持ちよくさせてくれるモノが随分小さくなっていて、つぼ浦は思わず笑ってしまった。

普段なら飄々としていて、何かと優しくリードしてくるのに今は自分がこの小さな恋人を守らないといけないのだ。

「って、甘えれば治るって言われてもな」

つぼ浦はため息をつきながら更衣室から出た。廊下に出るなり、青井は同僚たちからかわいい～！の声で歓迎される。しかし頭を撫でられたり頬をつんつんされる前に、殺気を感じ取って素早くつぼ浦の後ろに隠れた。今でこそ人見知りどころか人たらしだが、子供の頃は意外とこんな感じだったのかな、とつぼ浦は恋人の過去に思いを馳せる。なにより他の人には懐かず、自分だけを頼りにしてくれるというのは気持ちが良かった。

「アオセン」

「ん」

「アンタに元に戻ってもらうために、甘えてもらわないといけねぇんだが」

「だっこ」

話を聞いて理解したのかしていないのか、青井は両手を広げてつぼ浦をじっと見つめる。

「ハイハイ、……こんなんで治んねぇよな」

体を屈めて両脇に手を差し入れて、身体をぐいっと持ち上げた。首に回される腕は短く、うなじに触れる手はとても熱い。顔のすぐ横に小さく丸い頭がある。耳に触れる柔らかな髪の、その感触に思わず頬を寄せたくなるが、それより先に青井が肩にぎゅっと顔を埋めた。

それだけで満たされるような気分だった。疑いもなく体重を預けるさまが、自分を全世界と信じるような仕草が無尽蔵の愛を呼び起こす。

だがつぼ浦が満たされても意味がない。こんなところを誰かに見られないように、抱っこしたまま足早に２階への階段を登る。

「こんなちっちゃくなっちまってよ、アンタ、将来すげぇ人になるんだぞ？」

「すごい……ひと？」

「そうだぜ。そうだ、だから今のうちにネタバレしてやるよ」

きょとんとした顔の青井を抱いたままつぼ浦は屋上へと向かった。

外は晴天で、柔らかな日差しが二人を迎える。青井をゆっくり降ろしてつぼ浦はヘリポートに警察ヘリを出した。

「ヘリコプターだ！」

青井は両手を広げて大喜びで駆け寄っていく。

マーベリックはつぼ浦の身長でも決して小さくはないが、せいぜい身長1m程度の青井からすると恐竜ほどの大きさに見えているのだろう。ぐるぐると周りを見て回ってから先頭に回り込み、鼻先をジャンプしながらぺちぺち叩いている。

「かっこいいなあ」

「そうだぜ、アンタ将来これに乗るんだぞ。乗ってみたいか？」

青井の目がパッと輝いた。昨日もつぼ浦が退勤してもなお、そして今日もこの歪みが起きる直前まで青井はこれに乗って働いていた。ヘリはもはや青井の手足にも等しい。空を飛べない悪魔はただの呑気なお人好しの鬼だ。この小さな青井にも空を見せたい、つぼ浦はそう思った。

ステップに足をかけて先に乗り込もうとしたとき、後ろから疑問の声がした。

「つぼーら、うんてんできるの？」

「……やめとくか！落ちたら洒落にならねぇ」

一瞬考えてからつぼ浦は足を降ろした。こんな異常な歪みを抱えてダウンしたら何が起きるかわからない。なによりこの姿の恋人が傷つくところは想像するだけでも心が砕けるようだった。

「へたなの？」

「ぁあ？！特殊刑事課に不可能はないぜ！ないんだけどな、ホラ、でっかい乗り物は子供には危ないからな」

「ビビってるの？」

「……チクショウ、ガキのくせに達者だぜ、言葉が」

普段なら言い返しているところだ。しかし子供相手に暴言を吐くのは気が引けてつぼ浦は渋々引き下がる。

ヘリを格納してから戻ると、青井は階下に降りるドアの横の壁に書かれた「見てるぞ」という巨大なペンギンの絵に蹴りを入れていた。近づいてきたつぼ浦に気づくと素知らぬ顔で蹴った汚れの前に行儀良く立つ。

