リビングの扉が突然開いて、それと同時に比奈子がバタンと顔から倒れた。
子どもだから、ぶつかって泣くのは当たり前だろう。
鼻が赤くなっていた。
「大丈夫か?」
「わあーーーーん」
3歳児、大して痛くないのに泣いている。
目から大粒の涙を流す。晃は、ポンポンと比奈子の頭を撫でた。
「慌てすぎだって」
『え、なになに。お子さん、起きちゃったんですか?』
鈴木がすぐに反応する。
『例の比奈子ちゃんですね』
「目、覚めたのか?」
黙って頷いた。ふぅっとため息をついて、立ち上がり、スマホの画面に話しかけた。
「ごめん、比奈子、寝かすから、今日は落ちるわ。最後のゲームだったのにごめんな」
『仕方ないっすよ。そういう時もありますって。彼女の隙見て、やれる時は……って怒られるからなぁ。本当はやりたいんですけどね、ゲーム』
『私もゲームやりたい。かなりどハマりしてるのにやれないのは……』
「……だよなぁ。そしたら職場でやるのどうよ。昼休みとか。1ゲームくらいならできるんじゃない?」
『確かに。そうしましょう。鈴木さんもいいですよね』
『ぜひ、そうしましょう。夜にはしないってことで。昼間に。でも、課長とかに見つかったらどうなりますかね』
「あーー、それはまずいですよね。会議室借りちゃうとか」
「それは無理だろう。ヘッドホン持参でそれぞれの車とかもありだよな」
『あ、それ、いい考えですね。来週、ゲームやりましょうね。あ、小松さん旅行キャンセルって本当ですか?』
「てか、話長くなりすぎ……。ラインしといて。んじゃぁな」
『あ、すいません。比奈子ちゃん、寝かせないといけないですもんね。おやすみなさい』
『遅くまですいませんでした。おやすみなさい』
ゲーム内のログアウトボタンをそれぞれ押した。話してる間に次から次へと会話が途切れない。
「ごめんな。この2人は話長くなるからさ……」
首を横に振って晃の足をしがみつく比奈子。
グラスを台所の洗い場に持っていく。
「寝室に行こうか」
「うん」
晃はしっかりと比奈子の手を握った。何ヶ月振りだろう。親子3人並んで、ベッドに寝るのは。
平日の夜は飲み歩いては、ゲームをしている。ずっとゲームに夢中になる晃は、
ほとんどをリビングのソファで寝ていた。
久しぶりに見る自分自身の寝床には、小さなふわふわのクマのぬいぐるみが晃の枕に頭を体にふとんをかけられて寝かしてあった。
その隣には比奈子の枕があり、そのまた隣には果歩がすやすやと眠っている。
本当は寂しかったのかなと感じ取れる。
「比奈子、あのぬいぐるみってお母さんのだよな」
「うん。そうだよ。枕があるのにここは誰もいないからってお母さんが寝かせたの」
「そっか。んじゃ、今日はお父さんそのぬいぐるみの代わりに寝るね」
「お父さん、本当は、そこにはお父さんが寝るんだよ。ぬいぐるみさんが、守っててくれたんだから」
「ふーん、そうなんだ。ありがとう。んじゃ、寝ようか」
晃は、ぬいぐるみをそっとよけて枕に頭を乗せた。
比奈子はギュッと晃の左腕を離さないようにつかんで眠った。
さっきの話を聞いて人肌恋しくなった。
しがみつくことしかできないがそれだけで安心できた。
どんなに強い睡眠薬のよりホッとした。
ただ、そばにいるだけで。
親子3人川の字で寝るという絶大な安心感があった。
子どもにとっては両親が揃うというのは何とも言え難い心の安定をもたらすものだろう。喧嘩していない。
ただただ寝ているだけ。
変なオーラも発してない。
この状態が長く続けばいいのになと願った。
額に右腕を当てて寝ようと試みたが難しかった。
晃は比奈子が絵里香だったらということを考えた。
前世の記憶を覚えていたら、自分のことはどう見てるんだろう。
今までのことを振り返ると少し恥ずかしくなってきた。
子どもだから子供扱いするのだが、それも知っていたらとゾゾっと寒気がしてきた。
今の比奈子は天使のような寝顔だった。
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