ちょっと前まではあんなに大葉に会わせたくないと思っていた彼女のことを、今は全然警戒していないことも、羽理の心をほんの少し穏やかにした。
だって、それこそ公私ともに……大葉と一番近い場所を陣取っているのは自分自身で、美住杏子のそばには彼女を誰よりも愛してやまない倍相岳斗がいると思えるから。
財務経理課は、羽理にとって確かに恋しい場所だけれど、今日から始まる屋久蓑大葉のサポートだって、きっとかけがえのないポジションになるはずだ。そう考えると、羽理は今さらながら土井社長の采配には敬意を表するしかないと思った。
「お久しぶりです、美住さん」
色んなアレコレを頭の中で整理しながら|羽理はにっこり微笑んで杏子に手を差し出した。
「あ、あのっ……私……」
杏子が戸惑ったように視線を揺らせるのを押して、羽理からギュッと彼女の手を握りにいって両手でしっかり杏子の手を包み込むと、「新しい職場にはもう慣れましたか?」と小首を傾げてみせる。
途端、「美住さん、すっごく優秀なのよ、羽理!」と仁子が答えに窮したまま羽理を見詰める杏子に助け舟を出して、「なんせ、杏子ちゃんは僕の自慢の恋人ですからね」と倍相課長がにっこり笑って、自分たちには見せたことのない柔らかなまなざしで杏子を見詰める。
「毎日惚気られてる私はたまらないんだけどね」
すかさず仁子が吐息を落として、杏子が「すみません、法忍さんっ!」と仁子に謝ってから、倍相課長に「岳斗さん、お仕事が終わったらお仕置きです!」と倍相岳斗をキッと睨んだ。
それを見て、羽理は思わずぽかんとしてしまったのだ。
だって……だって……。
「ふ、二人はいつからそんなっ、歯に衣着せぬ物言いが出来るような恋人同士になったんですかぁー!?」
羽理以外のみんなには周知の沙汰みたいになっているけれど、久々に土恵商事へ出社した羽理は、まるで浦島太郎状態だった。
***
ランチタイム。
大葉にブーブー言われながら、羽理は『久々だし!』と拝み倒して、仁子、杏子とともに会社近くのパスタ屋さんで昼ご飯を食べている。
「そういえば……」
羽理のつぶやきに、チュルルッと明太たらこパスタを吸い込んでから、「なぁに?」とこちらを見詰めてくる仁子に、羽理はホタテとアサリのスープパスタをクルクルとスプーンの上へ巻き取りながら、「新しく配属された総務部長の華南謹也さんってどんな人なの?」と問い掛けた。
大葉がいた場所を埋めた人員だ。単にどんな人かな? と気になっただけだったのだけれど。
途端、たらこが喉を直撃したのだろうか? 仁子がゲホゲホとむせるから、羽理はちょっぴり驚いた。
仁子とはテーブルを挟んで向かい合って座っていたため、「大丈夫っ?」と声を掛けるしか出来なかった羽理だったのだけれど、ベーコンとキノコのおろし醤油パスタを巻き取っていた手を止めた杏子が、「大丈夫ですか? 法忍先輩」とすぐ隣に座る仁子の背中を優しく撫でさすってくれてホッとする。
「だっ、いじょぶ……っ」
言葉とは裏腹、涙目な仁子に変わって、杏子が羽理の方を見詰めると、おもむろに口を開いた。
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じんこちゃん、どうした?