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#極道
鷹槻れん/鷹槻うなの

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#白い結婚
夕凪ゆな
373
草原草原(くさはらそうげん)

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扇レンナ
241
皿の上に、藍色の紙。紙の上に、豆大福が一つ。
仏間の戸の隙間から、それが見えた。朝の五時前。芹沢が替える花の匂いがして、ことはは廊下で足を止めていた。遺影の前の、小さな皿。氷川宗一郎の、少し笑った顔の前。
ことはは戸を開けた。
柊屋の包み紙だ。昨日の、ことはが包んだ豆大福。豆の黒が、白い餅から透けている。供えたのは、朝の五時前。ことはが起きるより前に、誰かがここに置いた。
「ことはさん」
芹沢が、廊下の奥から来た。花を持っている。
「これ……」
「お供えです」
「誰が」
芹沢は花を抱え直した。
「毎朝ではありません。ある朝だけです」
「ある朝って」
「わたくしは、申し上げられません」
芹沢は仏間に入って、古い花を下げ、新しい花を立てた。豆大福の皿には、触れなかった。ことはは戸口に立っていた。遼は、いつも五時台に家を出る。今朝は、もう出ているのだろうか。それとも。
「坊ちゃまは、もうお出になりました」
芹沢が、聞かれる前に言った。
ことはは、それ以上聞かなかった。
◇
出店者の説明会は、本店の会議室だった。
二十の店の人が、長い机に座っていた。老舗の主人。店主の息子。職人。ことはは一番後ろの席に座って、配られた紙を読んだ。
麗華が前に立った。
今日は黒いスーツで、イヤリングは小さかった。催事部の課長の顔だった。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。冬の銘菓めぐりの、出店者の方々をご紹介いたします」
麗華は店の名前を一つずつ読み上げた。創業の年、本店との付き合いの長さ。読み上げられた店の人が、順に頭を下げる。
「最後に、今回の看板を務めていただく店です」
麗華は、紙から目を上げて、会議室の一番後ろを見た。
「柊屋さん。――専務の奥様の、お店です」
二十の顔が、こちらを向いた。すぐに戻った。戻ってから、囁きが始まった。専務の。奥様の。聞いたことがない店だ。下町の。それで看板。
麗華は、何も付け足さなかった。付け足す必要がなかった。「専務の奥様の」で、十分だった。
ことはは、座っていた。
囁きは、聞こえる。全部聞こえる。聞こえるように囁かれている。
立つか。座っているか。
座っていれば、済む。頭を下げていれば済む、と遼は言った。それで済む。済んだあとに残るのは、専務の奥様の店だ。
ことはは立った。
「柊屋の、ことはです」
二十の顔が、もう一度こちらを向いた。
「下町の柳町で、祖父の代から豆大福を作っています。間口は狭くて、職人は二人です。看板を任された理由は、わたしには分かりません」
声が、はっきり出ていた。
「ですから、売上で見てください。ほかの店と同じに。七日間が終わったら、数で見ていただければ、それで」
最後まで言って、頭を下げる。
会議室は静かになっている。囁きは止まっていた。
一番前の席で、年配の男が一人、頑く。老舗の主人らしい、白髪の人だ。頑いただけで、何も言わない。それでも、ことはには十分だった。
麗華は、紙を揃えて、言った。
「ご挨拶、ありがとうございました。では、搬入の説明に移ります」
声は、変わっていなかった。目だけが、変わっていた。
搬入の説明は、蓮田が前に立ってした。時間、通用口、台の寸法。蓮田は一度もことはのほうを見なかった。見ないようにしているのが分かる見なさ方だった。
説明の終わりに、麗華がもう一度、口を開いた。
「それから、実演をされる店は、規則の範囲でお願いしますね。火気と試食は禁止です。――包むだけ、という店もあるようですけど、衛生の規則は、全部お読みになってください」
二十の顔が、またこちらを向いた。今度は、すぐには戻らなかった。
ことはは、手を膝の上に置いていた。右手の甲の赤みを、左手で隠して。
◇
「ことは。帰ったか」
商店街の角を曲がったところで、声がした。三時過ぎ。店の前に、達也がエプロンのまま腕を組んで立っていた。向かいの八百屋の息子で、ことはとは、同じ商店街で育った。店のシャッターの上のほうを見ている。
「達也。どうしたの」
「変な男がいた」
達也は、顔で店の表を示した。
「昼過ぎ。スーツの男が、おまえの店の表を写真に撮ってた。看板と、シャッターと、二階の窓まで。客じゃねえ。買わずに撮って、帰った」
「……どんな人」
「背の高いやつだ」
達也は、手を自分の頭の上に伸ばして、高さを示した。
「黒いスーツ。帽子はなし。顔は、よく見えなかった。俺が声かけようとしたら、車に乗って行った」
ことはは、店の表を見た。
背の高い、黒いスーツの男。宇野の顔が、浮かんだ。それから、もう一人。帽子を目深にかぶった、黒いコートの、母の言う「朝一さん」の顔のない姿が。
「ことは?」
「……ありがとう、達也」
「それと、おまえ」
達也は、腕を組み直した。
「結婚したんだって。商店街じゅう知ってるぞ。うちの母ちゃんが豆腐屋で聞いて、豆腐屋は乾物屋で聞いた」
「……うん」
「相手、どんなやつだ」
ことはは、考えた。
「背が高くて、黒いコートの人」
達也は、自分の頭の上に伸ばした手を、もう一度見た。
それから、ことはを見た。
コメント
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第8話、読み終わりました。遺影の前に豆大福が供えてあった場面、芹沢さんの「申し上げられません」にじわっと来ました。説明会では「売上で見てください」とはっきり言ったことはさん、かっこよかったです。最後の「背の高い、黒いスーツの男」の伏線が気になってしかたありません。設定や間合いの取り方が上手くて、続きが待ち遠しいです!