「ン？なんか蹴ってたか？」

「ううん、けってないよ」

「そうか？ならいいか。あとはだな……そうだ！」

つぼ浦はおもむろに背負っていたバットを手に取る。

「あとな、特別に俺のバットを貸してやるよ」

男の子の好きなものといえばでっかい乗り物とスポーツだ。鈍色のバットを見せられ、青井は目をぱちくりさせている。

「つぼーら、やきゅうのひとなの？」

「ああ、そうだぜ。悪い奴らの頭をまとめてな、これでホームランするんだよ！」

カキーン、と音がしそうなほどきれいなフォームで素振りをしてみせた。青井はぱっと花が咲いたように笑う。

「わるいやつなぐるんだね」

「そうだぜ、これ一本ありゃどんな難事件でも解決できるんだぜ！」

「ふーん、やきゅうするんだ、としゅきゅ……」

「とくしゅけいじか、だぜ。この街のエリート部隊だからな、いくらアオセンが大人になってもここには入れねぇぞ」

「はいれないの？」

「ああ、こればっかりはな。その代わりアオセンは特等席で見れるぞ、活躍を」

「やきゅう、みれるの？！」

「そうだぜ、野球みたいなもんだな。だからこの特別なバットをな……」

つぼ浦は大きな目をきらきらさせる青井の前にしゃがんでその手にバットを握らせた。

「ほら、持てるか？」

「ん～っ、おもい」

「こんなんでもガキには重たいのか。ほらこうやって、構えて……」

つぼ浦は青井の小さな背中に回って後ろから手を添えて一緒にバットを持つ。そして振りかぶり、思いっきり振り切った。

「ギニャーーーーッ！！！」

奇跡的なタイミングですぐ横のドアを開けて出てきたキャップのすねを、振り切った金属バットが見事にホームランした。

「ああキャップ、お疲れ様です」

「イテテテテ！！どこで何をしてるんだお前ら！」

「アオセンなら喜ぶかと思って。アオセン、これがテーザー銃だぜ。これで悪いやつをな……」

今度はテーザー銃を手を添えて持たせる。重たい銃は青井だけの力ではほとんど構えられないのに、手を支えられぐらぐらと揺れる銃口がなぜかキャップの方を正確に向く。

「アオセ～ン、ダメっすよ人を狙っちゃ」

「あっこら！お前だろ狙ってるのは！！」

「んなわけないじゃないですか！あー引き金はまずいっすよアオセンー！」

「ギャーーーーーーーッ！！！」

子供の力で引けるはずもない引き金が引かれ、電撃を浴びてキャップは床に倒れてビクビクしている。

一連の特殊刑事課らしいコントを見て青井は甲高い笑い声を上げる。後ろのつぼ浦に背中を預け、しゃっくりが出るほどに笑い転げている。

麻痺が抜けて立ち上がったキャップも無邪気に喜ぶ青井を見て、振り上げたかった拳を渋々下ろす。

「せめてもうちょっと子供らしい遊びをさせてあげなさい」

「なんすか子供らしい遊びって」

「らだおくんはなんて言ってるんだ？」

「アオセンは何がやりたいんですか？」

つぼ浦は腕の中の青井に問いかける。

「たのしいよ、すごく」

空の悪魔はどこへやら、天使のような可愛らしい笑顔が答えた。大人のときにも見たことがないほど、掛け値なしに満面の笑顔だ。つぼ浦は心の柔らかいところが満たされるのと同時に、そこはかとない寂しさも感じた。

何も覚えていないはずなのになぜか都合よく自分に懐いてくる青井は可愛かった。しかしつぼ浦を愛し、つぼ浦が愛した青井はこの子供ではないのだ。

「でもなぁ……ああそうだ、どこか行きてぇところとかあるか？」

「う？」

「なら私の牧場はどうだ？牛さんがいっぱいいるぞ」

「……やだ」

「嫌だよなぁ牛の匂いなんて！俺のかっこいい車に乗せてやるよ、どこでもいいぜ！」

「かっこいいくるま？」

「そうだぜ、オープンカーだぜ。外の空気吸い放題だぞ。あと光とかも浴び放題だ」

青井はきょとんとして、しばらく考える。そして顔をぱっと上げた。

「ん、海！」

「海ィ？そんなんでいいのか？」

「つぼーらといってみたい」

「なるほどな、近くに遊園地もあるし、いいんじゃないか？」

「ああ、そういえばそうでしたね」

客船強盗のときに素通りするだけで、あの遊園地を遊園地として利用したことはつぼ浦にもなかった。キャップに指摘されるまで忘れていたほどだ。

遊園地と聞いて喜ばない子どものほうが珍しい。青井はぴょんと跳ねてつぼ浦の手を掴んだ。

「ゆうえんち！？いきたい！」

「っしゃ決まりだぜ！アオセン、ほら、肩車してやるぜ！」

階下に続くドアを開け、しゃがんでみせる。光が散るかのように顔をほころばせ、青井はその背中に飛びついた。

「つぼーら、すごい！たかーい！」

「おっとっと、おら行くぞ！！」

肩にかかる足を押さえ、バランスを取りながら立ち上がる。なんかあったら連絡しろよ、というキャップの声を背後に聞きながらつぼ浦はわざと体を揺らしながら二人で階段を駆け下りた。

3

つぼ浦お気に入りのカスタムが施されたオレンジ色のマニャーナが、大小の人影を乗せて道路をひた走る。事故を起こさないように、安全運転で。本署からは少しゆけば海が見える。爽やかな陽光とほのかに海が香る風が気持ちいい。

つぼ浦が機嫌よく鼻歌を歌えば青井が大喜びしたので、カーラジオ顔負けの大声で歌いながらハンドルを操作した。Aメロは完璧に歌えるのにサビになるとなぜか歌詞が怪しくなってしまう。あやふやな部分を有耶無耶に歌うとそれも面白いのか青井は声を出してキャッキャと喜んだ。

