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『元貴はっけん!!!!、』


エクスクラメーションマークが元気よく躍る勢いのいいメッセージがスマホの画面上に表示されるとほぼ同時に、後ろからぽんぽんと肩を叩かれる。振り返ると、そこにはニット帽とマスクをした涼ちゃんがいた。


「……サングラスも必要じゃないの?」


「かえって目立つかなと思って」


そういうものなのかな。俺は自分の格好を見直してみる。あまり目立たないようにと配慮して、Tシャツにお気に入りのグレーのパーカー。黒いキャップにサングラスにマスク。元貴はシンプルな服装も似合うね、なんて涼ちゃんが言うから無駄に心拍数があがってしまう。もう、そういうことをサラッというのは彼のいいところでもあり、悪いところでもあると思うのだ。

ところでなぜ、俺たちが白昼堂々──こうしてばれないように配慮をしているため文字通りの「堂々」ではないが、ショッピングモールに来ているのには訳がある。今日は急遽だが、涼ちゃんに俺の買い物に付き合ってもらうことにしたのだ。来週からひとりで海外へ行く仕事があるため、それに合わせて必要なものを買う必要があった。いつもなら忙しさと人目を理由に通販などで済ませてしまうところを、ちょうど休みのスケジュールが合っているのに気づき、これはチャンスと彼を誘ってみたわけである。彼にとってもせっかくの久々の休日のはずだが、快く承諾してくれた。


「向こうで持ち歩くのに新しいバッグが欲しいんだよね、こう……手軽な感じのやつ」


と、とりあえずお気に入りのブランドのショップに入る。普段から俺は、買い物に人と行きたがりなところがあるため、自分が声をかけられたのも特に疑問にも思っていないらしい。


「若井は一緒じゃなくてよかったの?センスいいじゃない」


「……若井はなんか忙しそうだったから」


これは嘘。本当は今回、若井には声をかけてすらいないのだが、それをごまかすように言葉を選ぶ。今までなら絶対に、涼ちゃんひとりだけを誘うなんてことはしなかった。いや、できなかった。そうしようと思えたのは、俺に「セキ」という心強い相談相手ができたからだった。


セキにカミングアウトをされたあの日、俺は思わず彼の手を取って言った。


「僕も……僕もそうなんだ」


彼の瞳が驚きで目いっぱいに見開かれる。


「そう、って……ラビの好きな人も男性なの」


俺は興奮のあまり勢いよくぶんぶんと首を縦に振る。


「ずっと片思いしてる、もう3年くらい。その……すごく親しい間柄なんだ。それで、関係性が崩れたら仕事にも支障が出ちゃうから言い出せなくて」


セキがぎゅっと僕の手を強く握り返した。


「僕……僕初めて会ったかもしんない、自分以外で、同性が好きだって人」


あぁ、と彼は嬉しそうに笑う。柔らかな黒髪が、それに合わせて揺れる。


「どうしよう、嬉しい。初めて同じ立場の友人ができて、しかもそれがラビだなんて!こんな偶然って、奇跡ってあるんだね。VWIを始めて良かった」


俺は力強く頷く。この時、もしかしたら俺がVWIを始めたのは、セキに出会うためだったのかもしれないとすら思った。


最初は、お互い同じ立場だと知って、現実では打ち明けられない恋愛話でも出来たらいいなんて思っていた。しかしある時、いつものように俺の話を聞いていたセキは驚くべきことを言い始めた。


「ラビは、もうちょっと積極的になってみてもいいんじゃないの」


「え?」


俺は訝し気にセキを見る。新しく配信されたガチャを回したというセキの髪は、例の腰まである黒髪ではなく、瞳の色とお揃いのブルーグレーのロングウルフになっていた。


「だって話を聞いてると……少なくとも全く気がないってわけではなさそうだけどなぁその人」


え〜、と俺は眉根を顰める。


「うーん、説明が難しいんだけどさ、なんか、そういう人なんだよ。平気で人を褒めれるし、距離は近いし、お揃いとかも友人同士でしたがりなの」


「服も?バッグも?小物ならまだ分かるんだけどなぁ……」


そういうやつなんだよ、と俺は口を尖らせる。


「逆に言えばそういう意識をしてないから平気でそういうことできるんだよ」


こっちの気も知らないでさ、と心の中で付け加える。涼ちゃんの「お揃い好き」は今に始まったことでもないのだ。昔からそう。元貴~このストラップかわいい、おそろいにしない?わ、その服いいねぇ、僕も買おうかな、どこで買ったの?こんな調子。


「でも少なくとも全く興味ないってわけでもなさそうじゃない。しかも知り合ってからの10数年、彼女いないんでしょ?モテないわけでもないのに」


そうなのだ。それが涼ちゃんの不思議なところで、たまに浮いた話が出る若井と違って、全くそういう話と縁がない。本人曰く「興味がないんだ、だって今はバンドが楽しいし」と周囲には言っているようだけど、健全な20代(今はもう30代だけど)男子が浮いた話ひとつないのは確かに訳アリのようにも思える。むしろゲイの俺ですらカモフラージュが目的ではあったけれど女の子と遊んだこともあるくらいなのに。


