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#憑依
成瀬りん
633
#家族
たつ
53
#日常
ももは
551
特別訓練を終えた公太は、久しぶりに自宅の玄関を開けた。
懐かしい匂いが鼻をくすぐる。
「ただいま」
その声が響いた瞬間――
「お帰り、公太!」
台所から勢いよく飛び出してきたのは、母・貴子だった。
エプロン姿のまま、公太の前に立つ。
「ちゃんと飯食ってたのかい? 無事に帰ってきたってことは、訓練も終わったんだろ?」
「ああ……まぁな」
そう答えた瞬間――
ドンッ!
貴子の手が、公太の背中を思い切り叩いた。
「よし! よくやった!」
「いってぇ!?」
「情けない声出すんじゃないよ!」
変わらない母の豪快さに、公太は思わず苦笑する。
靴を脱ぎ、リビングへ向かう。
その背中を見ながら、貴子は夕飯の準備を続けた。
「で? どんな訓練だったんだい?」
「まぁ……色々あったよ」
「ふーん」
何気ない返事。
だが貴子は、そっと息子の横顔を見つめていた。
少し逞しくなった気がした。
昔は泣き虫だった。
夫を事故で亡くし、女手一つで育てた。
泣くたびに強くなれと言い聞かせた。
小学校から空手を習わせた。
だが成長するにつれ、公太は喧嘩ばかりするようになった。
学校からの呼び出しも何度あったかわからない。
それでも――
貴子は信じていた。
(この子はきっと、生き抜ける)
だからORVASからスカウトされた時も、涙を見せなかった。
「逃げずにやりな」
そう背中を押した。
だが本当は違った。
公太が家を出た夜。
誰もいない部屋で、仏壇の前に座り込んだ。
「お父さん……」
声が震えた。
「公太……大丈夫かな……」
堪えていた涙が溢れた。
誰にも見せない涙だった。
そして今――
その息子は無事に帰ってきた。
強くなって。
少しだけ優しくなって。
「お前、また基地に戻るんだろ?」
「まぁな」
短いやり取り。
貴子は少しだけ間を置いた。
そして――
「だったら行きな!」
再び背中を叩く。
「だから痛ぇって!」
「文句言うんじゃないよ!」
公太は呆れたように笑った。
その笑顔を見ながら、貴子は目を細める。
嬉しい。
だけど寂しい。
そんな複雑な感情が胸を締め付けていた。
荷造りを終えた公太が玄関へ向かう。
「じゃあ行ってくる」
「ああ。ちゃんと飯食えよ」
「子供じゃねぇって」
「親から見りゃ一生子供なんだよ」
そう言って笑う。
そして――
公太は家を出ていった。
扉が閉まる音が響く。
静寂。
貴子はゆっくりと仏壇の前へ座った。
誰もいない部屋。
そこで初めて、本音を漏らす。
「……世界の平和なんて知らないよ」
震える声。
「ただ、公太が無事なら、それでいいんだ」
目を閉じる。
「お願いだから……生きて帰っておくれ」
その願いは誰にも届かない。
それでも母は祈る。
ただ一人の息子のために――。
静かに流れた涙が、頬を伝い落ちた。
コメント
1件
うわあ、このエピソード、胸にぐっときました…。母・貴子さんの「世界の平和なんて知らないよ」ってセリフ、もう完全にやられました。背中を叩く豪快さとか「子供じゃねぇって」のやり取りの裏で、一人涙する母親の姿が切なくて。公太が少し逞しくなって帰ってきたのを見届ける、その感情の機微が本当に丁寧に描かれてて、家族っていいなあって思える話でした。お母さんの祈りがどうか届きますように。