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「春は自殺願望者が多くなる。」何て聞いたことがある。
新生活、就活、新学期、別れや卒業式などのイベントが多くなるからだ。何て言うのは、少し調べただけでも出てくる在り来たりな理由だ。
否、俺はそんな生易しい理由なんかじゃない事は自分が良く分かっているが、傍から見れば俺もその中の一人に過ぎない。
広い屋上から見える沈みかけた夕日にはそぐわない、疲れ切った顔。
今まで受けてきたパワハラや過重労働によって疲弊しきってしまった体に鞭打って、屋上まで階段で登り切ったところだった。
此処から飛び降りれば暫く探される心配はないし、人目にはつかない。大勢のトラウマになってしまうという心配もない。死に場所にはピッタリだ。
此処は隠れた自殺の名所。と言っても過言ではないくらいには、ブラック企業だと思っている。
何のために設置されているのかよく分からないような安易に通れる鎖を抜けて、それほど高くないフェンスの反対側に行く。
「高……w。」
あまりの高さに一瞬声が漏れた。
それもそのはず。ここは高さだけは一丁前に高層ビル波に高いのだ。
3月にしてはあまり暖かくない風が吹いて、髪を靡く。
それが逆に俺には心地よくて、目を瞑って風に乗った色んな香りを肌で感じていた。
もうすぐ陽が沈む。
そうしたら、最初から俺という存在も居なかったことにしてほしい。
そんな身勝手な願望が、自分の中で膨らんでいた。
「懐かしいな…。」
ずっと一人だと思っていた屋上で、不意に聴こえた声に焦って振り返る。
「やめときなよ。そこから飛び降りても、悲劇のヒロインには成れへんで。って言っても何の説得力もあらへんけどw」
その人は、普段はあまり見かける事の無い、別の部署の先輩だった。
自分より少し背の低いその人を、金網越しに見つめる。
その人はポケットから煙草を取り出して差し出してきた。
「要らないです。」
そう言うと、何事も無かったかのように火をつけて吸い始めた。
紫煙が風に乗って流れて行く。
体に悪そうなもの吸ってるな。なんて思いながら、その端正な横顔を見つめていた。
もう日はとっくに沈んでいたけど、この人の煙草を吸う姿をもう少し見ていたいと思ってしまった。
諦めてその人の隣に立つ。
「やり残したこととか無いんか?食べたいもんとか。」
不意に聞かれた質問に、とっさに思いつく物が無くて黙り込む。
「無かったらええねん。未練残して幽霊とかで化けて出ても困るし。」
そう言って冗談ぽく言って笑う貴方の事が、前から好きだった。何て言えない。
でも、まだ言えてないこの気持ちを残して死んだら、多分化けて出る。
今日も失敗だ。
また……生きる意味を見つけてしまった。
密かに胸の奥にしまっていたこの気持ちを、今なら晒け出しても許されるだろうか。
「ねぇ。俺にください。」
「…吸わないんやないんか?」
不思議そうな顔をして、何の躊躇いもなく吸っていた煙草を差し出されたけど、それは俺の手に渡ることなく地面に落ちた。
代わりに、ほろ苦くて甘い味がした。