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#心霊
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#ブラックコメディー
#探偵
「遅いわね。弁護士はまだ来ないの?」
ヒステリックな女の声が、石造りのホールに響いた。暖炉の薪がパチパチとはぜる音だけが、重い沈黙を際立たせている。外では吹雪が窓を叩き、時折、家全体が軋むような音を立てた。古い木造建築が、まるで生き物のように悲鳴を上げている。
人里離れた深山の奥。稲神家は戦前からこの地に根を張る巨大な木造建築だ。降り積もる白雪の中で、息絶えてなお異様な存在感を放つ巨木のように佇んでいる。電気は通っているが、電話線は昨夜の嵐で切れたらしい。まさに陸の孤島だった。外部との連絡手段は、完全に断たれている。
「叔母さん、落ち着いてくださいよ。こんな猛吹雪だ。弁護士だって立ち往生してるかもしれません」
冷笑交じりに吐き捨てたのは、四十がらみの男、次男の慎吾だった。仕立ての良いスーツを着ているが、全身から安酒の匂いが漂う。彼は既に三杯目のウイスキーを傾けていた。その手は微かに震えている。酒のせいか、それとも何か別の理由か。
「……おじい様は、本当に病気で亡くなったのでしょうか?」
ぽつりと呟いたのは、宗玄の孫娘である美奈だった。二十歳前後の、透き通るような白い肌を持つ儚げな少女だ。彼女だけが黒い喪服に身を包み、ソファの端で震えるように縮こまっている。その瞳はどこか虚ろで、この場の空気に溶け込もうとしていないように見えた。
「当たり前でしょう。余計なことを言うんじゃないわよ!」
麗子が鋭く睨みつける。その視線には威嚇に近い警告が込められていた。彼女は宗玄の長女で、この館の実権を握っている。派手な真珠のネックレスが、暖炉の火を受けてギラギラと光っていた。その指には、いくつもの指輪がはめられている。すべて、宗玄の遺産を当てにして買ったものだろう。
親族たちの諍いから少し離れた場所に、私立探偵の神代寺が立っていた。くたびれたトレンチコートの男。その鋭い眼光は部屋の中のすべてを冷徹に観察している。彼は口を挟まず、ただ観察者に徹していた。この家族の空気は、彼にとっては異様なものではない。表面上は悲しみを装っているが、その目は遺産のことで頭がいっぱいなのは資産家の家ではよくあることだ。
神代寺は数日前、生前の宗玄から直接手紙を受け取っていた。『自分が死んだら、必ず館に来てほしい。一族の醜悪な争いと、そこに隠された真実を見届ける第三者となってくれ』という不穏な依頼だった。手紙には、遺産相続を巡って必ず争いが起きること、そして「あの日の罪」が明るみに出るだろうと書かれていた。神代寺はその手紙を、今も胸ポケットにしまっている。
この館には、怪しげな要素が多すぎる。
ホールの中央に鎮座する、黒い巨大な熊の剥製。その毛並みの一部は削り取られたように不自然に薄くなっている。よく見ると、剥製の腹の部分に、何か鋭利なもので切り取られた跡があった。
壁に掛けられたのは古びた家系図だ。その中で一人分の名前が、赤黒いインクで執拗に塗りつぶされている。塗りつぶされた箇所は塗料が何層にも重ねられており、どうやらその存在を消すことに執念を燃やしたかのようだ。そのため、今となっては誰の名前かは、判別できない。
そして、廊下の突き当たりにある地下室への分厚いドア。南京錠で固く閉ざされている。鍵は宗玄自身が持っていたはずだが、遺品の中には見当たらなかった。中には何があるのかは、屋敷にいる誰も知らない。
「お待たせいたしました」
ホールの扉が開き、老執事に導かれて宗玄の顧問弁護士が入ってきた。その手には、分厚い封筒が握られている。弁護士は雪で濡れたコートを脱ぎ、一礼した。彼の眼鏡には、暖炉の火が反射している。
「これより、故・稲神宗玄様の遺言状を開封いたします」
弁護士は紙を広げ、読み上げた。その声は、ホールに冷たく響いた。
『稲神家の遺産は、単に稲神の血を引く者へ譲るにあたらず。我ら一族の深き罪を背負う者がすべて消えた時、真実は犬の眠る場所から現れる――。遺言の執行は、罪を償いし者、あるいは最後まで生き残りし者に委ねる』
怒号がホールに響き渡った。
「何だって! そんな遺言があるか!」
「罪って何よ! あの人は正気だったの!?」
「まさか、俺たちを試しているのか?」
狂乱する一族をよそに、神代寺は壁際で眉をひそめていた。
「罪」とは何か。「犬の眠る場所」とはどこか。そして「最後まで生き残りし者」という言葉が、不気味に耳に残った。
その夜、吹雪はさらに激しさを増していった。窓の外では、何かが唸るような音が聞こえる。それは風の音か、それとも――。
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