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ロビンとヴィーもカレーを一杯ずつ食べた後、もう一度ユーリの方にやって来た。
ロビンがユーリの様子を見て言う。
「忙しそうだね。手伝おうか」
「ううん、大丈夫。それよりロビン、携帯食の試作を作ったのよ。カレーのお客さんが落ち着いたら確かめてくれない?」
「わお、マジで作ってくれたんだ。嬉しいよ!」
それからしばらくは忙しい時間が続いた。ファルトとナナ、ティララ、コッタなど冒険者ギルドの主だった職員たちがカレーコーナーを手伝ってくれている。
長い列を作るお客さんに次々とカレーを出す。
少し多く作りすぎてしまったかも……という心配は、完全に杞憂だった。むしろ大鍋の底が早くもつきかけて、職員たちが焦っている。
「そっちの小鍋はなに?」
そのへんをぶらぶらしていたヴィーが戻ってきて言った。ユーリが振り向く。
「例の唐辛子を入れたカレーよ。少しの量なら味がピリッと辛くなって、おいしいから」
「ふぅん、あのくしゃみの木の……。食べてみる」
というわけで、ヴィーは二杯目のカレーを食べ始めた。スペルド小麦が気に入ったようで、そちらを選んでいる。
「……っ!」
と、ヴィーはスプーンを口に入れたまま胸をさすり始めた。ユーリが慌てて水を持っていく。
「ごめん、注意が足りなかったわ。辛いのは刺激になるから、ゆっくりお水と一緒に食べて」
ヴィーは涙を浮かべた目でうなずいた。今度はスプーンに少量乗せて、少しずつ水を飲みながら食べている。
ロビンも一口もらって目を白黒させていた。
「ビリビリしてヒリヒリする。……でも、おいしい。クセになる」
彼女はちまちまと食べ続けて、しっかりと二杯目を完食した。
「お腹いっぱい……。この味が魔の森で食べられるようになると思うと、狩りに出るのが楽しみになる」
「カレーを携帯食にするのは、もうちょっとだけ待ってね。今、ルウとして固める工夫をしているから」
ユーリが言った。今のカレーは各種のスパイスをその場で合わせて作っている。
練ったスパイスをカレールウの形にできれば、携帯食にできるだろう。
「分かった。待つ。でも急いでほしい」
ヴィーが真面目な顔でそんなことを言うので、ユーリは微笑んだ。
お客の波が引いたのは、お昼をずいぶん回ってからだった。
実を言うとお昼すぎには大鍋のカレーは底をつき、小鍋の唐辛子入りのカレーしか残っていない有り様だった。
辛さに慣れている日本人のユーリが思うより、ユピテル帝国の人々は唐辛子の辛味に敏感だった。そのためごく少量ずつ味見をしてもらう形で配布をしたのである。もちろん、水のコップを一緒に渡して。
「ひー、辛い!」
「げほげほっ、辛いのが喉に入った」
「ああでも、なんかクセになるー!」
人々は楽しそうに新しい味を味わっていた。
そんなことがあって後、ようやく落ち着いたので、ユーリはロビンたちに携帯食――栄養バーの試作品を見せた。
一つかじってみたロビンがにっこり笑う。
「いいね! 味はおいしいし、小麦と豆と油、それにハチミツだろ。腹持ちもよさそうだ。歩きながらでも、狩りの獲物を待っているときでも、気軽に食べられるのがいい」
「ドライフルーツを刻んで入れたり、スパイスを変えたりして味を変えようと思ってるの」
「おぉ、いいじゃん。これで試作品なの?」
「そうね。もっと別の冒険者たちにも試してもらって、改善点なんかがあったら拾い上げて。そうやって作っていく予定よ」
「試作でいいから売って欲しいなあ。どこで買える?」
「当面は冒険者ギルドね。いずれ一般のお店でも買えるようにしたい」
