『裏切りの微笑み』

天城曜との関係は、日に日に深まっていった。由香は彼の言葉や微笑みに心を奪われ、次第に自分の感情を制御するのが難しくなってきた。彼が見せる優しさに甘えて、彼の存在が自分にとって欠かせないものだと感じるようになった。しかし、そうした感情の中に、次第に疑念と不安が渦巻いていった。
ある日、仕事帰りに二人は再び飲みに行くことになった。天城はいつも通り、由香を穏やかな言葉で誘い、彼女はそれに応じた。今度は少し明るい場所を選んだのか、レストランの雰囲気も華やかだったが、由香の胸の中では不安が膨らんでいた。天城はあまりにも完璧すぎる。優しく、気配りがあり、頼りがいもある。それでも、どこか引っかかるものがあった。

「由香、君は本当に素直だな。」

天城は笑いながら言った。いつもと同じように、軽くからかうような口調だったが、その言葉が由香には鋭い刃のように感じられた。彼の微笑みの裏に隠れた何かを、彼女は次第に見抜こうとしている自分に気づいていた。

「素直でいることが、そんなに悪いことですか？」

由香は少し強い口調で反応した。いつもは天城に従っていたが、その時だけは反発したくなった。彼の言葉の一つ一つが、時に彼女を試すように感じられることが多かったからだ。

天城はしばらく黙っていたが、やがて微笑みながら答えた。

「いいえ、悪いわけではない。ただ、君はあまりにも自分を隠しすぎている気がする。」

その言葉に、由香の胸の中で何かが引っかかった。天城はまるで彼女の内面を見透かしているような口ぶりだった。彼女は無意識のうちに自分の本心を隠してきた。周囲に対して、あまりにも無防備に心を開くことができなかった。しかし、天城にはなぜか自分を見せたくなった。

「でも…」

由香は言いかけて、言葉を止めた。天城の目が、いつになく冷たく感じられたからだ。彼の目には、楽しさや優しさだけでなく、冷徹さや計算高さも見え隠れしているように思えた。彼女が少しでも弱みを見せれば、それを利用されるのではないかと恐れた。

その瞬間、天城はにやりと笑い、手を伸ばして由香の手を軽く握った。

「君はもっと強くならなきゃいけない。」

その言葉が、由香には心に突き刺さった。天城はいつもそうやって、彼女に何かを求めていた。何かを奪うように、彼女を支配するように。しかし、由香はその意味がよく分からなかった。

その夜、帰り道での会話もどこかぎこちなく、冷たい空気が流れていた。天城が発した言葉一つ一つが、由香の心を締めつけ、彼女はその重さに息苦しさを覚えた。だが、彼が見せるその優しさに、どうしても抗うことができなかった。

「君が俺に従ってくれたら、もっと楽になるんだよ。」

その一言が、由香の胸に強く響いた。天城は、ただの優しい男ではなかった。彼の言葉の一つ一つが、彼女にとって刃のように感じられることが増えてきた。彼女は次第に、彼の言葉に縛られている自分を感じていた。

その夜、由香はベッドに横たわりながら、天城との関係がどこに向かっているのか、わからなくなっていた。彼の魅力に引き寄せられながらも、どこかで警戒心を抱いている自分がいた。