ですよね、ですよね? 私もびっくりしてるんですよ、葉月さん!
もっとビシッと息子さんを問い詰めてやってください!
布団をぎゅっと握りしめてそう願わずにはいられない私に、だけど宗親さんはそれもこれも想定の範囲内と言わんばかりに落ち着いた声音で応対する。
「母さん。僕は困っている恋人を見捨てるような薄情息子にはなれません。春凪とはゆくゆくは結婚したいと思っていましたし、だったらいっそ今でも、って考えるのは普通でしょう? 情を交わした相手を、僕は簡単に見捨てることが出来ない。――ねぇ母さん。僕のこう言う情深いところって、きっと貴女似だと思うんですよ」
何ら淀みなくサラサラと紡がれる言葉に、私は布団の中で「腹黒すぎです、宗親さんっ」と思わずにはいられない。
でも、母親である葉月さんには今の言葉はすごくすごく自尊心をくすぐられる甘言だったみたいで。
「そう思いませんか?」
まるでダメ押しだとでも言わんばかりにそう畳み掛けられた葉月さんは、
「宗親さん。貴方、春凪さんとのこと、本当の本当に本気なのね?」
ややして小さく吐息を落とすと、柔らかな声音でそう問いかけるのが聞こえてきて。
「もちろんです。遊びで付き合っている女性を、僕の大切な母さんに会わせるなんて失礼なこと、できませんよ」
いけしゃあしゃあと、宗親さんが即答する声がする。
葉月さんっ。息子さんに騙されちゃダメですよぅ!
彼が言う、遊びではないその〝恋人〟とは、アレもコレも〝偽装〟なんです!
嘘だらけですよっ!?
今すぐにでもベッドから飛び起きて、声を大にして言いたいけれど、そんなことをバラそうものなら、私、即刻公私共に居場所を失うのは分かっていたから。
グッと言葉を飲み込んだ。
宗親さんの、「僕がゴネますから」の威力を、私、布団の中で歯ぎしりしながら、今まさにまざまざと感じさせられています。
***
「それにしても大匙にたった一杯で眠ってしまわれるとか……春凪さんは本当にお酒に弱くていらっしゃるのね」
遮光カーテンを引かれた薄暗い寝室に、再度リビングからの光が差し込んでくる。
どうやらまたしても寝室との境にある扉を薄く開けられているらしい。
「いつもならこんな事ないんですけど……泣きじゃくった後だったからじゃないでしょうか」
宗親さんのその声と同時に、差し込んでいた光が閉ざされて。
一緒に飲んだことなんて――あのバーでの偶然の出会いを入れたとしても――今回のでたった2回目なのに。
いけしゃあしゃあと〝いつも〟なんて言葉を使う宗親さんに、布団の中でひとり嘆息する。
何ていうか本当この人ってば嘘つくの、手慣れてるなぁ。
私も彼の言葉は話半分ぐらいに聞いて、騙されないようにしよう。
そもそも私たち、いつ〝情を交わした〟の!?って思いましたし!
情けないですけど私、超絶かっこいい宗親さんとのラブシーンなんて想像つかないんです……。
だってあの人が、ですよ? 私みたいな小娘をそう言う目で見るとか考えられないじゃないですかっ。
それに……もっと言うと女性と睦み合ってる姿とか……いわゆるそう言う人間臭いところ自体、ちっとも想像できなくて。
逆に傍観者として興味津々なくらいです!とか言ったら怒られますかね?