そのようなことを話していると、ユリウスが近づいてきた。
彼はユーリを眩しいものを見るような目つきで見ている。
「ユーリ、カレーをありがとう。あなたの行動がこの町の名産品を作って、冒険者もそうでない人も喜んで食べている。僕、ちょっと感動してしまったよ。武力とか権力とか、そんなものがなくても人の心を変えていけるんだと」
「大げさね。でも、これで少しでも食糧問題が改善すればいいと思ってるわ」
ユーリは柔らかく微笑んだ。
そんな彼女から視線を離さず、ユリウスは続けた。
「僕はこれから、ドリファ軍団の武闘大会に出ようと思うんだ。あなたにもぜひ見てもらいたいな」
「え。ユリウス、出るの」
意外そうに言ったのはヴィーである。
「ユリウスが出たら、誰も相手にならないのに。いつもはそう言って、出ないのに。それでいいの……?」
「相手にならないなんて、そんなことはないよ。それに、ユーリに僕のかっこいいところを存分に見てほしいし」
ユリウスはニコニコと笑っている。
ユーリは困って周囲を見た。
「行きたいのは山々だけど、まだ片付けがあるから」
ティララが答える。
「手の空いている人でやっておくから、構わないわよ。というか、ユーリならアウレリウス様から誘いが来るんじゃない? ……あ、ほら、言ってるそばから」
冒険者ギルドの入口にペトロニウスの姿が見える。彼はユーリたちに気づくと、相変わらずの大きな歩幅で近づいてきた。
「ユーリ殿、午後からドリファ軍団で武闘大会をやるのです。いい席を確保しておきました。ぜひ、ご観覧を」
そう言って渡されたのは何枚かの木札だ。どうやら席番号らしい数字が書いてある。
「それでは、確かに渡しましたぞ」
ペトロニウスは要件を済ますと、さっさと帰ってしまった。
ユーリがユリウスを見上げると、彼はいつもの無邪気な笑みのままでいる。
「それじゃあ、お言葉に甘えて行ってこようかな。ロビンとヴィーと一緒に」
「ワン!」
ユーリが言うと、シロも嬉しそうに尻尾を振った。
ユーリたちがドリファ軍団の駐屯地に行くと、既に武闘大会は始まっていた。
司令部の前の敷地に会場が作られており、かなりの人数の人々が集まって盛り上がっている。
アウレリウスは会場正面に壇を作って椅子に腰掛けている。審判役をしているようだ。
ユーリが受付で木札を見せると、すぐに席に案内してもらえた。アウレリウスのすぐ近くの最前列である。
ユーリはアウレリウスに会釈をして着席した。
ちょうど次の試合が始まる所で、組み合わせは兵士と冒険者。
兵士は『グラディウス』という中型剣の木剣を、冒険者は木製の短槍を持って戦い始めた。彼らの技量はほぼ互角に見えたが、兵士は粘り強く相手の隙を待って戦い、胴に一撃を打ち込んだ。
「そこまで!」
アウレリウスのよく通る声が響く。
胴を打たれた冒険者は顔を歪めて悔しそうに、勝利した兵士は嬉しそうに両手を振り上げる。大きな歓声が上がって勝者を祝福した。
「次の試合は……」
案内役の兵士が次のカードを読み上げようとしたとき。
「飛び入り参加でよろしく!」
軽やかな声が響いて、ユリウスが会場に飛び込んできた。鮮やかにトンボを切っての登場だった。
「ユリウス・フェリクス・グラシアス! でも今は、冒険者のユリウス。銀刃のユリウスだ!」
彼が模擬剣を掲げると、会場がどっと沸いた。
おかげでアウレリウスの「また勝手なことを……」という小言は打ち消されてしまった。
「相手は誰でもいいよ! 僕と打ち合ってみたい者は、遠慮なく名乗りを上げるといい!」
ユリウスの言葉に会場は興奮と少しのためらいに包まれた。彼の強さはこのカムロドゥヌムの町でもよく知られている。
