亮祐さんとニューヨークで会えた!と思ったら、あれよあれよと部屋に導かれ、あげくに予約していたホテルをキャンセルされた。
そしてニューヨークにいる間は、この亮祐さんの滞在先で一緒に過ごすことが確定となっていた。
いつもながらに亮祐さんは一度決めたら手際が見事だ。
忙しいだろうから、今日はとりあえずひと目会って予定聞いて約束を得るつもりだった。
そして約束の日に私の気持ちをゆっくり話そうと計画していたのだが、思いがけずすぐに亮祐さんと話せるチャンスがやってきた。
今はホテルの部屋で2人きりだし、まだ夜9時過ぎだ。
時差ボケでちょっと眠たいという私の体調以外は申し分なかった。
「百合はなんで俺に連絡せずに来たの?教えてくれれば良かったのに」
「忙しいかなって。連絡するときっと亮祐さんは色々気を回してくれるだろうから、そういうのが申し訳なくって」
「そんなの気にしなくていいのに。それにしても本当に驚いた。今でも信じられない、百合がここにいるなんて。しかも俺に自分から会いに来てくれたなんて」
「驚かせてごめんなさい」
「嬉しい驚きだからいいよ。会いに来てくれたってことは、俺に会いたかったってことだよね?」
からかう口調の亮祐さんっぽい言い回しだったが、その言葉にはなんだか不安が潜んでいる音がした。
そして響子との会話を思い出す。
ーー彼氏さんは本当に自分のことが好きなのかな?って心配になったり疑う気持ちが出てくるかもなって。
ーー彼氏さんは聞けなかったんだよ、きっと。だってそうかもしれないって思ったら聞くの怖いよ。
ーーもっと自分をさらけ出してもいいんじゃない?受け身じゃなくて自分からぶつかっていくくらいの感じでさ!
(そうだ、私は”自分の気持ち”をちゃんと伝えに来たんだ。いつもみたいに相手から聞いてもらうだけじゃなく、自分からも伝えなきゃ)
「うん、亮祐さんにすごく会いたかった。会えない間すごく淋しかった」
私は自分の素直な想いをハッキリと吐露する。
亮祐さんは「会いたい」「淋しい」と私が言葉にするのを聞いて、わずかに驚きの表情を浮かべた。
「あの、亮祐さん。私ね、亮祐さんとちゃんと話がしたくてニューヨークに来たの。私の気持ちを聞いて欲しくて」
「百合の気持ち‥‥?」
私はそのまま勢いにのって、自ら話がしたいと切り出した。
亮祐さんはやや面食らうように、そして少し警戒するように身構える。
「はい。私たちギクシャクしてましたよね。一緒にいるのに通じ合ってない感じで、すごく淋しくて辛かったんです。でもそれって私がちゃんと言葉にして気持ちを亮祐さんに伝えてなかったからだって気付いたんです」
「‥‥」
「私もしかして亮祐さんを不安にさせてたんじゃないかなって思ったんです。あの時‥‥私の過去の話をした時に事実は包み隠さず話したけど、私の気持ちは伝えてなかったから」
「‥‥」
亮祐さんは口を挟まずにじっと私の言葉に耳を傾けている。
「あの、私は亡くなった彼に似てるから亮祐さんを好きになったわけじゃないです。面影を重ねてるわけでもない。私は亮祐さんが亮祐さんだから好きなんです!」
伝わって欲しいという気持ちを込めて一言ずつ想いを紡ぎながら口にする。
こんなにがむしゃらに自分の気持ちをさらけ出すのは初めてで、力が入ってしまい、無意識に目尻に涙が溜まる。
「亮祐さんの仕事に一生懸命なところ、努力するところ、創業者一族だというプレッシャーを抱えながらも真摯に向き合うところ、優しいところ、たまにちょっとイジワルなところ、私を好きって言ってくれるところ‥‥そういう亮祐さんが好きなんです。だから、だから‥‥」
その瞬間、ふわりと温かい体温で包まれる。
亮祐さんの大きな手が私の頬を包み込み、切れ長の綺麗な瞳に見つめられる。
その瞳にはとても優しい色が浮かんでいた。
「百合、ありがとう。百合の気持ちはすごく伝わったよ。俺こそ気持ちを疑ってしまって申し訳なかったなって反省してる‥‥」
「‥‥やっぱり不安にさせてしまってた?」
「百合から過去のことを聞いたのは俺だし、百合はすべて打ち明けてくれたのに、それを聞いて勝手に不安と疑いを持ってしまったんだ。百合は亡くなった彼を忘れられずに、似ている俺に彼を重ねてるんじゃないかって‥‥」
「そんなわけない。私は亮祐さんが好き」
「うん、今ははっきり言葉にしてもらって理解したよ。でも最初の頃は動揺してたよね?あのあと思い返すと色々思うところがあって余計に疑う気持ちが出てきてさ」
「‥‥それは否定しない。出会った頃は似ていることに動揺したし、しばらくは確かに重ねて見てました。でも付き合う頃には亮祐さん自身のことしか見てなかったし、私の中で整理がついていたんです。付き合ってからは亮祐さんだけが好きで、亮祐さんと誰かを重ねたりなんてしてません」
亮祐さんに出会った当初のことを指摘され、確かにその頃は重ねていたから不安にさせていたのだと改めて気づく。
私はなんて配慮が足りなかったのだろうか。
当初の気持ちは正直に話しつつ、今は亮祐さんだけだということを改めて強調しながら必死で言葉を重ねた。
「そっか、百合の中では整理がついてたのか。だから百合は亡くなった彼が俺に似てるってことを俺が知っても、俺が疑ったり不安になるとは思ってなかったのかもね」
「そうかもしれないです‥‥。私が鈍感で亮祐さんの気持ちに気付かなくて本当にごめんなさい‥‥」
「俺も正直に聞けば良かったって反省してるよ。それでギクシャクして百合に寂しい想いをさせてごめんね‥‥」
私たちはお互いの目を見つめ合いながら、お互いに謝った。
そしてそんな様子になんだか可笑しくなってきて、2人で同時に笑い出した。
(あぁやっと心が通じ合った。いつもの亮祐さんだ。嬉しい)
「それにしても、今日の百合は百合じゃないみたいな感じで新鮮だったね」
「もっと自分をさらけ出してぶつかってみればって友達に言われたんです。確かに私っていつも受け身だったって反省して、後悔しないようにってニューヨークまで来てぶつかりにきました‥‥!」
「見事なさらけ出しっぷりだったよ。あんなに好き好き言われるなんて思わなかった。普段からあれくらい言ってくれてもいいよ?」
「‥‥!」
「せっかくだからもっと言っておく?ほら、百合言ってみて?」
「も、もう充分言ったというか、伝わったみたいっていうか‥‥。もう、急に亮祐さんイジワルです‥‥!」
「ちょっとイジワルな俺も好きなんでしょ?」
「‥‥!」
もうすっかりいつもの亮祐さんだった。
嬉しいような恥ずかしいような状態に落ち入り、さっきの勢いをなくした私は赤くなり小さくなってしまった。
そんな私を愛しそうな目で見下ろす亮祐さんは、私を抱きかかえて移動し出すと、その状態でキスを落とし、そしてベッドに私を押し倒した。
その日の夜は、心が通じ合う幸せを感じながら、心も身体もとろける情熱的な甘い快楽に何度も何度も落ちた。
時差ボケのことなんて忘れてしまうほどの激しさだったことは言うまでもないーー。