テラーノベル
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春の風が、校舎裏の桜を揺らしていた。
入学式の日。
新しい制服、新しい教室、新しい人間関係。
騒がしい廊下を歩きながら、伊波ライはひとり静かに息を吐いた。
「……今年も、違ったか」
誰にも聞こえないほど小さな声。
百年。
彼は百年間、たった一人を探し続けていた。
前世の記憶を持ったまま、生まれ変わったライは、何度も何度も“彼”を探した。
街を歩いて、学校へ通って、誰かの顔を見るたびに期待して、違うと分かるたびに失望した。
それでも探し続けた。
──来世でも、また恋人になろうね。
あの日、病室で交わした約束を、ライは今でも覚えている。
消毒液の匂い。
白いシーツ。
弱々しく笑う恋人。
『ライ……次も、ちゃんと見つけてよ』
『絶対見つける』
『約束ね』
そのあと、先に息を引き取ったのは──緋八マナだった。
まだ十九歳だった。
ライはその手を握ったまま泣いて、何年もその記憶を忘れられなかった。
だから今も探している。
たとえ、向こうが忘れていても。
「ねぇねぇ! 君、新入生?」
不意に声をかけられて、ライは顔を上げた。
そこには、制服を少し着崩した男子が立っていた。
赤みがかった髪。
明るい笑顔。
人懐っこい目。
その瞬間。
ライの呼吸が止まった。
「……っ」
胸が、痛いほど鳴る。
知っている。
その笑い方を。
その声を。
その目を。
百年前、何度も見た。
「え、どうした? 顔やばいけど」
「……マナ?」
「へ?」
ライの口から、無意識に名前が零れた。
緋八マナは目をぱちぱちさせる。
「なんで名前知ってんの?」
「……」
間違いない。
やっと。
やっと見つけた。
ライの喉が震えた。
泣きそうになるのを必死に堪える。
百年間、ずっと会いたかった人が、今、目の前にいる。
けれど。
マナの目には、何も映っていなかった。
知らない人を見る目だった。
「……あー、同じクラス。名簿で見た」
とっさに嘘をつく。
マナは「あー!」と笑った。
「びっくりしたぁ! 俺、有名人かと思った!」
その笑顔に、ライの胸が締め付けられる。
同じなのに。
全部同じなのに。
彼だけが、覚えていない。
「伊波ライ、だよね?」
「……うん」
「よろしく、ライ!」
差し出された手。
ライは震える指で、その手を握った。
温かかった。
夢じゃない。
本当に、会えたんだ。
その日から、ライはマナのそばにいるようになった。
「ライって静かだよね〜」
昼休み。
屋上でパンを食べながら、マナが笑う。
「マナがうるさいだけ」
「ひど!」
「……でも、嫌いじゃない」
「え、今ちょっと嬉しかった」
太陽みたいに笑う顔。
昔と同じだった。
百年前のマナも、病気になる前はよく笑っていた。
ライはその笑顔が好きだった。
「ライって彼女いる?」
「いない」
「へぇ〜。モテそうなのに」
「マナは?」
「俺? いないいない!」
そう言って笑うマナを見つめながら、ライは小さく目を伏せた。
前世では恋人だった。
でも今のマナは、それを知らない。
知らないまま、無邪気に笑っている。
それが少し苦しくて、でも愛おしかった。
ある日の放課後。
突然の雨で、二人は昇降口に閉じ込められていた。
「うわ〜、最悪。傘忘れた」
「……俺、ある」
「え! 神!」
ライが傘を開くと、マナは当然のように隣へ入ってきた。
肩がぶつかる。
近い。
ライの心臓がうるさく鳴る。
「ライっていい匂いするよね」
「……は?」
「柔軟剤?」
「知らない」
「ふは、なにそれ」
笑いながら、マナが少し顔を寄せる。
近すぎて、ライは息を止めた。
百年前も、こうやって雨の中を歩いた。
病院を抜け出して、二人で。
『寒い?』
『ライが手繋いでくれたら平気』
『……ん』
そんな会話をした。
その記憶が蘇って、ライは思わずマナの手首を掴んだ。
「え?」
「……っ、ごめん」
離そうとした瞬間。
マナが不思議そうにライを見つめた。
「……なんかさ」
「?」
「ライといると、懐かしい感じする」
ライの目が揺れる。
「初めて会った気がしないっていうか……」
雨音が響く。
ライは小さく笑った。
「……俺は、初めてじゃない」
「え?」
「なんでもない」
まだ言えない。
今伝えても、きっと困らせるだけだ。
だからライは、ただ隣を歩く。
もう二度と、離れないように。
その夜。
マナは奇妙な夢を見た。
白い病室。
窓辺。
涙を流す誰か。
『来世でも、また恋人になろうね』
優しい声。
胸が苦しくなる。
そして、自分は誰かにこう言った。
『ちゃんと見つけてよ、ライ』
そこで目が覚めた。
「……ライ?」
胸がざわつく。
どうして。
どうしてあんな夢を見たんだろう。
しかも。
最後に見た“ライ”の顔は。
今クラスにいる伊波ライと、同じ顔をしていた。
コメント
1件
うわ、これ…しんどい🥀 ライが百年間探してた人が目の前にいるのに、全然覚えてなくて「知らない人を見る目」なとこ、読んでて胸がぎゅってなった。 「初めてじゃない」って言いたくて言えないライの気持ち、分かりすぎて泣きそう。 最後のマナの夢で名前呼ぶところ、もう運命だよ…続きが気になる🖤🤍