漫画みたいなヤシの木が並ぶ街路を抜けて、遊園地のゲートを通り抜ける。海に突き出した遊園地は平日の午後ということもあり人影はまばらで、歩いているのは心無きばかりだった。これはもはや貸し切りのようなものだ。つぼ浦は車をウッドデッキの中に突撃させ、アトラクションに一番近いところに横付けする。

土産物屋の店先やゲームコーナーなどをそぞろに見ながら、青井の足は一直線にジェットコースターへと向かっていく。

「つぼーら、こわい？」

「俺に怖いもんなんかねぇぞ。アオセンこそ泣くんじゃねえぞ」

ぐいぐいと手を引っ張られジェットコースターの入口まで来たが、係員に止められた。そう、4〜5歳の身長ではいくら無法のはびこるロスサントスとはいえジェットコースターには安全上の理由で乗れなかった。

「だめなんだ……」

よほど楽しみにしていたのだろう、見るからにしょぼくれて青井はつぼ浦の手をぎゅっと掴む。その顔を見てつぼ浦の胸もズキリと傷んだ。ならば隣の観覧車は、と走って注意書きを見に行く。

「アオセン、観覧車！観覧車はいけますよ！」

「ほんと？やったぁ！」

両手をパタパタさせながら青井が駆け寄ってきた。つぼ浦は係員にお金を払うと青井を抱き上げてゴンドラに乗り込んだ。

円形のゴンドラは対面式ではなく壁に沿ってぐるりと一周席があった。場所を選んで並んで座ると、やがて観覧車はスピードを上げ、ふわりと浮かび上がった。

二人でガラス越しに外を眺める。ちょうど客船強盗が発生したようで、警察とギャングのヘリが餌を奪い合うカモメのように入り乱れている。水路からは警察ボートも出動している。遠くに見える騒ぎはまるでお祭りのジオラマのようで、普段はあの渦中で血と硝煙に塗れていることなど忘れてしまうほどに遠かった。

つぼ浦は外ではなく、ワクワクしながら騒乱を眺める青井の顔を見つめた。柔らかなまつげは長く、ガラス越しに差し込む西日に淡く透けている。

この青井を愛しく思うほどに、いつもの青井のことを思い出してじわじわ胸が痛くなる。遊園地など、付き合って何日も経つというのに青井とも行ったことがない。

何も覚えていない幼い本人と行くのは裏切りのようにすら思えた。記憶のアルバムの1ページ目に載るのが青井であって青井ではない。それがどうしようもなく寂しかった。

「……言ってなかったけど、俺とアンタ、大きくなったら恋人同士なんすよ」

幼い子供に大人の恋情の話をするのは迷ったが、それでも伝えようとつぼ浦は重たい口を開けた。

「うん、つぼーら、好きだよ」

つぼ浦の言葉をちゃんと理解したのかはわからなかったが、見上げる青井の目は澄み渡り、曇りの一つもない。

「っ……、そっすね、俺も好きだぜ」

苦いような寂しい気持ちを飲み込み、つぼ浦はサングラスの向こうで深く目を閉じる。

不意になにか温かいものが頬に触れた。目を開けると、頬に唇を押し当てた青井の得意げな顔が遠ざかるところだった。

年齢が変わってもなお青井はつぼ浦を好きといい、小さくなっても恋人だった。

胸がじんと熱くなる。この子の向こうに今の青井の姿が確かに見えた。今はこの子供を、青井の延長線上のこの子を、愛して甘やかすのがつぼ浦の役目だった。

「アオセン、俺……」

「あっ！とりがさかなとった！」

「本当か？！」

つぼ浦がなにか言うより早く、海を見ていた青井が興奮して立ち上がった。

「でっか……あっおとした！！」

「チクショウ、ガキの頃から目がいいな」

「ふふ、みえないの？」

「わかんねぇ、どこだ？！」

二人とも立ち上がって鳥の行く末を追いかけたのでゴンドラがぐらぐら揺れる。しかし再び鳥を見つけることはできず、地上がどんどん近づいてくる。大きくはない観覧車は３分足らずで一周し、再び足が地面につく。

「おわっちゃった」

つぼ浦に抱き上げてゴンドラから降ろしてもらった青井が小さく呟いた。

「もう一回乗るか？」

「……ううん、いっかいでいい」

横顔はどこか寂しそうだった。つぼ浦の手を握る手に力がこもる。そのまま無言で歩き出すと、青井が顔を見上げてきた。

「ね、つぼーら、また来ようね」

「ああそうだな、またな」

こみ上げた痛みを飲み下し、つぼ浦も笑顔を返した。

きっとこの青井とは、その「また」はないのだろう。それは泣きたくなるほどに寂しい。だからこそ今この青井を全力で愛するのだ。つぼ浦は建ち並ぶ屋台に向けて跳んで歩く青井の小さい背中を追った。