めったにない挑戦の機会である反面、挑戦者の勝ち目は薄い。
そのような躊躇が一瞬だけ訪れた後。
「では、俺がお相手願おう」
会場に進み出たのはペトロニウスだった。彼は既に壮年の男性である。けれども兵士たちからの信頼は厚く、さらなる歓声が上がった。
「我らの首席|百人隊長《ケントゥリオ》! ぜひ、勝利を!」
「なんの! 冒険者の意地を見せろ、ユリウス!」
双方を応援する声が大きくなる。
ユリウスは客席のユーリに視線を向けてにっこりと微笑んだ。
ユーリとしてはどちらを応援するか困るところだが、割り切ってどちらにも声援を送ることにした。
「ユリウス! ペトロニウスさん! どちらも頑張って!」
ロビンとヴィーもヤジを飛ばす。
「ユリウスー。おっさんに怪我させるなよ!」
「手加減、忘れないで」
そんな声を聞いたペトロニウスは苦笑する。
「これは、舐められたものだ。老いたりといえどもこのペトロニウス、剣の腕は鈍っていないと証明してみせよう!」
彼の笑みが獰猛なものに変わる。ユーリが初めて見る表情だった。
「では、始め!」
アウレリウスの一声で両者は動く。
最初に打ち込んだのはペトロニウスだった。鋭く洗練された一撃がユリウスを襲う。
それを軽くいなしながら、ユリウスは余裕の態度を崩さない。
「懐かしいな、その剣筋。子供の頃はよく、あなたに打たれて痛い思いをしましたね、|師匠《せんせい》」
「戦いのさなかに無駄口を叩くとは、性根は変わっていないようだ」
ペトロニウスの攻撃はよく練られていて、まるで剣技の手本のようだった。
対するユリウスの剣は変幻自在。ユーリの目には木剣がしなって蛇のようにすら見えた。
剛と柔、まるで反対の剣がぶつかり合う。模擬剣同士が打ち合う度に会場から歓声が上がる。試合というより正確無比な剣舞を見ているような錯覚に陥る者も多かった。
けれどやがて終わりがやって来る。
ペトロニウスが放った鋭い突きを、ユリウスは体を半回転させて回避した。そのままの勢いで剣を振るい――ペトロニウスの首筋にぴたりと当てて見せる。直前までは骨をへし折る勢いだったのに、完璧に剣を制御してみせたのだ。
「……そこまで!」
しんと静まり返った会場にアウレリウスの声が響いて、一瞬後。大歓声が上がった。
「あぁ、クソ! ペトロニウス様でさえ勝てないのかよ!」
「銀刃のユリウス、二つ名通りの剣筋だ! すげえ!」
そんな声が会場のあちこちで上がっている。
ユリウスは剣を引いて、かつての師に手を差し伸べた。
「さすがですね、師匠。あなたと打ち合ったのはずいぶん久しぶりだったのに、まるで昔のようでした」
「ふん、よく喋る口だ。……腕を上げられましたな。その強さであれば、確かに届くかもしれません――」
ペトロニウスは口調を変えて、ユリウスの手を取る。会場がまた沸いた。
ユリウスは会場の歓声に応えてもう片方の手を振る。特にユーリに向かって念入りに振った。
それから彼は言った。
「軍団長殿。僕と手合わせ願えませんか? 昔のように遠慮なく、お互いに手加減抜きで!」
コメント
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わあ、第40話、夏至祭の盛り上がりがすごく伝わってきました!カレーが大当たりして、唐辛子入りが意外な人気になったところとか、ユーリの携帯食の試作が着実に進んでいる感じがいいですね。そして何より、ユリウスが武闘大会に飛び込んでペトロニウスを相手に圧巻の剣技を見せたシーン、かっこよすぎました…!最後のアウレリウス様への挑戦、どうなるのかドキドキします。ユーリの「どちらも頑張って!」という応援の仕方も、彼女らしくてほっこりしました🌷