「話しているうちにまた泣き出してしまった春凪をなだめすかしてやっと寝かしつけたんです。そっとしておいてもらえますか?」
そんな声が扉の向こうから聞こえてくる。
宗親さんの指示のもと、〝疲れて眠ってしまった〟という小芝居をさせられている私は、葉月さんに嘘寝をしている顔を覗き込まれなくて良かったとホッと胸を撫で下ろして。
布団の中、扉一枚隔てた向こう側の会話を一言一句漏らさずに聴かねばと聞き耳を立てていた私は、宗親さんの牽制に安心してほんの少し肩の力を抜く。
宗親さんからはもしもの場合に備えて布団を目元まで引き寄せて寝そべっておくように指示を受けていたけれど、それにしたって、覗き込まれたら瞼がピクピクしてしまったかも知れない。
私は宗親さんほど肝が据わっていないし、そもそも嘘だってつき慣れていない。
もしもを思うと気が気じゃなかったの。
僕も出来るだけフォローはしますので、という彼の言葉を信じていなかったわけではないけれど、さすがです、と閉ざされた扉を見つめながら密かに感謝する。
諸々の緊張が解けた途端、今度は憧れの上司の寝床にひとり潜り込んでいるのだという現実が一気に押し寄せてきて。
息を吸い込むたびに宗親さんの香りが身体中を侵食していくようで心臓がバクバクし始めた。
そうこうしているうちに、段々息をするのでさえもままならなくなってくる。
なるべく呼吸の回数を減らすように息を止めつつ、それでも葉月さんが帰られるまではベッドから起き上がることも出来ないままに1人悶々として……。
薄暗い部屋の中、私はひっそりと息を殺して横たわっていた。
結果――。
***
「――な、……はな、春凪」
ユサユサと肩を揺さぶられながら名前を呼ばれて、私はまどろみから浮上するようにゆっくりとまぶたを上げる。
それと同時、この世のものとは思えないぐらいハンサムなお顔が自分を覗き込んでいるのに気がついて、思わず息が止まりそうになった。
「ひゃっ。お、織田課長!?」
何故課長がうちに!?と言いかけて、彼の背後に広がる見慣れない天井に視線を向けた私は、一気に目を覚ました。
――ち、違うっ。彼の家に、私がお邪魔してるんだった!
「ごっ、ごめんなさいっ。宗親さんっ」
緊張のあまり眠りこけてしまって、ここを〝我が家〟だと錯覚してしまった。
寝ぼけた頭で、宗親さんのことを会社モードで「織田課長」と呼んでしまったのも、今更のようで何だか恥ずかしい。
今日は宗親さん、作業服姿じゃないのに、何でこんな失態やらかしちゃったかな、私。
ベッドにガバリと身体を起こした私を、宗親さんがどこか温かい(生温い?)眼差しで見つめてくる。
「母を送り出して戻ってきてみたら。――まさか本当に眠っているとは思いませんでした」
可愛らしいイビキもかいてましたよとクスクス笑いながら、
「これでしたら母に顔を見られても問題なかったですね。――あ、でもさすがに鼻がピーピー鳴ってるのは無防備すぎてダメだったかな」
揶揄うように付け加えられた私は、真っ赤になりながらギュッと布団を握りしめる。
イビキとか……鼻がピーピーとか絶対嘘だ!
嘘に決まってる!
っていうか嘘だと信じなきゃやってらんないよぅ……。
「同居を始めるにあたって、僕のベッドじゃ眠れないかもしれないし、春凪用のをもうひとつ別室に用意すべきかな?とか思っていましたが……。必要なさそうで安心しました」
意地悪くニヤリと笑われた私は、瞳を見開いた。
今、この人、さらりと恐ろしいことを言いませんでしたか?
確かにこのベッドはキングサイズで……大人がふたり並んで眠ることぐらいなんてことない。
正直な話、寝心地も最高でした!
……そう思う。
思うけれどっ!
「私、偽装夫と枕をともにする気は……」
――ありません!
身を乗り出してそう言おうとしたら、「僕はその覚悟で貴女との同居を提案しましたよ?」と先手を打たれてしまった。
そもそも考えてみたら住処を追われるのは私。
宗親さんには〝偽装妻〟を手に入れるというメリット以外、ほぼほぼデメリットでしかない気がする。
そんな私が宗親さんの覚悟を踏みにじるのは許されない……?
それに、これだけ大きなベッドならば、端っこの方に思いっきり寄れば、きっと身体が触れてしまうこともないはず。
そんな打算的なことを考えていたら、
「今のでお分かり頂けたと思いますが、うちの母、結構不意打ちで遊びに来るんですよ。だから――」
一緒に住んでいながら、寝室が別々というのは正直望ましくないのだと言外に含まされる。
私はソワソワとベッドサイドに立つ宗親さんを見上げながら問いかけた。
「む、宗親さんは……私がいても……その……ね、眠れちゃい……ます、か?」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!