「つぼーら、アイスたべたい！」

どんなアイスがあるのかとジャンプする青井に追いつく。ショーケースの中のアイスが見れるように脇に手を入れて体を持ち上げてあげる。

「どれがいい？」

「んー、いちご」

「いいっすね、俺はこのキャラメルなんとかってやつで」

つぼ浦に抱き上げてもらったまま、店員がスクープで器用にコーンの上に丸いアイスの玉を作る様子を青井はワクワクしながら見ていた。いっぱいに手を伸ばす様子を見て店員もその手にアイスを渡してくれた。

「落とすなよ」

つぼ浦の忠告を背中で聞いて、青井は先にベンチに駆けていく。つぼ浦も横に座り、海を見ながらアイスを口に運ぶ。

「ん！」

しばらく食べたあと、青井は食べかけのピンク色のアイスを突き出してきた。

「お？くれるのか？」

「つぼーらのもたべたい」

「いいぜ、……オイ、口の周りベタベタだぞ」

「んーっ」

つぼ浦がティッシュで拭いてやろうとすると、嫌がってティッシュを奪い取る。自分でゴシゴシ拭く間にも溶けたアイスが手に垂れる。今度は手がベタベタだ。

「ほら、俺が持っててやるから、好きな方を食っていいぞ」

「やったあ！」

青井は嬉しそうに顔を近づけて交互に食べている。いちごキャラメル味だ、と無邪気に喜ぶさまをみてつぼ浦も顔が緩む。結局完食はできずに残りはつぼ浦の腹に収まった。

波音を聞きながら、だいぶ傾いてきた日の中で二人はベンチに背中を預ける。向かい風の中でも巧みに飛ぶカモメの声が遠く聞こえる。

「あとは何するかなぁ」

「うみ！うみいってないよ！」

ぴょんとベンチから飛び降りて青井は正面の海を指差す。

「ああ、そういやアオセン海に行きたかったんだっけ」

「そうだよ」

「よっしゃ行くかァ！」

ウッドデッキから階段を降りればすぐに砂浜だ。靴を脱ぎ、ズボンの裾をまくってあげると青井は水際へと駆け出していった。つぼ浦もサンダルを脱いで小さな靴の横に並べてその後を追った。

「つめたっ」

「本当だな、まあ足ぐらいならそのうち慣れるぞ」

「なつになったらおよげるかな」

「そうだな、夏に来ような」

先のない約束と一緒に、強い波がざぶんとくるぶしを洗った。

青井はちゃぱちゃぱと波を追いかけたり、砂に沈む足を不思議そうに眺めている。波は穏やかで、遠くの海はその奥の深海が透けたように濃い青だった。やはり青井の目は空の色だなとつぼ浦はぼんやり思った。

そんな事を考える背中にばしゃりと冷たい海水がかかる。振り向くと両手を濡らした青井がケラケラと笑っていた。

「テメェ、俺の背後を取るったぁさすが未来のアオセンだぜ」

「はは、すきだらけ！」

笑う青井に手で水をすくってかけると甲高く笑いながら走って逃げた。追いついた、と思うと振り向いて水をかけてくる。子供ながらにすばしっこい。つぼ浦も本気で水を掛け合う。

「つぼーら、おそーい！」

「くそっ、逃さねぇぞ！！」

小さい手で浴びせられる飛沫を避けて思わず砂に膝をつく。立ち上がろうとして、手の横にあった石に目が行った。

「おい、見ろよ、めちゃくちゃ丸い石だ！！」

「あー！いいなぁ！」

どっちがより丸い石を見つけられるかの競争が始まった。砂に「つぼうら」「あおい」と書いて、見つけた丸い石をあーだこーだいいながら名前の横にそれぞれ並べていく。

丸い石探しはだんだん脱線し、やがて石の横には綺麗な貝殻や、透き通るシーグラスが並び始める。そのうちに二人で見つけて引きずってきた大きな流木や、変な海藻の切れ端などで列の境界も曖昧になっていく。

