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僕はレナードの顔を見て苦笑する。

いつもは精悍せいかんな顔立ちのいい男なのに、今は眉尻を下げた情けない顔になっている。

トラビスが、僕から預かった手紙を軍服の上着の内ポケットにしまう。そして僕が重ねた手と反対側のレナードの手に触れた。

「レナード、フィル様の願いを叶えさせてやってくれ」

「しかし…再びバイロン国に行くなど危険だ」

「心配ない。ラズールがいる。フィル様が生まれた時からずっとお仕えをし、フィル様のことなら何でも知っているラズールが、命にかえてもフィル様をお守りする」

「うむ…」

レナードが低く呻いて黙る。納得するのに、しばらくかかりそうだ。

僕は、黙って聞いていたゼノに声をかけた。

「ゼノ、僕は軍の最後尾に潜んでついて行くよ。いいかな?」

「それならば、俺とジルがあなたを守ります」

「怪しまれない?」

「それは大丈夫です。ただ心配なのは、フィル様を女と間違えて襲うヤツがいるかもしれない。クルト王子の軍は統率がとれていないから。そういうれ者から守るためにも、リアム様配下の騎士を集めて周りを固めます」

「リアムの部下は、他にもいるの?」

「います。皆、クルト王子におどされて、このたびの進軍に参加したまで。前回も今回も、イヴァル帝国への進軍には反対しております」

「そう…ありがとう」

リアムに仕える人達は、主に似て良い人達ばかりなのだなと感心する。

僕が頷いていると、「ところで」とゼノが天幕の入口に目を向けた。

「フィル様、このことをクルト王子はご存知なのですか?」

「いや、知らない。僕はクルト王子を信用してないから話していない。王子の軍を撤退するという言葉は本当だろうけど、僕がついて行くと知ったら利用されそうだろ?」

「賢明です。クルト王子は何を考えてるのかわかりません。嘘をついて弟に毒を飲ませるような人物ですから」

「フィル様、くれぐれも油断なさいませんよう。やはり俺も一緒に…」

トラビスが身を乗り出しながら言う。

しかし僕が名を呼んで睨むと、渋々と座り直した。

「これからネロには、大変な重荷を背負わせてしまう。トラビスがしっかりと助けてあげて。おまえだってネロが心配だろう?」

「…まあ、はい」

「なぜおまえが心配するのだ?あの者は王族の血を引いてるのかもしれないが、我が国を陥れようとしたヤツだぞ」

レナードの指摘に、トラビスがレナードに触れていた手を離し、バツが悪そうに目をそらす。

僕もレナードから手を離すと、「トラビスはネロが好きだからね」と笑った。

「ちょっ…フィル様!」

「なんだとっ?」

トラビスとレナードが同時に叫ぶ。

ゼノが目を丸くして二人を交互に見ている。

いきなりレナードが拳で机を叩いた。

「おまえっ、あの者が何をしたのか忘れたのか!」

「忘れてはいない。しかしネロは反省してる。それにネロの生い立ちを思えば仕方がないのではないか?」

「はあ?だとしても俺は許すことはできぬっ」

「おい、口を慎め。ネロは王の血族だぞ」

「うるさいっ」

「トラビス!レナード!」

このままほおっておけば、掴み合いに発展しそうだと、僕は二人を止める。

「トラビスはレナードをあおらない。レナードも口の利き方に気をつけて。今トラビスが言ったように、ネロは反省している。それにネロの境遇からして、僕よりも民のことをよく理解しているから、民に寄り添った国政を執り行ってくれると思う」

「しかしフィル様」

「これからのネロを見てやって。お願い。僕はもう、いなくなるんだ。こんなこと、二人にしか頼めない…お願い」

「…はい」

ようやくレナードが頷いた。とても不服そうな様子ではあるけども。

僕はゼノに向き直って謝る。

「ゼノ、見苦しい所を見せてごめんね」

「いえ、ネロとは第一王子に従っていたあの男ですよね?イヴァル帝国の王族の血を引いていたとは驚きです。俺が口を挟むことではないですが…本当に大丈夫ですか?」

ゼノまで心配そうな顔で聞いてくる。

まあネロがやってきたことを考えれば、誰でもそう思うのは仕方がない。

僕は笑って力強く頷く。

「大丈夫だよ。この三ヶ月間、ネロとはたくさん話したんだ。彼は、心の優しい人だよ。それに大切なもののためなら、自分を犠牲にしてでも心血を注いでくれる。だから僕は彼に託すんだ」

「わかりました。フィル様がそう仰るなら大丈夫でしょう。では、我々のこれからのことを相談しましょう」

「うん。朝のうちにクルト王子をバイロン国側に帰して、即刻撤退してもらおうと考えてる」

「そうですね。早い方がよろしいかと」

「待ってください!」

話をさえぎられて僕は溜息をつく。

トラビスが立ち上がり、僕の傍に来て膝をついた。

「早すぎませんか?もう行かれるのですか?今日でなくともいいのではありませんかっ?」

「トラビス…悠長になんてしてられないんだ。こうしてる間にもリアムが苦しんでる。それに…僕の命もいつまで持つかわからない」

「しかし…っ」

僕も立ち上がると、トラビスの頭を抱きしめた。

驚いたのか、トラビスが身体を震わせて黙る。

「ねぇトラビス、僕のことを心配してくれてありがとう。ずっとおまえのことは嫌いだったけど、今は傍にいてくれてよかったと思ってるよ。これからは全力でネロを守ってあげて。僕との約束だよ」

「…フィル様…」

トラビスが消え入りそうな声で、僕の名を口にした。

銀の王子は金の王子の隣で輝く

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