「デートとか、誘ってみたら?ふたりだけで行動とかはあまりないんでしょ」


もしかしたらその人もこちら側かもしれないじゃない、なんてセキは他人事と思って好き勝手言う。楽しんでいるのだ。検討しとくよ、なんてさりげなく流した俺だけれど、すっかり口車にのせられてしまっていて、早速その夜に涼ちゃんのオフの日を確認して連絡をしてしまったのだった。


そういう経緯で今日は涼ちゃんとふたりきり。あ、このバッグいいかもなぁなんて遠目に見ていたものを、ちょうど涼ちゃんが近づいて手に取る。


「ね、元貴、これは?イメージにピッタリじゃない?」


いいね、と俺は頷く。俺もちょうどそれいいなって思ってたんだ、はかえって嘘くさくなってしまいそうだから、嬉しい偶然についてはそっと心の中にしまっておく。


「色はどれがいいかな……シンプルにブラック。あ、でもこのホワイトもかわいい」


涼ちゃんがふたつを手に取って、イメージを広げるみたいに交互に俺の前に合わせて思案顔をする。くぅーどっちも似合うなぁ、なんて真剣な顔をして言うものだから、俺は思わず苦笑して涼ちゃんの手からそのふたつをひょいと取り上げた。


「あれ?別のにする?」


「ううん、これにする。俺ブラック。涼ちゃんホワイトね」


「え?」


何のことだかわからない、というように彼はきょとんと俺を見る。うん、やっぱサングラスしてなくてよかったな。この方が涼ちゃんの目がよく見えるもの。


「今日買い物付き合ってくれてるお礼」


俺は近くにいた店員に商品を渡して会計を頼む。すると涼ちゃんが慌てたように


「だめだよ悪いって、高いもん。自分で買うよ」


いいの、と俺は涼ちゃんを身振りで制する。


「これは……なんか涼ちゃんとお揃いがいいなって俺が思ったから」


いや?と聞くと、涼ちゃんは困ったように、眉をさげながら


「嫌じゃないよ、元貴とお揃いは嬉しいよ。でも……」


「じゃあ決まりっ、この件はこれで終わりね」


と若干強引に話を終わらせてしまう。1週間、ひとりで海外に行かねばならないということは当たり前だけれどその期間は涼ちゃんに会えない。でも、これがあれば多少嫌なことがあってもがんばれそうだ、なんて心の中で思った。セキと話さなければ、こうやって涼ちゃんとふたりで出かけたり、自分からお揃いなんて言い出したりすることもなかったろうと思うと、今日のことを早く彼に報告したくてたまらなかった。





詳細は伏せながらも、無事好きな人とデートをして、自分からお揃いのプレゼントも彼に渡せたと話すと「すごい前進じゃない!」とセキは自分事のように喜んでくれた。


「何か反応はあったの?」


「うーん、でも気に入ってくれたみたいで、昨日そのお揃いのプレゼントを身につけて仕事に来てくれてたんだ」


いいねいいね、とセキはにこにこと笑う。さすがにセキに1週間海外に行くとは言えず、かといって向こうでのスケジュールを考えるとVWIにログインしている余裕もなさそうだったので、実は明日からしばらく仕事が忙しそうなのだと伝えると


「そっかぁ、さみしいな。でも頑張ってね」


と優しく微笑んでくれる。


「僕の好きな人も明日から出張なんだぁー。それでラビにも会えないとなると、いよいよ僕も真面目に仕事するしかないや」


いやいや普段から仕事は真面目にしなさいよ、と突っ込んでから、おや、と俺はあることに気づく。


「セキも社会人だったの?」


「あれ?言ってなかったっけ」


さすがに小学校の先生ではないけどね、と彼は笑う。


「セキこそ学生なんだと思ってたよ」


と俺が言うと、彼は驚いたように目を見開いてから、え〜、と勢いよく笑い出す。


「学生なんて!高校を卒業したのももう10年以上前だよ」


あれっ。ということは同い年か年上ということになるのか。


「僕は大学とかは行ってないから……学生だったのなんて本当にもうずっとずっと昔の話だなぁ」


「そうなんだ……僕も行ってないんだよね大学。あと高校卒業ももうなんだかんだ10年近く前」


セキはへぇ、と何か眩しいものでも見るみたいに目を細めた。


「なんだか共通点が多いね、僕たち」


彼のその言葉に、俺はなんだか嬉しくなって笑う。共通点があればあるほど、彼への親近感が増すだけでなく、俺たちの出会いがなにか運命的な、必然のもののように思えてきて心が躍るのだった。



※※※

本日は作者の都合につき少し早めの更新です🙏

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