知らないうちに潮が満ちて、砂に書いた名前が波にさらわれて消える頃、遊び疲れた二人は砂浜に寝そべっていた。

残照が遠い水平線を黄金色に染め、溶けたような雲が海とも空ともつかないところを漂っている。まだわずかに青さを残す天頂に明るい星がまばらに輝いている。

つぼ浦の腕枕で寝転がる青井の髪からは潮の香りがした。

「……なんつーか、幸せっすね」

「ん？」

腕の中で小さな声がした。

「つぼーら、しあわせ？」

「ああ、幸せだぜ。アオセンとこんなに遊び回ったことないかもしれねぇな」

呑気に笑う恋人の顔が脳裏をよぎる。飲み込んだはずの痛みがじわじわとこみ上げる。

「……だからこうなっちまったのかもな」

淀んだ声が見上げる星空に落ちる。

思いが通じ合って、付き合い始めたとはいえ変わったのは恋人という肩書だけで、日々の業務に忙殺される中でそれにふさわしいほどの思い出を作れたのだろうか。

この砂浜は客船強盗でダウンしたときに救急隊を待つ間、転がされる場所でしかなかった。本当は海水浴もできる立派なビーチで、そうやって二人で遊ぶこともできたはずだ。

この子供はつぼ浦の後悔の形だ。恋人にしてあげられたはずのたくさんの夢の結末がこれだった。

「アンタ、我慢してたんだな」

腕の中からは答えがない。代わりにすうすうと寝息が聞こえる。

忙しさと恥ずかしさにかまけてまともに抱き合うことも週に数回。それもつぼ浦を大切にしようと無理もさせなければ嫌がることもせず、青井はいつも優しい。

優しさは甘えを飲み込ませ、代わりに強さを与えたのだろう。そしてその強さはまた甘えを遠ざけた。

「もっと甘えてくれてよかったんっすよ」

それを自分が言うのはずるいと自覚しながら、つぼ浦は誰に聞かれることもない後悔をこぼした。

4

月のない空は暗く、星だけがきらめいている。楽しいお出かけももう終わり。つぼ浦は寝ぼける青井の足を水道で洗い、服についた砂を払う。

子供の体では随分と遊び歩いて疲れたことだろう。眠った子供はずっしりと重い。車までなんとかおんぶして運び、助手席に寝かせた。

観覧車の入口に堂々停めた車を邪魔にならないように駐車場へ移動させる。停車した振動で青井がむにゃむにゃと目を開けた。

あれだけ遊んだのに青井は元に戻らなかった。ずっとわがままを言って甘え続けても戻らないほどに飢えていたのか、もしこのままだったら、という恐怖がほんのりと胸を蝕む。

「こんなわけわかんねぇ歪みにやられるくらい、普段我慢させてたってことっすよね」

青井はまだ眠そうな目でぼーっとつぼ浦を見る。この青井に懺悔しても仕方ないことはわかっていた。恋人として果たせたはずの役割が後悔だけを積み上げる。

「アオセン、俺のことばっかりであんまりわがまま言わないから……本当はなんでも好きなことしていいんだぞ」

「……本当に？」

青井はついさっきまで寝ぼけていた空色の目を大きく見開いて、つぼ浦のほうに身を乗り出す。

「ああ。俺だけ幸せじゃ恋人の意味がねぇ、二人一緒がいいっすよ」

つぼ浦もそっと顔を寄せた。澄んだ目に神妙そうな顔の自分が写っている。

青井はつぼ浦の腿の上に膝を乗せ、顔を近づけてくる。いつものくせで目を閉じると小さく熱い唇が唇に押し当てられた。もう懐かしさすら感じる感触にふっと力が抜ける。

後頭部に回された手がぐいっと顔を引き寄せる。それから両手で頬を挟み、小さな歯が下唇を甘く噛む。急な愛撫に驚いて目を開けると、身体の上で大きな目を細めてニッコリ笑う青井がいた。

「……ねえ、じつは意識はおとなのままだった、っていったらどうする？」

「は……？！」

勝ち誇るような悪戯っぽい笑顔を浮かべたまま、思考が追いつかないつぼ浦の鼻先に軽く噛みついた。それでも思考は硬直したままで、つぼ浦は口をぱくぱくさせてやっと言葉を絞り出す。

「は？！嘘だろ、待てよどういうことだ？！」

「どうもこうもないよ」

「いつからだよ！」

「さいしょからずっとだよ」

声こそ高く時々舌っ足らずだが、途端にあどけない顔が鋭く大人びた容貌に見えた。

つぼ浦はこの青井に出会ってからのことを思い出す。記憶がないにしては都合よく懐いてきたこと、アオセンという名前とかけ離れた呼称に疑問を抱かないこと、他にもいろいろな”そういえば”が脳裏をよぎる。

「今日はありがとね。ほんとにたのしかったよ」

「あ……」

つぼ浦の両肩に手を置いて、青井は幼い顔をにこりと緩ませた。

「俺こそ、アオセンがこんなことなるくらい今まで……すみません」

「さっきさ、なんでも好きなことしていっていったよね？」

「言ったけど、ハイ」

「いままでのでもぜんぜん幸せなんだけどさ」

「おう」

「もどらないってことは、まだ足りないんだとおもうんだよ」

「そう、なるよな？」

言いながら段々青井が顔を近づけてくる。子供らしく無垢な顔なのに物言わさぬ圧を感じてつぼ浦はシートの背もたれいっぱいにのけぞる。その上半身に身体をぴったり預けて青井は耳元で囁いた。

「……したいこと、してもいい？」

耳たぶを甘く噛まれ、ぞくりと背筋を何かが走る。

つぼ浦は青井の言わんとしていることを理解した。普段は行為に誘うときにこんなに無理やり迫ってくることがない。有無を言わさぬ迫力に顔がカッと熱くなる。

「こ、ここで？！」

「うん、もうこれくらいしかおもいつかない」

「でもこんな、」

「ねえ、甘えさせてよ」

つぼ浦の反駁をねじ伏せるように、幼く甘い声が耳元に放たれる。いいと言った手前引くわけにもいかず、なにより青井が元に戻らなかった場合が恐ろしい。つぼ浦は恥ずかしさを押しのけて腹をくくる。

「わかった、いいぜ！なにしたいんっすか？」

「じゃあねぇ……こどもだし、おっぱいのみたい」

「は、ハァ？！」

突拍子もないことを言われて面食らうつぼ浦を無視して、青井はオレンジ色のTシャツの上から乳首をちゅうっと吸う。

「ばッ、ば、か、アオセン……！」

服越しの拙い口づかいでも知らない快楽に身体がビクッと反応してしまう。

「ふく、めくったほうがいいよ」

すでに唾液で一部色の変わったシャツを見て仕方なくTシャツをたくし上げると、青井は我が意を得たりとばかりに顔を突っ込む。つぼ浦に体重を預けてさらに水音を立てて吸い続ける。

「や、アオセ、ンッ、あッ、まず…い、って！」

小さな歯がかぷかぷと乳首を噛む。刺激されぷっくらと膨らんだそれを口の中で飴でも舐めるように転がされ、肩が跳ねる。

つぼ浦はシャツを掴んでいた手を離して口を押さえる。ここは外なうえに最悪なことにオープンカーだ。誰かに見られでもしたら恥ずかしさで死んでしまう。胸にしゃぶりつく青井の頭にシャツを被せ、左手で必死に口を押さえるが、嬲られているにもかかわらず右手は青井が滑り落ちないようにと無意識にその身体を支えていた。

「いままでしてこなかったからね、きもちいいでしょ？」

「知らな…ッ、おかしいだろ、おとこ、なのに」

「かんけいないよ」

「ン、は、あァッ！」

触れられたことのない、知らない場所の快楽が引き出される。右が赤く充血したら今度は左をちゅっ、と音を立てながら吸い、小さな柔らかい手がぷっくり固くなった突起をくにくにと押し潰す。

「っ、ふアッ、んうぅッ…！」

ふぅと息を吹きかけるだけでも甘い声が漏れる姿に青井は服の下でクスクス笑う。

「おっぱいのんでるだけなのに、ねぇ？」

「で、ねぇから、母乳なんて…！」

「ふふ、せっかくなら出たらいいのに、ゆがみとかで」

「バカ、言うなよ、生活…ッ困るだろ」

真っ当な反論に青井は思わず笑ってしまった。もぞもぞと服の中から這い出して、目尻に涙を浮かべて呼吸が乱れたままのつぼ浦を見る。

「ごめんね、びっくりしたよね」

「んッ…、こういうの、我慢してたんっすか？」

「してたよ、ほんとはもっとたくさん気持ちよくさせてあげたいんだよ。おまえのこと」

服の上から敏感になった突起をつつかれ身体が跳ねた。潤んだ視界でも微笑む青井が見えた。今でこそ姿は子供だが青井は自分よりもずっと経験豊富で、きっとそれをぶつけないように我慢していたのだろう。それでもこの期に及んでも気にするのはつぼ浦の身のことなのだ。

「でも、こわいでしょ？おまえ、こういうの苦手でしょ」

目の奥には少しの罪悪感があった。傷つけるのをわかって獰猛さをみせるのには覚悟がいる。好きな相手であればなおのこと。矛盾する感情で奥歯が軋む。

胸に置かれた幼い手がわずかに震えている。それに気づき、なにか言うよりも早く青井が伸び上がって小さい唇でつぼ浦の唇を塞ぐ。大きさがまるで合わず、下唇を甘噛みしながらちゅっと吸い上げる。たまらず突き出された舌に噛み付かれ、逃さんとばかりに吸われてくぐもった声が上がる。

ズボンをぐいぐい押し上げる熱が足に当たった。少しだけ迷ってから、青井は服の上から子供らしい小さな手で先端をくにくにと掴む。

「あッ、ア…オセン、俺……ッ」

言わなければいけないことがあるのに熱を直接刺激されて言葉にならない。はふはふと苦しい呼吸を続けていると、うっとりとした目つきで青井がつぼ浦の耳元に口を近づけた。

「でもさ、今だけはさ、もっと甘やかしてよ？」

罪悪感の向こうに押し殺してきたぎらつく欲望が見えた。甘い声で囁く姿は小さなトラのようだった。

「わ、わかったからッ」

青井の手を掴み、離させる。誰か来たら本当に死ねる、死んだ上で一瞬で記憶を放棄できる。青井のためだ、と言い聞かせて下着ごとハーフパンツをずらし、硬く熱を持つ高ぶりを取り出す。

「す、きなこと、していいっすよ」

顔を真っ赤にして言い出したつぼ浦のことを、青井は目をまんまるにして見つめる。

「ありがと」

そして嬉しそうに顔をほころばせた。青井は助手席に身体を戻し、横から乗り出して幹を掴む。小さな手でクチュッと扱かれ、慌てて左手で口を押さえる。

「んッ、う、ふアッ」

淫靡な水音が響く。青井が身を乗り出してきた。それをぼんやり見送ると、その口で先端にちゅっとキスを落とした。

「はぁ…！？だ、駄目、それはッ！」

身を任せるつもりだったが、つぼ浦は慌てて肩を押さえる。大人のときにだってされたことはない。頬を膨らませた青井と目が合った。

「いつもそうじゃん、なんで口はだめなの？」

「だ、だって、汚いから…っ」

「おれがやりたいんだよ？」

じっと見つめられてつぼ浦の心が揺れた。

今、自分に選択権はない。青井は今まで我慢してきたのだ。この恋人ならきっと悪いようにはしない。それだけは信じられる。

「じゃあ……いいっすよ」

「ん」

羞恥と恐怖を信頼という鍵でこじ開けられる。青井の小さな口が先端をかぷりと食むのをただ待った。

ぬるりとした感触にまず腰が跳ねた。熱い舌がねっとりと先端を舐め、窪みをグリグリと刺激する。

「はッ、あ、あアッ、やば……！」

口を押さえるのを忘れ、嬌声が溢れる。舌が動くたびに脳に電流が走ったかのように視界がぼやけ、下腹部がずんと熱くなる。

「もっと声ききたいなぁ」

「こ、こじゃ、むりっ」

指摘されて声を出しっぱなしなことに気づいた。しかし声をこらえて口をふさぐと息ができず、呼吸をしようと手をずらすと声が漏れる。仕方なく人差し指を噛んでこらえる。

下を見れば小さい身体の、庇護対象であるはずの年の子供が自分の欲望を楽しそうに舐めている。背徳的な光景に背筋が震えた。

「ね、手とはちがうでしょ？」

「は、はふ、ア、すご……ッ」

子どもの拙い動きでこれなのだ、普段の青井にされたら１分ももたないだろう。そんなことを考えるとさらなる熱を期待して先端からトロトロ先走りが垂れる。

「あは、つぼーらの味だ」

「や、あアッ、す、吸うな……ッ、んんッ！」

流れた汁を舐め取り、ちゅっと鋭く吸われて膝が跳ねた。手でぐいぐい扱かれながら吸われるとたちまち熱がこみ上げてくる。

「ッあ…！！アオセン、だ、だめだ…！！」

細い指が尿道をカリカリと刺激する。みっともなく腰が動いてしまうのをどうにかこらえ、無意識に青井の肩に手を置いた。

「やめっ、口、離、せッ！」

「いいよ、だして」

「や、やだッ、だし、たくない！」

「だして」

強くせがむ声は、大人顔負けの圧があった。

誰が見てるかもわからない外で、中身は青井とはいえ小さい子供の口に欲望を吐き出す、というのがどうしても看過できず、つぼ浦は必死で唇を噛む。

いつもなら行為の最中に嫌だといえば青井はすぐに止めてくれた。それがどれだけ優しかったのかを、絶頂を懸命に我慢しながら思い知らされた。

「おねがい」

幼く甘い声が、たった四文字が耳をくすぐった。

今は甘やかさないといけない、我慢させてきたんだ。つぼ浦は覚悟を決めてハンドルに顔を突っ伏し、左手で口を押さえる。

「オ、、んアァ、あアア～～ッ！！」

足の指先まで力が入る。腹がビクビク痙攣し、駆け上った熱が吹き上がる。久しぶりの行為だったので思ったよりもたくさん出た。落ち着かない呼吸のまま恐る恐る青井を見ると、小さい口だけでは受け止めきれず顔に飛んだ飛沫を手で拭っていた。

「は、はッ、あ、おせん」

射精した快感で溶けた目のつぼ浦に見られていることに気づいて、青井は眉をひそめて不器用そうに笑った。

「なかないでよ。ごめんね、むりさせて」

そしてサングラスを持ち上げて目尻に溜まった涙を短い指で拭ってやる。琥珀色の瞳に自分の姿が映ることに気づいた。神妙そうな顔は似合わない。青井は微笑んだ。子供らしい、花が咲くような笑顔だ。

「がんばったね」

「あおせん、こそ、これでいいんっすか？」

「うん、甘えさせてくれてありがとう。だいすきだよ、つぼーら」

青井はつぼ浦の腕に飛び込み、その胸にぐっと頭を押し当てる。まだ残る海の香りと温かさが心地よい重さとなってのしかかる。つぼ浦も小さな背中に手を回して強く抱きしめた。

その温かさが急にズンッと重くなる。ついでに何かが破れる音もした。慌てて目を開けると、見慣れたいつもの姿に戻った青井がつぼ浦に抱きついていた。全裸で。

「う゛ぇええええ？！？！」

夜空に野太い悲鳴が響き渡った。

5

「あぶね～危うく人権無くすところだった」

つぼ浦から借りたお着替えバッグに入っていた私服のスウェットに着替え、青井は助手席でほっと一息つく。先ほどまで着ていた子供服は破れて見る影もない。元の姿に戻る場所が場所なら容易くいろんなものを失っただろう。

「なんで隠してたんですか？中身は大人だって」

つぼ浦の当然の疑問に、青井は顔をしかめてうめき声を上げる。

「最悪だよ、みんなの前であんな目に遭うなんて！！」

「チヤホヤされてんの今思うと面白かったぜ」

「普通に恥ずかしくて最初は頭真っ白だった、一旦死ぬかと思った」

「だからなんか最初ぎこちなかったんすか」

「どう振る舞うか悩んでたからね……記憶も子供に戻ってたことにすれば、もとに戻ったときにガキだった頃のことは全部忘れました～、でウヤムヤにできるかなって」

「なるほどな、頭いいな」

自分を含め誰にも疑われることなく誤魔化しきった演技力と、決断の速さに感心する。青井は「任せて、保身は得意だから」などと言って笑っている。その得意げな笑い方もどこか懐かしく、嬉しい。本当にいつもの恋人が戻ってきたのだな、とつぼ浦は感慨深さに浸る。

「あとは、そっちのほうがお前に甘え放題できるでしょ？」

青井は優しく微笑んだ。幼い青井と同じ空色の目がつぼ浦を捉える。その瞳に驚いた顔のつぼ浦が写った。

「ヘリ見せてくれたり、キャップをしばいたり。観覧車楽しかったなぁ、アイスも美味しくて……それに海、行ってみたかったんだよね。お前と」

青井に言われてつぼ浦も今日のことを思い出す。思い出の中で小さな青井が駆け回る背中が見える。そのどれもが二度とない、すべてが得難い瞬間だった。

「あんなんで良かったんすか？」

「うん、もう大満足。仕事もしないでいいし、ずーっとお前を独占できたから」

「あ……」

青井の朗らかな感想でつぼ浦は声を失った。

もしかするとどこかに行かなくても、ただずっと一緒にいるだけでも良かったのかもしれない。忙しさや恥ずかしさを理由にそれすらできなかったことに気付かされる。

眉間にいつも以上にシワを寄せ、難しい顔で黙ってしまったつぼ浦に、青井は身を寄せる。両腕を肩に回す。それはもう長さが余って、頬に触れる手もとても大きく、そして温かい。

「はは、抱き上げてくれたのになぁ。……本当、幸せだったよ。お前の優しさいっぱいもらえて、幸せだったなぁ」

そして肩にぐっと頭を埋めた。髪からはほのかにタバコの匂いがした。

青井は今日のことを思い出す。背の高い彼が歩幅を合わせてくれたこと、腰が痛むだろうに手を繋いでくれたこと、段差で抱き上げてくれたこと、一緒に遊んでくれたこと。

互いに知ったのは、相手の優しさだった。

「ありがとね」

どちらともなくキスをした。いつもの感触に、胸のつかえが溶けるような気がした。

「甘えてくれよ、もっと。幸せになるなら一緒じゃないと嫌だからな」

「ふふ、もっと一緒にいたいし、お前をもっと気持ちよくさせてあげたいし、いろんな場所に行ってみたいし……本当はワガママだからね、やりたいことなんて山ほどあるよ」

「つ、ついてけるように頑張るぜ」

先ほどの行為を思い出してつぼ浦の返事が曖昧になる。それを察して青井は声を出して笑った。ひとしきり笑ってからつぼ浦の顔をまっすぐに見た。

「また行こうね」

どくん、と胸が高鳴った。あの幼い声が聞こえたような気がした。

つぼ浦が感じた裏切りも、未来のない約束も、最初からなかった。どれもすべてつぼ浦が愛した青井に届いていた。

報われたような気分だった。気が抜けたときに出るタイプのため息が口から出て、つぼ浦はふにゃりと笑った。

「今度はジェットコースター乗るぞ、絶対」

「観覧車もね。また乗ろうね」

「今日のルートそのまま行きますか」

「大人二人で日暮れまで石拾ってたらヤバいだろ」

「いいじゃねぇか、誰も見ちゃいないっすよ」

「……多分、あれは子供だから楽しかったんだよ」

青井は闇の向こうの海を見た。目線が低かったときのかけがえのない思い出が通り過ぎる。

「次は大人にしかできないことしようよ」

「おと……えっ？？」

「ジェットコースターもそうだし、海も船を出したりとかさ……え、なに？なに考えたの？？」

「なッ、なんでもねぇ！！」

先ほど高められたばかりの熱をさっさと身体から追い出して、つぼ浦は真っ赤な顔で車のエンジンキーを回した。

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次は🏺が小さくなるバージョンに続きます（断言）

ショタは生まれてこの方萌えたことがないんですが、ショタおには好きなのでこうなりました。ショタおにはいいぞ、ショタに翻弄されるお兄さんからしか得られない栄養がある

どうでもいいですが🟦が漢字混じりで話しているところはつい大人の自我が出てしまったところ、ひらがなのみは子供のフリしてるところ、という設定です。